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宴の席

 ネヴィリオの街。

 酒場にて。


「「「「かんぱ~い!!!」」」」


 四人がジョッキをぶつけ合い、小気味のいい乾杯の音が響いた。

 肉汁溢れる焼きたての焼き鳥を頬張り、ウンディーネはほっぺたを押さえながら唸る。


「はぁ~!! 幸せですぅ~!!!」


「まさか本当にここまで上手くいくとはな……。流石はシルフィだぜ」


「ま、今回ばかりは褒めてやらないこともないですね!」


 いつになく上機嫌な少女、"自称女神"のアズサは、酒を飲みながらシルフィを褒める。

 ノームと女神の言葉にシルフィは謙遜気味に笑った。


「いや、あれもこれも全部、みんなの力を合せたからこそだよ。地中の魔力制御にはノームの力を借りたし、水やりにはウンディーネも。女神さんは魔術理論の組立てを手伝ってもらったし……」


「シルフィはほんっっとーに馬鹿ですね!! 数年がかりでやっと完成した祝いの席なんですよ!? もっと偉ぶってくれないと、こっちも素直に喜べないじゃないですか!!」


「あはは……女神さんは本当にシルフィが大好きだね……」


「な! 馬鹿言わないでください!!」


 顔を真っ赤にしたアズサに、シルフィが頭を撫でながら笑う。


「それじゃあ、女神さんに言われた通り、偉ぶるとするかな」


 シルフィは一冊の本を取り出し、その一節を引用して言う。


「"天国の小河のほとりには、甘い蜜と香りのいい乳、旨い酒があるという。しかし、私は今あるこの一杯を手に選ぼう。現物はよろずの約に勝るからだ"」


「何言ってるか分からないけど、かんぱ~~い!! うぇへへ~!!」


「ちょっとウンディーネさん! あなたは飲み過ぎです!!」


「えへへ~いいじゃないですかぁ~。今日はめでたい日なんですからぁ~!」


「まったく……」


 酔ったウンディーネに水を飲ませながら、アズサはふとシルフィと目が合い、彼女の目をじっと見詰めていた。


「女神さん……? 私の顔に何か?」


「あ、いえ……。なんだか、シルフィのその青い目を見ると、なぜだか、懐かしいような気がして……」


 アズサはグラスの酒に映る、自分自身の赤い瞳を眺め、言いようのない不思議な感覚に黙りこくった。

 アズサのそんな言葉に、ノームとウンディーネも静かに頷いた。


「俺も、なぜだかたまに、シルフィは赤い目だったような気になるんだよな……」


「あ、それ! 私もです!!」


 三人の言葉にシルフィは考え込む。


「なるほど……これは興味深いな。私の目は生まれてこの方、ずっとこの碧眼のままだ。だけど、実は……私もたまに夢を見るんだ。片目が青で、片目が赤。そんな自分の顔が鏡に映っているのを見る。そんな夢を……」


 四人が黙っていると、突如アズサがシルフィに抱きついてきた。


「女神さん……?」


「う、うわああぁあああん!!!! シルフィ!!! どこにも行かないでくださいぃいい!!!!」


「どうしたんだ急に……。私はどこにも行かないし、いつも一緒だろう?」


「そうだけどぉおおお!!!!!」


「酔ってんのか? コイツ?」


「女神さんは泣き上戸ですね!!」


 そんなことを言われながら、アズサはこのシルフィへの感情がどこから来たものなのか分からずにいた。


 今日は宴会の場だ。

 悲しいことなどどこにもない、楽しくて嬉しいはずの酒の場のはずなのに。

 シルフィの術式が完成し、砂漠地帯での耕作が容易になり、今まで穫れたことのないような大きな作物がたくさん実って、アズサたちの村はそれはもう大繁盛だった。


 だけど、なぜだろう。

 この技術をみんなで完成させて、村のみんなが喜んでくれるのを見ると、シルフィが隣で喜んでくれるのを見ると……。


「普通、こんなに嬉しいんですかね……? なんか……あり得ないくらい幸せで、逆に怖くなるんです……」


「考えすぎだろ」


「考えすぎですって!」


「それは考えすぎだね」


「ちょっと!!」


 アズサはむくれてそっぽを向くが、この感情が何なのか、俯き考え出す。

 どれだけ考えても、どれだけ思い出そうとしても、空っぽのコップの水を飲むような感じがして、何も収穫は得られない。


「でも、そういうことって誰にでもたまにありますよね~。デジャブって言葉があるくらいですし!」


「それもそうか……」


 ウンディーネの言葉に納得し、アズサはジョッキの酒をぐいっと飲み干した。


「考えても仕方ありません! シルフィ! ノーム! ウンディーネ! あの術式を、今後どうやって改良していくのかを存分に話し合いましょう!!」


「おお! 女神さんやる気だ~!!」


「俺は小難しい話は……」


「まあ、当面はこのままでいいとは思うけれど。面白そうではあるね」


 三人の反応に女神は嬉しそうに笑う。

 だけど、その感情は自分でも不思議だった。


 本当は、術式が完成したことが嬉しいのではなくて、もっと大切なことに喜んでいるような気がするのに、自分が何を幸せに感じているのか分からない。

 感情に状況が上手く被せられて、何かの本質を隠されているような、不思議な、もやもやとした感覚。


 だけど、アズサはその感覚に一度蓋をすることに決めた。

 考えても分からないし、仕方が無い。

 きっと気のせいだ。


 今は、みんなでひとつのことを成し遂げたことが嬉しい。

 それでいいじゃないか。


 四人で騒ぎながら、これからのことを話す。


「まあ、この四人でやることならなんでも楽しいでしょうけど!!」


「うわ、女神さんがなんか恥ずかしいこと言ってます~!!」


「ちょ、違うでしょ! 今のなし! 今の無しですって!!」


「取り消し不可だね。ばっちり覚えちゃった」


「もう~!!!!」

もう少しだけ続きます。

最後までお付き合い頂けますと嬉しいです。

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『Mephisto-Walzer』

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