滅びの青、罪の血潮
「失敗したか。魔王ネメス……」
瞼を開き、終わる世界を見下ろす。
荒れ狂う青き炎の中、ラジウム率いるアルカディアの兵士たちが市民達の避難を促している。
しかし、逃げる場所などどこにある?
城が陥落するわけじゃない。王都が堕ちるわけじゃない。国が崩壊するわけでもない。
世界が終わるのだ。
逃げる先には炎が待ち、背後からは怪物の群れが襲い来る。
「なるほど、世界丸ごと四面楚歌というわけだ」
シアンは腰に佩いた鞘からレーゼンアグニを引き抜き、振り払う。
青い空に青い炎、どこまでも青いこの世界の中で、シアンの聖剣もまた青く輝く。
「メチル、カンナ……私たちの目的は何だったか……」
シアンの問いかけにメチルが呟く。
「人族の希望を担うこと。……今は、みんなの希望を担うこと」
カンナが笑う。
「とにかくぶっ壊すことかなぁ~?」
シアンの瞳が輝き、三人は城の頂点からそれぞれの得物を構えた。
「そのどちらも正解だ。…………行くぞ!!」
刹那、一条の光が怪物の腹を貫通した。
栗色の癖毛の少女は杖を振るい、さらにいくつもの光の針を生成し、街中に投擲する。
その精度は髪の毛一本程の狂いも無く、人々を襲う怪物たちの腹を貫いていく。
しかし彼女の魔法を以てしてもこの無数のウジのように沸いた怪物たちを殺しきるにはまるで足りない。
爆風に躓いた子供の前に、巨大な一つ目の怪物が立ちはだかる。
怪物はメチルの魔法を自らの魔法で弾き、目の前の子供の首を掴む。
しかし、その腕は次の瞬間には彼の身体から切り離されていた。
「アハハ! この量を相手にするのって初めて!! こういうのも悪くないかも!!」
空中に浮遊する刃の群れが怪物の身体を八つ裂きにし、血飛沫が空に舞う。
蒼に舞った朱の中、剣鬼は踊るようにして死体の山を積み上げていく。
しかし彼女の剣撃を以てしても、この無数の波のような魔物たちを殺しきるにはまだ足りない。
逃げる市民達の前に巨大な竜が舞い降り、その口元に炎を宿した。
剣鬼からでは届かない……。
竜のブレスが放たれたその瞬間、青き炎がその竜の炎を飲み込んだ。
炎の切れ目、それを視認した瞬間、竜は炎と共に自らも両断されていたことに気付く。
真っ二つに割れた竜の死骸の下、勇者シアンは自らの担う聖剣を天高く翳し、市民達に呼びかける。
「私は勇者シアンだ!! ここにいる魔物たちの相手は私に任せろ!! お前たちは自らの脚が壊れるまで、肺が破れるまで、心臓が張り裂けるまで!! 走れ!! お前たちの行き先は未来だ!! これは逃避行ではない!! 未来を目指して走るのだ!!!」
襲い来る飛龍の群れを続けざまに切り裂き、市民へと投擲された巨石を両断し、刃を砕き炎を呑み濁流に抗い、勇者は市民達の道を拓く。
「生きろ!! 生きて明日へと辿り着け!! これは人類の未来を賭けた、お前達の戦いだ!!!」
そう、この戦いは勇者だけの戦いじゃない。
領域戦争でも、魔物との因縁でもない。
一秒でも長く生き残るためだけの……そのためだけの戦いなのだ。
たとえそのことに何の意味が無くっても、終わる世界でも、滅び行く命でも……
「希望があると信じるんだ……!!」
道を塞ぐ魔物の群れに勇者は駆けた。
「うぉおおおおぉおああああッッッ!!!!!!!」
斬撃、刺突、打撃、殴打、投擲、破砕、突撃……。
あらゆる剣技を尽くして、目の前の魔物の軍勢に突破口を作り出す。
血を吐き骨が折れ肉が裂け肺が裂け心臓が悲鳴を上げ、それでも歯を食い縛って道を拓く。
「がぁああああああああああああああ!!!!!!!!」
最後の一撃を放ち、血に濡れた赤い道がそこに開かれた。
門を見上げ、それから背後の市民達に苦しげに笑う。
「行け。私は別の道を拓きに行く……」
市民たちは血にまみれた勇者の異形に息を呑み、それからどっと沸いた。
「勇者さま万歳!!」
「俺たちも諦めないぞ!! 死ぬまで走って走って、一秒でも長く……!!」
「私も希望を捨てない……! 勇者様が作ってくれた道を、大切に進む!!」
市民たちは赤く濡れた血の道を行く。
それを見送り、勇者はふっと笑った。
「そうだ、それでいい……」
彼らの進んだ後には、赤い血の足跡が残されていた。
それを見て、勇者は聖剣を握り直す。
「それでいいんだ……」
この世界は、誰かの血の上で生きる世界だ。
食事を取るにも、衣服を着るにも、常に何者かの犠牲の上でないと、成り立たない。
誰もが罪を負い、誰もが苦しい中で生きるしかない。
それでもシアンは、まだ、この世界が惜しいのだ。
「シアン~! まだ行けるよね~!」
「シアン、次の門を開けに行こう。このペースじゃ逃がしきれない……」
「ああ……」
血だらけの三人は、狂った魔物たちを斬り刻みながら、青く染まった世界を赤に染めながら進んでいく。
死体の山を越え、臓物を踏み越えて……
シアンは目の端の涙を拭い、襲い来る怪物たちを両断していく。
この魔物たちも、死々繰さえなければ凶暴にならずに済んだ者たちだと、シアンは自らの経験から知っている。
「お前たちの苦しみ……私には手に取るように分かる。私もかつてはお前たちと同じように操られた身だからな……。だが、斬らないわけにはいかないのだ……」
シアンは魔物を殺し、逃げ惑う市民たちの前で微笑む。
「助けるために殺す……私たちの中には、いったいどれだけの罪が渦巻いているのだろうな……」




