うそつき
「これが、何ひとつ嘘のない、私の本当の物語……」
魔王ネメスを前に、全てを知ったメチルたちは何も言えず、ただ思い思いに俯くことしか出来ない。
その様子を見て、ネメスはふっと嗤う。
「あはは! やっぱり、そういう反応だよね。みんなが好きな"魔王ちゃん"は明るくて元気で、いつも笑顔な女の子だもんね。でも本当の私は違う。罪と罰で薄汚れた、皆を不幸にした諸悪の根源なの。本質的に、私とあなたたちは敵でしかないんだよ」
魔王ネメスさえ生まれなければ、この世界に青き炎がもたらされることは無かった。
領域戦争で人族と魔族が殺しあうことも、それによって多くの人々が苦しむことも無かった。
魔王ネメスは、今メチルたちが直面しているあらゆる困難の源流なのだ。
「恨んでくれていいよ。みんなここで死ぬんだから。でも、ちゃんと蘇れるから、それだけは安心してね……。私みたいに、辛い記憶を保持したままのいつもの蘇りじゃない。これからやる"リスタート"は、青き炎も、罪魔ネメスも、最初から無かった、本来あるべき平和な世界だから。だから、みんなこれまでの苦しいことは全部忘れて、幸せになれるよ」
ネメスはそっと微笑んで言う。
「メチルちゃん、ウンディーネちゃん。みんなが幸せに暮らせる世界にするって、約束したよね? その約束だけは、私、ちゃんと守るから……」
「嘘を吐くな……」
ネメスはメチルの呟きに、彼女のほうへと視線を向ける。
「嘘……? 私はちゃんと、みんなが笑顔で幸せに暮らせる世界を――」
「それが嘘だと言っているんだ!!」
メチルが叫ぶ。
「みんなって、何だよ!!! 僕はそんな未来は望んでない!!! 僕が!! ウンディーネが!! サキュバスが言った『みんな』っていうのは!!! お前も入れた『みんな』なんだよっ!!!!」
メチルの叫びにネメスは息を飲む。
しかし、すぐにさっきまでの冷めた笑みを浮かべて言う。
「メチルちゃんが何を言ってるのか分からないや。私はみんなを不幸にした張本人だよ? それに、私の新世界では、私に関わる記憶は何一つ残らない。だから、さっき言った『みんな』でも何も問題ないでしょ?」
「問題大ありだ!!! この、馬鹿が!!!!!」
隣のシアンが叫ぶ。
「お前……勇者の私が新世界に生まれて! 魔王のお前がいなかったら!! 私は絶対に納得しないぞ!!! クソ!!! クソ!!!!!!」
「そうですよ!! 今からでも遅くありません……。そんな悲しいことしないでください……。私たちは魔王ちゃんのこと忘れたくない! たとえあの笑顔が嘘だったとしても、その理想を演じ続けたあなたは紛れもなく、今、ここにいます!! 私は魔王ちゃんのことが大好きなんです!! 嘘とか本当とか関係ない!! だって、想い出だけは、全部本当だから!!!!」
ウンディーネに続き、カンナビスが軽く呟く。
「記憶が消えるのは嫌だな~! だって今まで戦ってきたの、私は楽しかったし!!」
メチルが睨むのを見てカンナは楽しげな顔で黙り込む。
ウンディーネとシアン、メチルの言葉に魔王ネメスは困ったように肩を竦めた。
「はあ……だから言ってるでしょ? あなたたちの大切な人が死んだのは、みんながお互いに殺しあってるのは、全部私のせいだって。それなのに私と一緒じゃなきゃダメとか、私のことが好きだとか……本当に、何を言ってるのか分からないよ」
「そう思わせたのはお前だろう……。あんなに僕たちに笑顔を振りまいて、希望を振りまいて……沢山優しさを与えてくれて……。僕はお前が好きなんだよっ!! 嘘でもいい……あの時の約束が……友達だって言ってくれたのが……僕は、本当に嬉しかったんだ……。それを嘘だなんて言わないでよ……。友達だって、初めて思えたのがお前なのに……」
泣き出したメチルにネメスは何も言えず、呆然と立ち竦む。
そして、自らの身体に目を向ける。
青き炎によって、徐々に身体が崩壊している。
もう、猶予は殆ど残されていない。
「嘘じゃない……。それは……うそじゃないよ……」
魔王ちゃんは目の端に涙を浮かべ、大粒の雫が頬を伝って地面を濡らす。
一粒、二粒……いくつもの涙が地面に落ちていく。
「メチルちゃんは……ウンディーネちゃんは……みんな、友達だよ……。それだけは嘘じゃない……。だから、泣かないで……」
それを聞き、メチルは悔しげに奥歯を噛んだ。
「こっちの台詞だ馬鹿……そんな風に泣くなら……最初からそんな悲しい嘘吐くなよ!!」
魔王ちゃんは涙を拭い、それでも涙は零れ続ける。
滴る雫も足元の青き炎に飲まれ、世界はもうすぐにでも無くなろうとしている。
「魔王ちゃん……。一緒にご飯を食べて美味しいと思ったのは、嘘ですか?」
「嘘じゃない……」
「一緒に約束したのは? みんなで世界を救いたいっていう気持ちは……?」
「嘘じゃ、ない……」
「私たちと友達になりたいと言ってたのは? 一緒にいたときに笑っていたの……本当に楽しくなくて、全部、嘘の笑顔だったんですか……? お料理が好きなのは? 日曜大工や工作が好きなのは? 知らない土地で色々な人たちとお話をするのは……? 全部嫌いなんですか? 全部、嘘なんですか……?」
「違う……。全部、本当……本当に、楽しくって……」
魔王ちゃんは顔を覆ってその場に蹲る。
もう拭っても仕方が無いくらいに涙が溢れて、どうしようもない。
「私は……楽しかった!! 今まで、メチルちゃんも、ウンディーネちゃんも、みんな優しくて!! 一緒にいて幸せだった!! でも! でもぉ!! 私が幸せになるとッ!!! みんなが不幸になっちゃうからッ!!!!」
シアン、メチル、ウンディーネは顔を見合せ、頷く。
「魔王ちゃん……。僕たちは全然不幸なんかじゃない。確かに沢山酷い目に遭ったし、あんまりなことも多すぎた。でも、魔王ちゃんと出会えて、本当に良かった……。魔王ちゃんは僕の大切な友達だ」
「本来の自分を見失った私に、最後まで向き合い続けてくれたのはお前だった。お前がいなければ、私は本当の意味で勇者になることは出来なかった。お前は、私にとって最高の"魔王ちゃん"だ」
「私も、ずっと一人で旅をしてきて、魔王ちゃんに出会って、困難に立ち向かう姿に勇気を貰ったんです……。世界を救う約束をしたとき……本当の仲間に出会えたって思えて……」
「でも、もう遅いよ……。もう、私はリスタート計画を実行するしかない……」
魔王ちゃんは立ち上がり、ボロボロの身体で、自らの持ちうる全ての魔力を掌に集中する。
あとは、その魔力を魔法陣に流し込み、リスタートの術式を開始するだけだ。
「最後まで、楽はさせてくれないか……」
シアンが立ち上がり、ネメスの前で聖剣を振り抜く。
「まさか……制止の魔法陣の中で立てるはずなんて……」
魔王ちゃんはシアンの周囲に舞う光の風に苦しげに目を細める。
「もうやめてよ、勇者ちゃん……。勇者ちゃんの魂は、私ほど丈夫じゃない。そんな戦い方したら、苦しいだけだよ……」
「苦しいのはお互い様だろう……。それに、分からず屋の相手をするんだ。私も頑固にならなければ話にならない」
シアンはレーゼンアグニを構え、勇者として、魔王に一騎打ちを申し込む。
「これは勇者の戦いだ」
「そう……それなら、相手するよ……。私は、魔王として……。いや、」
"魔王ちゃん"として……。




