第二次大攻防戦
心を読む。
それは太古の昔から人が抱いた夢のひとつ。
空を飛ぶ、金を生む、人を操る、強大な力を持つ……。
その中でも最も実現が難しく、最も強力な御業。
それが人の心を読むという能力。
しかし、この力はそれほどいいものではない。
常に人の悪意が見え続け、腹の奥底が明け透けに見え、損得勘定や、心情の僅かな変化でさえも煩わしく目に付いてしまう。
愛情が消え行く様や、忠誠に迷いが生じる様、死にゆく人の苦しみや、憎悪や悲しみや怒りの叫び。
生の感情がダイレクトに伝わることで、心が読めることで、却って人を信じられなくなる。
「我が事ながら難儀な性質よな……。それ故に世捨て人になった身なのじゃが……」
先代剣聖は瞼を閉じ、担う剣に周囲の"感情"を映し出す。
「次元斬・連撃――ッ!!」
逃げ惑う人々の位置を、襲い来る敵の位置を……全て、"感情の位置"から割り出す。
刹那、すべての敵が残骸と化し、人々の前に道が拓ける。
人々は先代剣聖に感謝の感情を抱きつつ、開かれた門から街を後にする。
「それでも、感謝というものは有難い。罪から逃げ続けたこの身であっても……」
別の方角で湧き上がる歓声に、ニトロは苦い笑みを浮かべる。
「シアン、メチル、カンナ……ワシの眼には、お前さんたちが眩く映る。ワシとは違い、罪と向き合う心の芯の強さがある。その強さがワシには羨ましい。どれだけ剣技が優れていようとも、最後にものを言うのは、その強さじゃ」
シアンたちに向けられる感情に微笑みつつ、ニトロはもう一人の新たな感情を感じ取った。
そして、メチルたちの迷いも。
「ここで迷う必要はない。行け、メチル、シアン、カンナ……次元斬ッ!!」
ニトロは上空に斬撃を放ち、雄叫びを上げる。
アルカディアの市民の約半数は、怪物たちに殺された。
逃がすことが出来なかった……。
残りの半数は、四割は逃がし、一割がまだ都市の中に取り残されている。
これだけの数であれば、あとはニトロさえいれば城の兵士たちと共に守り切れる。
それでもかなり苦しい戦いを強いられるが……もう、ここまで来れば自分も逃げられない。
「聞け!! アルカディアの怪物どもッ!! ここからは、先代剣聖ニトロが相手取る!! 行くぞ!!!」
地上ではその声に沸いた国王ラジウム率いる兵士隊が揃えて掛け声を上げた。
「さすがは先代剣聖ニトロと言ったところか……」
国王の横で、甲冑の男が呟いた。
それに対してラジウムが苦笑して言う。
「貴殿も、もう顔を隠す必要もないだろう。現剣聖オゾンよ……」
甲冑の男は肩を竦め、血に濡れた刃を撫でる。
「いえ、私は別に。剣聖という名にどれほどの意味があるのか……私には分かりかねますので。剣を担う者は皆同様に剣聖である。それが私の考えです。誰か一人がそれを名乗る必要性を私は感じません。英雄気取りは、あの馬鹿共に任せればいい」
シアンたちのほうを見てそんなことを言う甲冑にラジウムは溜息を吐いた。
「仮にそう思っても、名乗ることで周囲の者どもが勇気付けられるということもあるだろうに……。国王の私が言うのだ。貴殿がどれほど自分を卑下しようと関係無い。仮に大した腕が無かったとしても……いや、それなら逆に都合がいいというものよ。担ぐ神輿は軽い方がいいとも言うからな」
「国王の言葉とは思えないな」
「国王だからこその言葉だ。現に私には大した力はないが……」
振り返り、怪物たちに勇猛果敢に挑む王の軍勢を見据えて言う。
「彼らは信じて着いて来た。仮に妄言でも、希望というものは安易に口に出しておくものだ。心が強くなる」
怪物に次々と殺される兵士たちの血飛沫を受け、ラジウムはそれを拭わずに言い切る。
「私は無能だが、無能なりに王として君臨する。貴殿も、剣聖としての努めを果たせ」
「同意はしないが、命令であれば従おう」
「命令だ。私は国王だからな」
ラジウムの言葉に甲冑は溜息を吐き、再度剣を構えた。
「行け!! 者共!!! 我が国の力を怪物どもに思いしらせてやれ!!!」
「仕方がない……。我が名は剣聖オゾン! 貴様ら! 私に続け!!!!」
兵士たちは自らの街を守るため、自らの命を擲つ。
怪物たちとの力の差は歴然だが、それでも彼らは諦めない。
意地だけで立ち向かう。
「世界の終わりがなんだ!!! 死々繰がなんだ!!! 俺たち人間を舐めんじゃねぇ!!! 死ぬことは怖くない!!! 本当に怖いのは尻尾捲って逃げて、守るべき市民達に笑われることだ!!!!」
名も無き兵士が叫び、血飛沫と暴力と怒号が飛び交い、最終戦争は、終末へと進んでいく。
アルカディア市民、死者半数、避難済み四割、残り一割。
アルカディア兵、死者328、残存兵力76(ニトロ、オゾン含む)。
死々繰の魔物、無数。
青き炎によって焼失した大地
全世界の、約七割――。




