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時を惜しめと、乙女たちに告ぐ その三

 朝、砂上の村には怒声と悲鳴が飛び交っていた。


「みんな慌てないで! 落ち着いて移動の準備をして!」


 シルフィは叫びながら、視界の先に見える、天高く燃え上がる青き炎を見据えた。


「シルフィ……」


「ウンディーネは地下水を使って川を作って。避難に必要な荷物は全て川に流し込んで運ぶ。この村で財産と呼べるようなものは片っ端から全部運んで欲しい。内側の領地に入るための交渉材料に必要だ」


「……分かりました!」


 ウンディーネはシルフィの指示に従い、地下水脈からありったけの水を地上に湧き出させ、その水を操って村中の家財を片っ端から濁流で押し流す。


 ウンディーネの仕事を傍目に、シルフィは食料プラントのほうへと目を向けた。

 現状では青き炎がどこまで進んでくるのか分からない。

 最悪、あのプラントも全て燃えて無くなってしまうことだろう……。


 いま分かっていることは、既に向こうの村々から難民たちが押し寄せて来ているという事実だけ。


「シルフィさん! なんでこんなことに……青き炎がこんなに早く燃え広がるなんて!!! 聞いてませんよ!!!」


「言ってても仕方がない……。村長さんは村の方々を連れてウンディーネと一緒に逃げて欲しい。私はノームが戻ってくるまではここを動かない。情報が分かり次第後から合流します……」


 シルフィの言葉に村長はグッと奥歯を噛み絞め、隣にいた村人の一人は、困惑を顔に浮かべながら口を開いた。


「それは分かったけどよ……アンタの計算じゃあ向こう十年は安全なはずだっただろ……」


 それを聞きシルフィは何も言えずに俯いた。

 計算するにも、限度というものがある。イレギュラーな事態はいくらでも起こりえるし、完璧な予知などこの世界の何者にも為し得ない。


 それをこの人たちに言ったところで、言い訳にしかならないことをシルフィは分かっている。

 そして、彼女の右目が赤く変色した。


『言わせておけば失礼な方々ですねっ!! シルフィは皆さんのために朝早くから夜遅くまで死々繰の研究をしてくれているんですよ!? この村だけじゃない! 向こうの村の人たちも! それ以外の、他のテリトリーの人たちも! 全部まとめて、シルフィは助けようとしてるんですよ!? 今だってこんなに必死になって――むぐっ! な、何するんですかシルフィ――――!!』


 シルフィは暴れる自らの口を押さえ、それから村長たちのほうに視線を向ける。


「な、なんだよ……別に責めるつもりなんて……」


『だったら、黙ってシルフィの言うこと聞いてむごご……!!』


「黙ってて、女神さん……。この人たちだって不安なんだよ……」


 苦しそうに語るシルフィに、村長たちは口ごもり、それからウンディーネたちのほうへと歩を向けた。

 二三歩ほど進み、村人は振り返って言った。


「アンタが努力してるのは知ってるよ……だけど…………とてもじゃないが待ちきれねえよ……!!」


 そう吐き捨てて、村人は村長の後を追う。

 二人が行ったのを見届けると、シルフィは抑えていた口を開く。


『なんなんですか!! シルフィがどうにか出来ることじゃないじゃないですか!! すっごく苛つきます!! シルフィは自分に出来ることを全部やってます!! 他の誰にこんなこと出来るって言うんですか!!!』


「女神さん……そう言ってくれるのは有難いけど、私の身体を使って叫ばれると…………」


『あ、すみません……』


 しゅんとする女神にシルフィは微笑む。


「女神さん、私のことを気遣ってくれたんだね……。魔物は嫌いって言ってたけど、これって少し、友情だね……」


『な……べ、別にそういうわけじゃ……。ただシルフィが頑張ってるのは私が一番近くで見てましたから……』


「ふふ、ありがとう。それじゃあ、この事態を収めるためにもうひと踏ん張り頑張ろう……」


 シルフィは息を切らせながら青き炎のほうへと歩いて行く。


 彼女は元より病弱で身体が弱い。

 魔法の研究者になったのも、家に引き籠もってやることが無かった幼少期に由来している。


 元々弱い身体に二つの魂を入れれば、当然消費する魔力の量は増大する。

 それが分かっていて彼女は女神を助けた。


 病弱な自分にも出来ることがあると信じたいから。

 誰かを救える立派な存在であることを、自分自身に証明したいから……。


 女神はそんな彼女の気持ちを知っている。

 同じ身体に同居している都合、相手の心の声は丸聞こえだ。

 そして、女神は自分の劣等感をシルフィに聞かれるのが嫌だった。


 女神はシルフィの身体に頼らないと生きて行けない。

 こんな病弱な少女の身体を借りて生き永らえている自分自身が、彼女の生き様と対比して余計に情けなく感じている。


 弱くとも人を助ける彼女と、神であるにも関わらず彼女の負担にしかなり得ない自分……。


「そんなことないよ……。女神さんのお陰で、死々繰の研究は進んだんだ……。誇っていい……」


 シルフィは苦しそうにそう言いながら、炎のほうを目指して歩く。


「私のほうこそ、誰の期待にも応えられない自分が情けない……。ウンディーネもノームも、村のみんなも、私の死々繰を信じて待ってくれていた……それなのに……」


『そ、それは……!』


 そう言いかけて、女神は続く言葉を言えなかった。


「なるほど……これはダメかもしれないな……」


『そんな……』


 砂丘を登り二人が見たのは、今にも村一つを飲み込まんと進軍を進める青き炎の姿……。


 逃げ惑う人々が次々と炎に飲まれ、この世界からチリ一つ残さず消滅していく。

 眼下で砂の粒のように小さく見えるノームが人々を連れて内側を目指して進んでいるが、助けられる人数にも限りがある……。


『青き炎があんな速度で進んでるのなんて、私見たことないですよ……』


「私もだ……。これは食料プラントもダメそうだな……」


 シルフィの言葉に女神は泣きそうになる。


「……行こう」


『行くって、どこにですか……?』


「内側の街に……。私たちの村はもうダメだ。村のみんなを街に入れてもらえるように交渉しないといけない……」


 それを聞き、女神は奥歯を噛む。


『領域戦争は、自分たちの住む領地を失った"外側の人々"が、内側のテリトリーに押し寄せることによって起きる内紛が殆どを占めています……。そして……それは大体の場合、外側の人々を……』


 虐殺して解決する。


「それをどうにかするために私は行くんだ……」


 シルフィには死々繰の技術がある。

 この技術にはこの世界の未来の全てがかかっているいると言っても過言では無い。

 それを交渉材料に使えば、村の人たちを街に入れて貰うくらいなら出来るかもしれない……。


「さあ、行こう……ウンディーネたちが待ってる……」

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『Mephisto-Walzer』

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