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二つの戦い その二

 誰もが幸福で、誰もが笑顔でいられる場所……。

 ()()()()()()()()()()()()


「はあ……はぁ……はぁ……」

 

 血と汗の混じったものが頬を伝う。

 全身の切り傷がヒリヒリと痛む。


 奥歯を食い縛り、それでも立ち続ける。


 風を司る痩躯の少女は、目の前の"魔族の王"を見据え、再度意識を集中する。


 魔王ネメスに何故この場所が分かったのか、確かなことは分からない。


 ただひとつ分かることは、この魔物が()()()()()だということだけだ。


「もう終わりにしよう」


 刹那、時空ごと、辺り一帯が歪んだかのような錯覚に襲われた。


 白黒の世界

 全てのものが支配された空間

 "死"そのものが全身を撫でるかのような感覚


 シルフィは体内魔力を放出し空間と自らの間を"風"によって断絶する。


 シルフィのその様子に魔王ネメスはゆらりと笑う。

 薄気味悪い異様に透き通った赤い瞳が、獲物を狙う猛禽類のように、ただ真っ直ぐと敵である彼女を追う。


(やっぱり私の思った通りだ。魔王ネメスは、生粋の"魔王"だ……)


 シルフィは引き攣った笑みを浮かべつつ、周囲から襲い来る無数の魔力をやり過ごす。

 同じ赤い瞳の敵を前に、シルフィは全力を以てその敵の全力を推し量る。


 目の前の少女は異常だ。


 誰もが彼女のことを虫も殺せないような幼気(いたいけ)な少女だと勘違いした。

 誰もが彼女のことを世界で一番の平和主義者だと勘違いした。

 誰もが彼女のことを親しみやすい隣人だと勘違いした。


 だけど、実際はどうだ?


 彼女のポリシーは徹底した秘密主義にある。

 自らの信頼する一番の味方にすら、己の正体も目的もその手段さえも明かさない。


 これを狂気と呼ばずして何と呼べば良い?

 あれだけの演技をしておいて、あれだけ誰も殺さないと言っておいて、目の前の今の彼女は何をしようとしている?


 完全に"自分"を()()()()()


 そう表現してもいいだろう。


 彼女は遥か上空に"制止の魔法陣"を描いている。

 これはウンディーネの水塊の内部に気泡という形で描かれている。


 つまり、だ。

 コイツは敵と出会ったその瞬間から、交戦に到ることを既に視野に入れていたのだ。

 武器を構え、その刃を敵の喉元に突き付けた状態でこちらに停戦を要求してきたのだ。


 これ以上狂った和解の方法があるだろうか。


 しかし、シルフィもネメスの本質には気付いていた。

 だから彼女に対する対抗策も用意しているつもりだった。


 ノームは既に制止の影響で一ミリたりとも動くことは敵わないが、頭上を見上げればこの術式には穴があることくらいすぐに分かる。


 ウンディ-ネだ。

 あの水塊は地下のウンディーネが操作している。

 こちらの太陽レンズが厚みや半径を変える度、それに呼応しネヴィリオの街を守っている。


 つまり、制止の影響は地下空間までは及んでいないはず。


『ノーム、君は動けないだろうから、黙って私の言うとおりにして欲しい。ネメスの制止術式の影響は大気の触れ得る範囲だけだ。後は言わずとも分かるだろう?』


 それを聞いたノームは地に触れる足を伝って、地下のウンディーネに追撃を掛けている。

 彼がこのテリトリーからウンディーネを消しさえすれば、太陽レンズが発動出来る。


「あとは私がどれだけ君と殺り合えるかだね、魔王ネメスちゃん……」


 緑色の柔らかい髪をかき上げ、シルフィは笑う。


 風魔――

 それは風を司る魔物。

 そしてこの世界において"風"というものは特別な存在だ。


 歴代の勇者は皆、"風"にまつわる力を持っていた。

 死した者の肉体は、魔力となって"風"へと還る。


 魔力を媒介として大気の流動を操る。

 それは逆に言えば大気中の魔力を操ることが出来るということに他ならない。


 シルフィは魔王ネメスに対するジョーカーだ。

 制止の魔法は大気中の魔力に影響し発動する。

 サキュバスの真我乖離(ヴァルキヤ)も同様だ。


 自らの周囲に"風"を纏えば、誰もシルフィには触れられない。


 だから、この"制止空間"の中でもシルフィだけは動くことが出来る。


「だから、だよ。私は全てを支配しようとする君のことが嫌いだ……。風は何者にも縛られない。ただ自由に吹き、ただ自由に消える。誰もその風がどこから来たのか分からない。誰もそれがどこへと吹くのか分からない。実体がなく、意味もなく、価値もない。だからこそ、美しい。私はそんな風のように、この世界の全てを吹き消したいんだ……」


 そう語るシルフィの顔を見て、ネメスは無表情のまま、ぽつりと呟いた。


「悲しい顔」


 シルフィは一瞬、その言葉が誰に向けられたものなのか分からなかった。

 そんな彼女の様子に気にする素振りもなく、魔王は続けた。


「生きていることが辛かったんだね。嫌なことばっかりだったんだね。だから、全部一緒に消し去りたいんだ。自分一人が普通に死んでそれで終わりじゃ、今までの何もかもが報われないから、この世界は最初から残酷で、最後まで救いがなくて、そういう仕組みの中であらゆる苦しみや悲しみが生まれていたんだって。そうやって納得したいんだ。全部運命で決まっていることだから仕方がないんだって。だからあなたは全てを道連れに自殺をしようとしてるんでしょ?」


「…………あ?」


 何を言われたのか分からなかった。

 シルフィは目の前の魔物の透き通った瞳に問う。


「お前……一体何を知っている……?」


 ネメスはそのままの調子で答えた。


「シルフィちゃんは風の力で真我乖離(ヴァルキヤ)を回避していたみたいだけど、でもね……今までシルフィちゃんを見てきた人の記憶までは吹き消せないんだよ……」


 それを聞き、シルフィは瞬時に悟った。

 そうだ、サキュバスの夢はこの世界の全ての人間と全ての魔族の記憶にアクセス出来る。

 だから今までシルフィに出会ったことがある者、シルフィを知る者を介して彼女を見る事が出来たのだ。


 それを悟り、シルフィはその濁りきった赤い目を大きく見開く。


「お前……」


「悪趣味なのは分かってるけどね、あなたが一筋縄ではいかないってことはよく分かってるの。だってそうでしょ? あなたの生い立ちは他の魔族とは全く異なるし、そもそもあなたは"風魔シルフィ"なんかじゃない」


「やめろ」


 その名を口に出すな――


 言いかけたその時、魔王は、彼女を()()()()で呼び掛けた。


 そうだよね、()()()()()

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『Mephisto-Walzer』

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[一言] シルフィちゃんが女神!?
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