ただ、あの時語った夢を叶えたいだけ
「え……?」
何もない空白の中で、魔王ネメスは目の前の少女を前に、呆然と立ち竦む。
彼女はいつもの姿で、少しだけ息を切らせて、苦しげに呼吸を整えている。
「サキュバス……ちゃん……?」
「はぁ……まったく。そういうところだよー、魔王ちゃん?」
サキュバスはそう言って笑い、レイピアをくるくる回しながら、魔王ちゃんに笑いかける。
「どうして……あの場に動ける人は誰も……そもそも、サキュバスちゃんはどこにも……」
「私は夢魔。夢を司る悪魔だよー? 魔王ちゃんがパルパ半島に行ったって銀翼竜が伝えてくれたからー、メチルたちにそれを伝えてここまで来たんだよー」
それを聞き、ネメスは今まで失念していた事実に気が付く。
ウンディーネがパルパ半島に来れたのは、銀翼竜がネメスの居場所を伝えたからだ。
ではメチルやシアンたちは……?
王都アルカディアで戦っていた彼女たちがネメスの居場所を知る方法などどこにもない。
ただひとつ、サキュバスの真我乖離を除いて――。
「いやー魔王ちゃん、さすがに酷いんじゃない-? 親友の私に、別れの言葉のひとつも掛けないなんてさー」
「サキュバスちゃん……ここからは冗談じゃ済まされないよ」
「……どっちが冗談かな?」
サキュバスはレイピアを構え、魔王ネメスに対峙する。
彼女の愛剣、スパークレイピアはディオリスシアで折った筈だ。
彼女の持つあのレイピアは……
「メチルちゃんにあげた、スパークレイピア・改だね……」
サキュバスは左手にも折れたレイピアを担っている。
彼女の本来の戦闘スタイルは二刀使い……それも、銀翼竜と戦った時のような、片方が短い得物での二刀流だ。
「最後の瞬間ー、メチルの身体を借りさせて貰ったんだー。私はシルフィの意識を覗き見てるから-、一瞬だけ体内に『術式殺し』を発生させて、魔王ちゃんの制止の影響を逃れられたってわけだねー」
「なるほど……それで、サキュバスちゃんはこれからどうするつもり? ここで私を倒して、何か他にいい方法とかあるのかな?」
「うーん……まあ、魔王ちゃんが考えてるやつよりは。……世界のやり直しは成功させる。魔王ちゃんもそこに連れて行く。記憶の改変なんてさせない。三つ全部成功させて、ハッピーエンドの大団円。なんてのはどうかな?」
「都合のいい妄想だね」
「私は夢を司る魔物だからー、夢のあるお話が大好きなのだ-!」
サキュバスはそう言って、真剣な表情で魔王ちゃんを見据えて言う。
「魔王ちゃん、私、今回ばかりはマジで怒ってるよ……」
「だろうね。私はうそつきだから……」
「違う! 私は魔王ちゃんが嘘つきだって最初から知ってたし、受け入れてた。だからそんなことどうでもいいの。本当に、心底どうでもいいよ。魔王ちゃんが私にどんな嘘吐いてようが、私はずっと魔王ちゃんが大好きだから。でもね、私、言ったよね……? 死んだら怒るって。これ、今までの死とは全くレベルが違うんだけど……」
レイピアの切っ先が輝き、サキュバスは心の奥底に燃える怒りを刃に宿し、魔王ちゃんに言った。
「魔王ちゃん、剣を取りなよ。どんな魔法を使ってもいいよ。原始魔法だろうが、青き炎だろうが、好きなだけ使ってみなよ。私は魔法は使えないけど……この世界で、誰よりも剣が上手いから」
「知ってるよ。それに、サキュバスちゃんがここにいる限り、私は安心してリスタート出来ない。だから、これも最後の喧嘩だね。それも、命を賭けた本気の喧嘩……」
「命どころか世界の行く末まで掛ってるよね-。全く、こんな大事な局面でサキュバスちゃんが大活躍しちゃってー、世界は元通りで青き炎はなくなってー、魔王ちゃんも助かってみんな笑顔で大団円のハッピーエンドなんてー、私も罪な役回りだなー」
「そうはならないよ。絶対にね」
「その性根から腐りきったマイナス思考を-、サキュバスちゃんがぶった斬ってやろうって言ってんのー!」
「勝手にしなよ。勝つのは、私だけどねッ!!!」
魔王ちゃんの魔法が閃光を放ち、サキュバスのレイピアが空白を駆ける。
(魔王ちゃん……夢は叶うよ……。魔王ちゃんが信じられなくなった、本当の、魔王ちゃんの夢……。みんなが、魔王ちゃんを含めた本当のみんなが笑顔で幸せな世界……! だって、その夢は私が叶えて見せるから!! 魔王ちゃんと……一緒に!!!)
罪の魔法と、夢の刃。
その二つが、全ての運命を賭けてぶつかり合った。
ただみんなを幸せにするために。
ただ二人で語った夢を叶えるために。




