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魔王ちゃんと勇者ちゃん

 その夜、魔王ちゃんとウンディーネはサキュバス、メチル、シアン、ニトロたちと合流した。


 一通り互いの事情を話しあい、シルフィとの戦いに向けて行動方針を決め、大きく分けて二つのチームで動くことに決まった。


 シアン、メチル、カンナビス、ニトロによる王都防衛組

 ネメス、サキュバス、ウンディーネによる対シルフィ組


 青き炎は大きな脅威だが、それを生み出す魔法陣がシルフィの作った術式であるという事実に変わりは無い。

 術式である限り解除方法は必ず存在しているはずで、その術式の大元を絶てばこの事態の収束は可能だ。


 そしてそのためにはシルフィを倒さなければならない。


 シアンとサキュバスからの情報提供により、シルフィにはレベルを無制限に上昇させる「完成形の死々繰」があり、通常の戦闘方法では太刀打ちすることが難しいことが分かった。


 魔力徴収により死々繰を一次的に無効に出来るネメスを筆頭に、太陽レンズへのカウンターが可能なウンディーネ、索敵及びメイン火力を担うサキュバスがシルフィの撃退に向かう。


 問題は地下に巨大な死々繰を抱えた王都・アルカディアだ。

 地下の死々繰が現在どうなっているかは不明だが、あれが解放され、地上に暴走した魔物が溢れれば、おそらく人族に待ち受けるのは確実な滅亡のみだ。


 既に王都へと向かったラジウムとカンナビスに続き、彼らとの付き合いが長く、かつては同じ勇者パーティとして共に旅をしてきたシアンとメチル、そして彼女らに剣技を教えた先代剣聖のニトロが王都の防衛に付く。


 既に世界は青き炎によって元の世界の六割が焼失した。

 追い立てられた人族は魔族を襲い土地を奪い、魔族は人族を殺し土地を奪い返す。


 もう、どちらか片方が滅亡すれば、残った片方が生き残るという希望すら誰も抱けなくなった。

 この世界は、魔族と人族、全ての生命を包括して、何もかもをひとつ残らず道連れに消滅しようとしている。


 それを食い止めるために、今は全てを賭けて戦うしかない。

 今は、ネメスやシアンたちは、明日からの最終決戦に向けて各々の準備を行っている。


 魔王ちゃんはミーティングを終えしばらく状況をまとめた資料を眺めると、魔王城の外へと出て夜の砂漠を眺めた。


 一面の銀の砂に、紺碧の夜空。

 輝く星々が照らす地面は、ところどころに青き炎が燃えさかり、世界が少しずつ消えていっている。


 屈んで、砂を握る。

 手を開くと零れ落ちていくきらきらとした砂粒。


 それは何の役にも立たない、ただの砂だ。

 農作物を育てるわけでもなく、食物になるわけでもなく、資源として役に立つわけでもない。

 だけど、今はこの砂ですら、失われていく儚いものなのだ。


 立ち上がり、砂を払う。

 背後の気配に振り返ると、そこには見慣れた彼女が立っていた。


「……ここにいたのか」


「うん。ちょっと夜風に当たりたくて」


 彼女は魔王ちゃんの隣まで歩いてくると、同じように砂を握って立ち上がり、空を見上げた。


「こんな状況でこんなことを聞くのはおかしいかもしれないが……お前はなんで私を許したんだ?」


 その問いに、魔王ちゃんは静かに答える。


「完全に許したわけじゃないよ。痛かったし、酷かったし。正直に言うとね、私、勇者ちゃんのこと嫌いだよ」


 魔王ネメスの言葉に勇者シアンは苦々しく笑う。


「それはそうだ。散々いたぶってきたからな……。本当に……申し訳ないと思っている。お前のこと、勘違いしていた。いくら正気を失っていたからと言え、到底許されることじゃない……」


 シアンの言葉に魔王ちゃんはクスりと笑い、顔を向けた。


「そう思うなら、ちゃんと責任取ってね?」


「責任……一体私は、どうすればいい? 何をすればこの罪は償える……?」


 そう問うた瞬間、シアンは思わず目を見開く。

 ネメスはシアンの顎に指を添え、軽く自分のほうへと向けさせる。


「決まってるでしょ。あなたは勇者。私は魔王。それ以上に言うことが必要?」


 真っ直ぐに澄んだ赤い瞳に息を呑む。

 黒い髪が風にたなびき、魔王はそっと手を離す。

 それに対し、シアンは俯いた。


「分かっている。世界を救えと言うんだろう……? だが、その先はどうすればいい? 私は既に何人もの魔族を殺してきた。もう取り返しが付かない。私はあまりにも多くの命を奪いすぎた……。死んだ命は戻らない。殺した事実は消えてくれない。これから先、私はどうすれば……」


 ネメスは答える。


「罪については、勇者のお話には出てこない。それを担うのは責任者である王様(わたし)の役目だよ」


「そんな無責任なことがあるか! それなら私だって……」


 そう言いかけた時、突風が吹いた。

 シアンは髪を抑え、ネメスは、その風に握っていた砂を払った。


 風に乗って砂は舞い、青き炎へと消えていく。


「余計な心配はしないで。私は魔王ネメスだよ? ちゃんと、みんなが納得する未来は用意してあるから」


 そう言って、魔王ちゃんはにこりと笑いかけた。


「私はみんなが幸せで、全員が笑顔で暮らせる世界が欲しい。そこには勇者ちゃんもいるんだよ。だから、今はその力を貸して。そして私を信じて。それだけで今はいいの」


 その言葉に勇者は俯き、それから顔を上げ肩を竦めた。


「お前はサキュバスにすら計画の全貌を明かさないと聞いた。これ以上は聞いても無駄なのだろう? それに、お前が頑固で強情なことは私が一番よく知っている。それならそのお願いはどうあっても聞き入れるしかないじゃないか」


「ふふ、分かってるじゃん。勇者ちゃん」


「卑怯者が」


「魔王だからね」


 そう言って二人は夜空の下で笑い、それから互いに顔を見合わせる。


「信じていいんだな?」


 そう言うシアンに、ネメスは右の拳を突き出した。


「もちろん。信じてよ、勇者ちゃん」


「嘘くせー……。まあ、表面だけは信じてやる。魔王ネメス」


 シアンはネメスの拳に自分の拳を突き合わせる。


 みんなが笑ってくらせるようになったら、二人でこの戦いの責任について話しあおう。

 それまでは、この頼りない小さな魔王様を信じて、ただ、剣を振るうことにする。


 二人は砂の地面を踏みしめ、魔王城へと戻る。


「それよりさ、"魔王ネメス"じゃなくて、勇者ちゃんも"魔王ちゃん"って呼んでよ~!」


 肩にぶつかってきた魔王を面倒臭く思い、シアンは顔を背けつつ呟く。


「……魔王ちゃん」


 それを聞き、魔王ちゃんはニッと嬉しそうな笑顔を向けた。


「えへへ~!! ありがとう、勇者ちゃん!!」


 人族と魔族は互いに殺しあうことを宿命付けられた存在。

 だけど、そんなことは世界の都合に過ぎない。


 仲良くしたいと思ったら、友達になりたいと思ったら、

 そんなルールなんて真っ向から蹴散らして、こうして笑顔を向ければいい。


 そうしたら、勇者と魔王ですら、こうして仲間になれるのだ。


「礼を言うのはこっちのほうだ。ありがとう、魔王ちゃん」


 照れくさいけれど、シアンはお返しに笑顔を向ける。


 誰もが魔族と人族は共存出来ないと言った。

 シアンもそう思っていた。

 だけど、その不可能を魔王ちゃんは可能にした。


 たとえ滅び行く世界の中の、たった一瞬の泡沫だったとしても……

 その事実は、魔王ちゃんの努力の起こした、何物にも替えがたい美しい奇跡だと思うから。


「もし世界を救ったら……世界の半分は魔族に譲ってやってもいい」


「半分こだね!!」


 人族だけの平和ではなく、魔族もいたほうが、きっと世界は賑やかだ。


「ああ、半分こだ」


 争いあうために種族が二つあるわけじゃない。

 助け合うために、二つあるのだ。

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『Mephisto-Walzer』

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