魔王ちゃん、ダンジョンボスに遭遇する
この洞穴は四階層からなる多層型の地下ダンジョンだ。
広さの順としては一階層が最も狭く、下の階層に降りるにつれてより広くなっていく。
これはダンジョンを掘り進めていく過程で、主が土中の魔鉱石や魔結晶、化石などを魔力として取り入れ強化されたためだろう。
ダンジョン内の魔力は土中から溶け出したものから構成される。
キュピス諸島は氷河期が過ぎ海面の上昇によって生成された島々だ。
かつて海に暮していた生物たちの死骸が化石となり、それらが堆積した地層から徐々に魔力となって放出されていく。
火山地帯では化石ではなく魔鉱石や魔水晶によって同様の現象を発生させるが、結果としては同じようなものだ。
第四階層はちょうどその、死骸が降り積もっていた地層であるらしく、岩盤をよく見ると小さな化石がいくつも見つけられる。
サキュバスはダンジョンの奥に備え付けられた巨大な扉を発見した。
高さ五メートル、横幅十メートルほどの巨大な扉だ。
扉は既に開け放たれており、その内部は妨害魔法によって外からの目視を遮られている。
「これはダンジョンの機構のひとつかなー? それとも主自身によるものかなー?」
「見て見ないと分からないね。入ってもいい?」
「どうぞごゆるりとー」
ネメスとサキュバスが奥の間へと足を踏み入れると、背後で扉が閉まった。
ダンジョン内へと足を踏み入れた低レベルのパーティが命からがら逃げかえり、地上でそのダンジョンの情報を共有し、装備を整えた高レベルのパーティが攻略を行うというのはよくある話だ。
この機構はそれを防ぐためのトラップ。
奥の情報を隠匿し、興味本位で一度でも足を踏み入れれば、主を倒さない限り二度と地上へは帰れない。
ネメスはこのパターンのダンジョンを作成したことがないが、人族対策としては最適解と言える構造。
ただこのダンジョンの場合は何故この機構を採用したのか甚だ疑問だ。
「人族のキュピス諸島への出入りは難しい。それなのに、なんでこんな手の凝った人族対策をしているんだろう……」
ネメスとサキュバスは妨害魔法の消滅術式を結び、奥の間内での視界を確保する。
「これは……」
辺り一面、無数の剣や槍が落ちている。
どれもこれも錆び付き埃を被り、朽ち果てている。
さらにその奥には、一体の竜が眠っている。
銀の鱗に黒い爪、一対の巨大な翼を備えた五メートルほどの翼竜。
翼を広げれば三倍ほどになるだろうか。
ネメスはその竜に視界を合わせる。
――銀翼竜、レベル27
現状サキュバスのレベルが16、ネメスのレベルが15だ。
油断していては痛い目を見るだろう。
隣のサキュバスへと視線を向けると、彼女は閉じていた眼を見開いた。
「あの竜は数百年前からこのダンジョンの守り主として、ダンジョンの主に生成された魔物みたいだねー」
眠っている竜の中から情報を抜き出してきたらしい。
サキュバスの語り口からして、あれはこのダンジョンの主ではない。
レベル27の魔物を生成するには、同様に自らの体内からレベル27相当の魔力を支払わなければならない。
つまり、このダンジョンのボスは魔王に相当する強力な魔物ということになる。
その懸念に眉根を寄せたネメスに対して、サキュバスは安心するように言う。
「ダンジョンの主はここを出たきりずっと戻ってきていない。名前はシルフィー、レベルは14で、風を司る魔族だったみたいだねー」
「主のレベルを超えるほど、ずっとここでダンジョンを守り続けていたってこと……?」
「そうらしいねー。ただ懸念事項がひとつだけあってー……」
サキュバスがそう発した直後、竜は目を覚まし咆哮を上げた。
けたたましい騒音にネメスは耳を覆い、サキュバスは続きを紡ぐ。
「主の死亡によってコントロールを失っているみたいー。あの高いレベルは、島中の魔物を殺して回ったからみたいだねー」




