そよ風に帰る
「もう嫌……」
ウンディーネはその場に泣き崩れ、その横にゴーストと銀翼竜が並び立つ。
「なんで……こんなことになっちゃったんですか……? 私、シルフィの友達だった……魔王ちゃんとも、一緒にご飯たべて、約束して、凄く凄く楽しかった……なのに!! なんでこんなことになるんですか!!!」
ゴーストがシルフィの涙を拭う。
銀翼竜が魔王ネメスを見据える。
「はは……悪い夢みたい。どうしてここが……そうか、銀翼竜……」
ネメスは切れる息で三人を見詰める。
「ウンディーネ……お前はあの時シルフィを守ってくれなかった……。お前もあそこにいれば、シルフィは死なずに済んだかもしれなかったんだ……。はぁ、クソ……血が……頭が上手く動かない……」
ウンディーネは立ち上がり、ふらふらと、血塗れのシルフィの元へと歩いて行く。
そして銀翼竜とゴーストは魔王ネメスのもとへと寄り添う。
「ウンディーネ……お前が、いてくれれば……」
「私は……シルフィの指示に従って村の人を逃がして……」
「嘘だ!!!! 嘘だ!!!!!! みんな死んだ!!!!! みんな!!!!! ひとり残らず!!!!!! ううぅ、ああぁああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
シルフィは失った右腕で顔を押さえ、大粒の涙を流す。
ウンディーネは彼女の頬をそっと撫で、同じように涙を流しながら、彼女のことを抱きしめた。
「ちがう、ちがうよ……シルフィ……いや、女神さん。私、ちゃんとみんなを守ったんですよ……」
「嘘を吐くな!! 私は見たんだ!!! みんなの死体を!!! シルフィも死んだ!!! 全員死んだ!!!! 嘘を吐くな!!!! みんなを無かったことにするなッッッ!!!!!」
ウンディーネは彼女をぎゅっと抱きしめて言った。
「確かに全員は助けられなかった……。でも、何人かは……助けたんです。確かに、助けたんです…………」
ウンディーネの言葉に、シルフィは呆然と顔を上げる。
「どういう……ことだ……?」
ウンディーネはぐしゃぐしゃの顔で答えた。
「女神さんは、あそこにあった全ての死体を、ひとつひとつ確認したんですか? バラバラになって、ぐちゃぐちゃになって、焼かれて、敵もいっぱいいる中で、判別なんて出来なかったでしょう……? 何人かは、助けられた人もいるんですよ……。だから、あなたの頑張りも、シルフィの死も、無駄じゃ無かったんです……」
「嘘だ……」
シルフィを抱き、ウンディーネは悲しみで痛む胸に奥歯を噛み絞める。
「嘘じゃないです。あなたは頑張ってくれた。だから、みんな逃がせた」
ウンディーネはあの日から、たった数人の村人を引き連れて、安息の地を目指して歩き続けた。
多くの村や町で受け入れを拒まれ、差別に遭い、時には命の危険に晒されながら、一人また一人と命を落とす中で、それでもほんの数人だけは、最後の街へと送り届けたのだ。
今でも、彼らの子孫はそこに生きている。
「首都、アルカディア……」
振り絞るように出てきたその言葉に、シルフィはハッと息を呑んだ。
「まさか……そんな……」
「違う! 違うよ、女神さん……! あなたは知らなかった。だから……」
シルフィは視線を地に落とし、ぼやける視界のなか、回らない頭で必死に何が起きているのか整理を付ける。
「そうか、お前が戻ってこなかったのは、ずっと旅をしていたからか……。それを私は裏切り者だと思って……それから、私は……」
青ざめた顔でウンディーネを見上げ、そしてボロボロと涙をこぼす。
「シルフィが守ってくれた人たちは、あの子が命を賭けて救った人たちは……アルカディアにいるんだな……?」
「はい……」
「止める……。死々繰を……。だって、シルフィが守ってくれた人たちを、殺しちゃダメだ……」
「うん……」
ウンディーネはシルフィを抱き、シルフィは自らの全ての魔力を掌に集中する。
「"無い者にも掌ての中に風があり、ある者には崩壊と不足しかない。ないかと思えばすべてがあり、あるかと見ればすべてがない"」
シルフィはその魔力を直下の魔法陣に流し込み、安らかに笑う。
「どうやら、私にも、風はあったようだ……。一陣の、優しい、そよ風が……。シルフィ、ノーム、ウンディーネ……ありがとう……」
青き炎は地の中に消え、それと同時に、彼女は息を引き取った。
死体はやがて風になり、残された世界に吹く仲間たちに連れられて、遥か彼方へと吹いていく。
「シルフィ……」
ウンディーネは立ち上がり、残されたもう一人の魔物のほうへと目を向ける。
彼女は青き炎に焼かれながら、それでもなお聖剣を離さず、その場に立ち尽くしていた。
「魔王ちゃん、もう、終わりにしよう……?」




