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二つの戦い その三

『私の魔法ね、"破戒式"って言うんだ~! どう、サキュバスちゃん? カッコいい?』


 それはいつかの彼女の言葉だった。


『破戒式ー? ちょっと意味分かんないかなー。"破壊"じゃなくて"破戒"なんでしょー?』


 いつもの魔王ちゃんのセンスだな、なんて思っていた。

 魔王ちゃんはいつも自分が作ったものに独特な名前を付ける。


 だから、この言葉もきっとそんな他愛ないものの一つだと思った。


 魔王ちゃんはサキュバスの言葉にニヤリと笑い、目の前に一本のレイピアを生成した。

 月明かりを受けてキラキラと輝く銀の刃……。


 その輝きに見惚れていると、隣の彼女はゆったりと口を開く。


『戒っていうのは、その字の通り戒律(ルール)のことだよ。この世界は白か黒のどちらかに染まらなくちゃいけない。だけど、そんなのつまらない。誰も幸せにならないルールなんて、私はなくなっちゃえ!って思うの』


 『だからね』そう言って魔王ちゃんは立ち上がり、満月の下で優雅に舞う。

 まるで妖精みたいだな、なんて思いながら、サキュバスは彼女の姿を見つめていた。


『この世界の戒律(ルール)を、私は壊し尽くさなくちゃいけないの。そのために、私は……』


 その時の彼女の顔は、少しだけ寂しそうに見えた。

 だけど、サキュバスは魔王ちゃんの中だけは覗き見ることが出来ない。


 なぜだか分からないけれど、魔王ちゃんには他の魔物とは根本から違う部分が多い。

 サキュバスの真我乖離(ヴァルキヤ)さえも、彼女の神秘のベールの中には一歩たりとも踏み込めない。


 だから、サキュバスはそれ以上魔王ちゃんに踏み込もうとはしなかった。

 その顔が、その言葉が何を意味していたのかも、考えようとはしなかった。


 あの時の自分は、見れないものの奥に、何が隠されているのかなんて想像すら出来なかったから。


「はぁああッ!!!」


「――ッく!!!!」


 閃光。


 刃が軋み、目の前から"猛獣"が襲い来る。


「これでッ!!!」


「っ……!」


 咄嗟に突きつけた切っ先を回避し、彼女はなおもこちらの懐へと飛び込んでくる。

 横薙ぎの一撃に左腕が持っていかれる。


 その瞬間、目の前の彼女は"猛獣"ではなくなった。


「まだだ……まだ足りない」


 刹那、サキュバスは一瞬にして戦意を喪失した"彼女"を八つ裂きにした。


 血飛沫が舞い、99万9999回目の死が終わりを告げる。


 百万回。

 それまでに自分を越えることが出来なければ、恐らく彼女に剣の才能は無い……。


 サキュバスは静かに"敵"を見据え、その瞳の深淵に、確かな"才能"を見出しつつある。


 彼女は確かに正真正銘の勇者だ。

 これだけの死を越えて、なおも剣を担い続ける精神力は正しく"不屈"。

 恐らく、このまま続けていれば彼女は確実に自分を越えていく。


 元より、サキュバスは戦闘向きの魔物ではなかった。

 パワーは弱いし武器も作れない、使える魔法も一種類だけ。

 しかも"夢を見せる"だなんて、なんだかよく分からない代物だった。


 どれだけ努力してもレベルは上がらなかったし、他の魔法を覚えることも出来なかった。

 だけど、それで諦めるには魔王ちゃんと一緒にいた時間はあまりにも楽しすぎた。


「これで百万回目だねー」


 サキュバスの呟きにシアンは剣を握る手に力を込める。

 これで勝てなければ、また百万一回目が来るだけだ。


 だけど、この二人にとってこの一回にはとても大きな意味がある。


(百万回も負けて、百万回も付きあってもらって、これで勝てないのなら、私はこの悪魔に申し訳が立たない。メチルにも、カンナにも、人類の全員に申し訳が立たない。勇者として、そんな失態はとてもじゃないが晒せない)


 勝たせてもらうぞ。

 シアンはそう言って目の前の悪魔へ尊敬と敵意、そして感謝の入り混じった強い視線を向ける。


 対してサキュバスも真剣な瞳でその視線に応える。


(まったく、魔王ちゃんに言われたら何でもしちゃうのが私の悪い癖だな-。それにしたって百万回も戦って、因縁の敵に自分を越えさせるだなんて度が過ぎてるよねー。でもさ、それが私だから)


 勝てるものなら勝ってみな。


 夢の中、一体どれだけの時間が経ったのか……既に二人にとってはどうでも良いことだった。


 赤い夕焼けに照らされた二人の少女。

 一方は悪魔、もう一方は勇者。


 互いに生まれも育ちも全く違う境遇だった。

 ただ一つ、魔王という一人の登場人物が二人の人生に混入し、彼女たちの人生を狂わせ、交錯させた。


 一方は魔王を倒すため、もう一方は魔王を守るため。


 目的も意志も道筋も、何もかもが違う二人。


 そんな彼女たちが、何の因果か剣を交える。

 その切っ先の放つ剣閃に、彼女たちは何故か笑っていた。


 互いに互いが邪魔だった。

 人生の障壁であり、己が目的を阻止する敵であり、殺したっていい相手だったはずなのに。


 どうしてだろう、今はなぜだか晴れやかな気分なのだ。


「私は負けない!! 人類も世界も全て私が守る!! 私はずっとその為だけに戦って来た……!! 己が身を、己が人生を捧げて来た!! だから――!!」


「魔物を殺すって言うの!? 私は魔王ちゃんが好きだ!! だからあなたには絶対にあの子を殺させたりしない!!」


 血飛沫、鍔迫り合い、金属音

 それら全てに己を乗せて、ただただ好きなように剣をぶつけ、叫ぶ。


 相手の言うことがもっともだと思うこともあった。

 一理ある、正しい。

 そう心の中では頷いた。


 だけど、それに呼応して自分の考えや主張が叫んでいる。

 互いに相容れない部分が多くある。

 だけど、それが不快じゃなかった。


 相手はそれを信じてここまで来たのだ。

 たとえそれが間違っていると思っても、そこに掛けてきた信念や情熱は嘘じゃないから。


 どれだけの鍛錬が、どれだけの努力が、どれだけの気力が、その剣に宿っているのか。

 互いにそれを理解しているから。


 それを悟った時、シアンはふと自分の瞳から滴が溢れるに気付いた。


 目の前の剣を通して、その悪魔の越えてきた苦難が伝わってくる。

 何を信じ、どうしたいのか。


 ()()()()()()()()()()()


 その瞬間、シアンは無意識に呟いていた。


 ああ、そうか――


「これが他者を理解するということか」


 彼女は、魔王を守りたいのだ。

 シアンはその考えが全くもって理解出来なかった。


 だって、彼女は人類の敵で、彼女を殺して、魔族を滅ぼさなければ、人類は滅んでしまうから。


 だけど、それはこの悪魔だって同じなのだ。

 大切な人がいて、その人を守りたくて戦っている。


 ()()()()()()()


 人を守るのか、魔物を守るのか、そんな種族の違いだけの話。

 それなのに、なんでこんなに残酷なのだろう。


 だって――


()()()()()()()……」


 この世界は、どちらか一方が滅びなければ、なくなってしまうのだから。


 剣と剣が爆ぜる。

 ぼろぼろと溢れる涙。


 そうだ、理解出来なかったわけじゃない。

 理解しようとしてこなかっただけなのだ。


『お母さん、なんで人は殺しちゃ駄目なのに、魔族はころしてもいいの? みんな同じように生きてるのに』


 そうだ、自分にも疑問に思っていた時期があったはずなのだ。


『世界を救うためには人族か魔族か、そのどちらか一方だけが選ばれなきゃいけないの。これは神様がそう願われたことだから、正しいことなのよ。あなたは勇者になるんだから、そういった疑問を持っては駄目。隣のおばさんたち、とても優しいでしょう? この前は大通りの八百屋さんが、シアンが好きだからってトマトをオマケしてくれたのよ? だから、あなたがみんなを守ってあげなきゃ』


 それは間違ってない。


『みんなを守るためには、魔族を倒さなきゃいけないの?』


 そうだ。


『そうよ。魔族は今も人族を襲っているの。だから、あなたが守ってあげなさい』


 そのはずだったのに……


「どうして……なんで……私はお前たちを殺さなきゃいけないんだ……?」


 答えは何度も何度も聞いてきた。

 みんなを守るために、殺すのだ。


 互いの剣がぶつかり合い、火花を散らす。

 涙越しに見る相手の顔、涙でぼやけたその顔はあれだけ憎かったはずなのに、どうしても憎みきれない。


 血飛沫と激痛。

 絶叫と切断。


「だって、お前は私の恩人なのに……ッ!! こんなにずっと剣を教えてくれて!! それがお前を殺すためだなんてあんまりだ!! 残酷だ……! 酷過ぎる……!」


 それでも彼女は剣を振るう。

 こちらの絶叫にはお構いなしに。


 それは相手が魔物だから……?

 悪魔だから……?


 違う。

 全然違う。

 絶対違う。


 そんなふうに思うこと自体が間違いなんだ。

 人と魔の間に違いはない。


 この世界ではみんな、誰かを守りたいから、戦うんだ。


「クソ……クソ……!!」


 シアンは歯を食いしばりサキュバスに斬りかかる。

 剣と剣との合間に涙を拭い、必死になって剣戟をやり過ごす。


 そしてふと相手の顔が視界に映る。


 彼女は笑っていた。


 自分の教えた剣が、ちゃんとものになっている。

 それをしっかりと噛みしめるように。


 それを見て、シアンは剣を握る手に渾身の力を込めた。


 ()()()()

 ()()()()()()

 ()()()()()()()()()()


 彼女の瞳がそう語り掛けている。


「サキュバスッッッ――!!!!!」


 そして夢の世界は血に濡れた。


 最期の一撃は、呆気ないほど綺麗に入った。

 だけどその綺麗さが、驚くほどに、シアンの心にはすんなりと納得出来た。


 決着が着くときは、いつだって一瞬だ。

 その二人がどれだけの時間、運命の定めに翻弄されていたとしても。


 だからこそ、残酷で

 だからこそ、美しい


「おめでとう。私の一番嫌いな人」


 ――目が覚めると、シアンはメチルの膝に眠っていた。


 現実の時間では数時間も経っていなかったようで、でもシアンの中では、夢の中では数え切れないほどの莫大な時間が流れていた。


 シアンはメチルの顔を見ると、ぼろぼろと涙を零し、彼女に抱きつき嗚咽を上げる。

 メチルは一瞬彼女の涙に驚いたが、優しく彼女の頭を撫でた。


「おかえり、シアン。それに、ごめん……。。今までシアンに多くを背負わせ過ぎた。シアンは強かったから……」


 何も言わず泣きじゃくる勇者の背は、今まで感じていたよりも等身大に感じられた。

 彼女だって、一人の人間で、一人の少女だった。


 人類の何もかもを背負わせるには、あまりにも小さな背中なのだ。


 だけど、彼女の信念も努力も、全てそれを補って余りある代物だった。

 そして彼女はサキュバスとの戦いを乗り越えた。


 キュピス諸島での大敗を越えて、彼女は過去の因果を斬ってきた。


 だから、願わくばもう一度――


「シアン、もう一度、僕とパーティを組んで欲しい。もう君を一人にしたりしないから」


 シアンはぐしゃぐしゃになった顔を上げ、涙を拭き、頷いた。


 シアンはもう知っている。

 この世界は誰もが、誰かを守りたくて戦っている世界なのだと。


 だから、手を取り合って進むべきだと知っている。


「お前たちを置いていったのは私だ。だから、そのお願いをするのはこちらからじゃなきゃ駄目だろう」


「シアンは変なところに拘るよね。相変わらずだけどさ」


「うるさいな……。メチル……もう一度、私と一緒にパーティを組んでくれ!」


 差し出された手をまじまじと見つめ、メチルは顔を上げてにこりと笑った。


「もちろん!!」


 手と手を握り、もう一度、始まった。


 この世界の、勇者の物語が。

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『Mephisto-Walzer』

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