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時を惜しめと、乙女たちに告ぐ その四

 シルフィと女神が街を目指して歩を進めていると、向こうのほうから、総勢百余名ほどの軍隊がやって来た。

 ラクダに乗った騎士たちの姿を遠目に、シルフィは彼らに両手を上げて助けを求める。


「助けてください! この向こうから、あと二百人ほど難民の方々がやってきます!!」


 瞬間、シルフィの腹が石礫によって貫かれた。


「ッ……!?」


 シルフィは口から血を吐き、腹を押さえて蹲った。


「魔物一体の撃破を確認……!」

「よくやった! この向こうにあと二百体いるらしい……。全て殺せ!! 一匹たりとも街には近付けるな!!」


 軍隊のほうから聞こえる怒号に、シルフィは息を切らせながら空を眺める。


「何かと思ったら、魔法で腹を貫かれたのか……」


『早く回復を!!』


「分かってるよ……」


 シルフィは魔力を編んで腹の穴を補修し、それから腹ばいで砂丘の向こうへと身を隠した。


『まさか相手のほうから来るなんて……しかも軍隊が……全員、殺すって……』


「大丈夫、私が何とかするから……」


 女神の泣き出しそうな声にシルフィは優しく、子供に言い聞かせるように呟く。

 しかし二人は互いの心が読めてしまう。

 シルフィに何も策が無いことはもちろん、彼女が考えた最悪のケースまでも……。


『ウンディーネ……ウンディーネたちは!? もう殺されてしまったのですか!?』


「落ち着いて、女神さん……ウンディーネたちはきっと上手く逃げたよ……」


『そんなの! なんの証拠もないじゃないですか!!』


 女神が叫ぶと同時、向こう側から無数の魔法が飛来する。

 砂塵が舞い、炎が燃え上がる。


 シルフィの視線の向こうから難民たちがやって来る。

 死に物狂いで走り、青き炎から逃れ助けを求めて声を上げて……。


「ダメだ! 来るな!!」


 シルフィの叫びは彼らには聞こえない。

 ノームと共に彼らはこちらへと近付いてくる。


「ダメだ……やめろ……」


 シルフィは砂丘から顔を出し、向こうに待ち構える軍隊のほうを見る。

 杖を構えた魔法使いたちの軍勢、槍や剣をその手に担う騎士の群れ、今か今かと砲口をこちらへと向ける大砲……。


 シルフィは息を整え、自らの体内に魔力を充填する。


『シルフィ……!? 一体何をするつもりですか!?』


「風を編んで魔法を逸らす……」


『無理ですよ! あの量の魔法をシルフィ一人で……あなたの魔力量じゃ絶対に無理です!!』


「それでも見殺しには出来ない……」


『それなら……あの軍隊を蹴散らしたほうが圧倒的に早いじゃないですか……。そうですよ……! あんな屑ども、みんな死んじゃえばいいんです! だって、逃げてくる人たちを殺そうとしてるような奴らですよ!? あっちが悪いんだから、殺しても文句ないですよ!!』


「殺すのはダメだ。もしここでアイツらを殺したら、街との交渉自体が不可能になる……」


 あれが街から派遣された軍隊なら、それを攻撃した時点で内外テリトリーでの戦争状態が決定的になってしまう。

 最善は話し合いでの解決。次善の策は、相手を無力化した上で交渉の席を作ること……。


 最も都合のいいパターンは、あれが街から派遣された軍隊ではなく雇われ軍隊というパターンだ。

 傭兵を殺しても街に被害は出ない。

 しかし、そんな都合の良い話がこの辺境の地であるとは思えない。


「引きつけろ引きつけろ……もっと引きつけてから確実にやれ!」


『ッ!! シルフィ……!!』


 刹那、向こうに見える五十程の杖が青く発光した。


「――ッ!!!」


 刹那、シルフィは体内の魔力を輪転させ死々繰を発動する。

 放たれた無数の魔法を死々繰が偏向し、次の瞬間、着弾地点から砂塵が舞い上がった。


「な、なんだぁ!?」


『や、やったやった! やりましたよシルフィ!!』


「まだ……第二波……くる!!」


 魔法使い達は二波、三波とシルフィへと魔法を放つが、死々繰の魔力偏向によってすべてその向きを返られる。

 逃げてきた難民たちはシルフィと軍隊との交戦に怯え、その場に頭を抱えて蹲る。


『このままじゃジリ貧ですよぉ!!』


「死々繰の偏向だけなら魔力消費量は抑えられる……でも、耐えてるだけじゃ……」


 瞬間、シルフィは目の前に現れた"それ"に目を見開く。


 音も気配も、姿も形も察知出来なかった……。

 この距離を一瞬にして詰めた"それ"は……。


「シルフィ!! 逃げろ!!」


 刹那、斬撃が空間を両断する。

 ノームの出した砂壁を一瞬にして斬り払い、横に転がったシルフィを見下ろしゆったりと真剣を構える。


 それは歴代最強の剣聖……。


「剣聖ニトロ――!」


 呟いた刹那、シルフィは喉を裂かれ、血飛沫が砂漠に舞った。


「ひ、ヒィぃ……っ!!」


 蹲っていた魔物たちは怯えた顔でその剣聖を見上げる。


「お、俺たちは何も悪いことしてないだろ……? なんで、なんで住む場所を奪われて、挙げ句こんなとこで殺されなきゃいけないんだよ……俺は人間を殺したいなんて思ったことねえよ。ただ、助けて欲しいだけなんだ……」


 魔物の男は剣聖を前に立ち上がる。


「俺たちは……俺たちは今までずっとあの辺境の地で生きてたんだ! 誰も襲わないように、自分たちの生まれ育った土地にずっと住んでたんだ! 俺たちが危険じゃないことは分かるだろ!? 魔物とか、人間とか、関係ねえじゃねえか!!」


 瞬間、その男は首を刎ねられた。


 悲鳴が上がり、子供たちが泣き、母親がそれをぎゅっと抱きしめる。


「な、お前なんてことを!!」


 ノームは叫び、剣聖を睨み付ける。


「殺す必要があったのか!? 俺たちはただ、街に入れて欲しいだけだ!! ここから先は青き炎なんだ。もう住めないんだ!! だから、ここにいる数十人くらい助けてくれてもいいだろ!!」


 ニトロは剣を構え、ノームと相対する。

 しかしノームは彼を前に魔法を発動することはなかった。


 視線の先、斬られて倒れたシルフィが、指で合図を送っている。


 ()()()()()()()()()()()()()()()


 それを見て、ノームは顔を上げた。

 真っ直ぐにニトロだけを見据え、周囲の全ての砂に意識を集中する。


 シルフィがなんとかしてくれる。

 それを信じていれば……いつだって、シルフィはノームたちを助けてくれる!!


「なにっ!?」


 剣聖は背後からの一撃を刃で食い止め、続く連撃を全て弾く。

 直後、ノームは砂で壁を作りながら難民たちを引き連れて走り出す。


「っ!!」


 ノームへと向かおうとするニトロにシルフィが掴みかかり、そのまま彼を地面に押し倒す。


「女神さん……悪いけど付きあってもらうよ……」


『やっちゃってください!!』


 シルフィはニトロを掴んだ腕に魔力を集中させ、死々繰の魔力偏向を用いて限界を越える密度にまでそれを圧縮する。

 発光する彼女の腕を見て、ニトロは腕から顔に視線を上げた。

 死に物狂いの風魔に顔を顰め、硬い口を開く。


「自爆する気か……」


「君、強そうだからね……これが一番確実だ……」


「そうか……それは、残念だ……」


 刹那、爆風が砂塵を巻き上げた。

 吹き荒れる煙と、霧散する魔力が辺り一帯の視界を覆う。


「シルフィ……まさかこれが目的か……!?」


 巻き上げられた砂塵と煙が軍の目を眩ませ、ノームたち難民の姿を隠してくれる。


「これなら、行ける……!」


 ノームは難民たちをつれひたすらに街まで走った。

 息が切れ、肺が痛み、口内は血の味がする。

 それでも走って走って走り続け、やがてノームは街の門の前までやって来ていた。


「なんだよ……これ……」


 門は赤く濡れ、その前には村人たちの亡骸が無造作に、ゴミのように積み上げられている。


「おい……嘘、だよな……?」


 何年も一緒に暮らし、今日の朝まで普通に話していた人たちが、みんな、変わり果てた姿で死んでいる。

 腹を割かれ、臓物を日に晒し、飛び出て神経が見えた状態で虚ろに地面を見つめる眼球……落ちている子供の首は、体がどこにあるのかも分からない。


 親も子も、男も女も老人も、何もかもがガラクタのように朽ち果てている。


「あぁああ、ああ。ああああああああ!!!!!!!!!」


 ノームは地に膝を突き泣き叫ぶ。

 家族同然の、村の人々が、まるでゴミのように虐殺された跡を見て。


「これが、人のすることなのか……?」


 ノームは呟き、ふと背後に振り返った。


 村の人たちは助けられなかった。

 だけど、シルフィと一緒に助けた人たちは……。


「おい、誰か……誰か、いないのか……?」


 振り返った先には、誰一人いない。

 ここまで逃げてきたのは、ノーム、ただ一人だけ。


 向こうのほうからラクダに乗った騎士の軍勢が現れる。

 彼らは天高く槍を構え、その槍の穂先には一緒に逃げた難民たちの首が晒されている。


 ノームはそれを見て、絶叫した。

 怒りに狂い、憎悪を滾らせ、自らの全てを目の前の軍勢に叩きつけた。


 砂の群れが騎士達を蹂躙し、一人残らず虐殺する。


 全てが終わったとき、ノームは体内魔力を殆ど使い果たしていた。


「シル、フィ……」


 息も絶え絶えになりながら、男は来た道を戻っていく。

 仲間達の死体を背にしながら、難民の死体を幾つも越えて……。


 やがて彼はシルフィが剣聖と戦っていた場所へと戻ってきた。


「シルフィ…………よかった! よかった!! シルフィ……お前は、お前だけは、無事だったんだな……!!」


 ノームはぐったりと項垂れる傷だらけの彼女に近寄り、彼女の身体を抱き寄せる。

 しかし、彼女は何も反応しない。


「シルフィ? どうしたんだ……? 剣聖には、勝ったんだよな……?」


 ノームはシルフィの顔を見て、その瞳の色に息を飲んだ。


 彼女の瞳は、両眼とも、真っ赤に染まっていた。


「お前……シルフィは……」


 どろりと濁った瞳の彼女は、何も言わず、ふらりふらりと立ち上がった。


「ふふ、あはは……あはははは!!!」


「シルフィ……?」


 狂ったように笑う彼女を前に、考えたくもない、最悪の状況が脳裏を過ぎる。


「死んだのか……? シルフィは……お前は……」


「ふふ、なに言ってるの、ノーム。私はシルフィだよ」


「でも、お前……」


「ノーム、()()()()()。この狂った世界の全てを、終わりにさせなくちゃいけない。そうじゃなきゃ、みんな悲しい思いをしちゃうと思うから」


 シルフィは青き炎のほうへとよろめきながら歩いて行く。


「そっちは……」


「何言ってるの、ノーム」


「お、お前こそ……何をしようと……」


 そう言いかけて、彼女の濁りきった瞳に背筋が凍った。

 彼女は向こうのほうを指さして、言った。


「もう、止まってるよ? よかったね! 村は、助かったよ!!」


 そう言われて、ノームは砂丘からかつて自分たちが住んでいた村のほうを見渡した。

 青き炎は、かつてノームたちが住んでいた村の、食料プラントの僅か数メートル手前で止まっていた。


「……こんなことってあるかよ。だって、みんなもう避難して……みんな死んじまって……シルフィも、みんな……!!!」


 叫ぶノームを冷たく見下ろし、それからシルフィは村のほうへと歩いて行く。


「帰ろう……家に……」


 濁りきった赤い瞳で、虚ろな足取りで、村のほうへと帰っていく。

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『Mephisto-Walzer』

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