レジスタンス
宴が終わり、アズサたちはちょっとした買い食いをしながら帰路に着いていた。
泥酔したウンディーネをノームがおぶり、アズサとシルフィが談笑しながら月夜の下を、街の灯りに照らされながら歩いて行く。
「今日は楽しかったですね。英気は養いましたし、また明日から術式の改良を頑張りましょう!」
「女神さんはやる気だね」
「ふふふ……シルフィはどうなんです? まさかあの程度で完成なんて言いませんよね?」
「それはもちろん。あの術式の精度さえ上がれば世界中のあらゆる食料問題が一挙に解決するかもしれないんだ。まだまだ止まることは出来ないよ」
シルフィの回答に満足そうに頷き、それからアズサは思いついたようにあっと声に出す。
「女神? 急にどうした?」
背後のノームからの問いにアズサは振り返る。
「いえ、ちょっと実験に使いたい素材があることを思い出して……。ちょっと買って来ますので、皆さんは先に帰っちゃってください!」
「それなら私も着いて行くけど?」
「いえ、ここからはちょっと距離があるお店なので!」
そう言ってアズサは手を振りながら走って行ってしまう。
シルフィとノームは顔を見合わせ、肩を竦める。
「相変わらず忙しない奴だ」
「仕方が無い。私たちは先に帰ろう」
シルフィたちは漆黒の夜空の下、村へと帰っていく。
「それにしても、帰る場所があるというのはいいことだね」
「急にどうした? また急に詩的なことを言うじゃないか。まあ、お前に限ってはいつものことだが……」
「いや、なぜだか分からないけれど……。急に、みんながいることが凄く有難いことのように感じたんだ。仲間がいて、友達がいて、帰る場所がある。それがとても嬉しくてね」
照れくさそうにそう呟くシルフィに、ノームはふっと微笑む。
「何を当たり前なことを。……おっと、悪いな。よそ見していて」
ノームはぶつかったローブ姿の少女に頭を下げる。
三人組のその少女たちはそれぞれ剣や杖を携え、その胸には王立騎士団の紋章を下げている。
国内に数人しかいない国王直属の精鋭騎士を前に、ノームは息を飲む。
それとは対称的に、その少女は目を逸らしぶっきらぼうに答える。
「いや、よそ見をしていたのはこちらも同じだ。こちらこそ悪かったな」
「そうか……。それにしても、アンタら王立騎士団の連中がなんでこんな辺境の街なんかに……」
「いや、ちょっと……」
「あはは! ごめんね~? ちょっと言えない事情でね?」
全身に刃物を纏った赤髪の少女がにこりと笑いそう答える。
これ以上深掘りしても仕方が無いと思いノームは三人に一礼し、それから帰路に戻る。
ノームたちの背を見送り、王立騎士団の三人は元の道を歩み出す。
「それにしても本当にこんな場所に"奴"がいるのか?」
「それはどうかな~? 何と言っても"勘"だからね!」
「カンナの勘は良く当たる。手がかりが無い以上はこのやり方が最善だ」
そう答える騎士団長・シアンに、身の丈程の杖を背負った魔法使いの少女・メチルは眉根を寄せる。
「そうは言っても、もう一年以上も見つかってないんだぞ……」
その瞬間、路地裏のほうから女性の悲鳴が夜空に響いた。
三人は何の予備動作もなしに一斉に駆け、建物の上へと跳び、屋上から悲鳴のほうへと走る。
「あは! ほらほら! カンナちゃんの勘は良く当たるってね!!」
「答え合わせはまだだろう!」
「気を引き締めろ……! もし相手が本当に"奴"なら……」
シアンが悲鳴の先へと飛び降り、引き抜いた剣で"敵"と刃を弾けさせる。
暗闇に火花が散り、シアンに続いて二人の騎士たちが着地し、黒衣の敵を見上げる。
「悪党! その女を離せ!!」
「へぇ……シアンの不意打ちをやり過ごすなんて……。かなりの手練れだね!」
「メチル、カンナ、気を抜くな。今回ばかりはカンナの"勘"がものを言ったようだ……。コイツは、罪魔教の教祖"眠り姫"だ」
シアンは鉄剣を構え、黒衣の敵を真っ直ぐに見据える。
敵はレイピアに月明かりを反射させながら、そのフードの中から不敵な笑みを見せる。
「"眠り姫"かー……。私は一度も、そんな名前で呼んで欲しいとは言ってないんだけどなー」
眠り姫はフードを脱ぎ、その桜色の瞳でシアンたちのことを値踏みするようにじっとりと眺めて言った。
「その表情はハズれだねー。まあ、最初から期待してなかったけどさー」
「ハズれ……? いったい何の話だ……」
「みんなが忘れちゃった一番大切な想い出の話だよ……。別に、言っても無駄なんだろうけど……」
レイピアを翳し、その"敵"は名乗りを上げた。
「私は……罪魔教の教祖にして、魔王軍幹部序列一位……」
それは、夢を司る悪魔の名称だった。
夢魔・サキュバス――
少女の刃は月明かりに濡れギラギラと鋭く、そして、涙の粒のように繊細に輝く。
殺意でなく、敵意でなく、失望でなく、諦めでなく……。
「あなた達が忘れてしまった"あの世界"の、たった一人の生き残りだよー」
その刃は、捨てきれない"夢"……そのものだった。




