第九話
なんとなく肩透かしを食らったものの、泣き叫ぶバンさんの背中をとんとん叩いて慰める。
落ち着かせていると、バンさんの肩越しに扉の隙間からじーっと見つめてくる茶色の瞳とかち合う。
こわっ。
「……何しているんですか、ヴィン様」
「僕のこと、…嫌になった?」
扉のそばから動かないヴィン様。
やめて、そんな捨てられた子犬のような目で見ないで。
「いえ、すみません。引き取っていただいた大恩も忘れこのような…」
「そんなことはいいの!家族だから気にしないでよ!!心配したんだからぁ…!」
泣き叫ぶ男二人。
ちょっと対処できそうにありません。
「ルーカスさぁん…」
救世主に期待するも、無言で首を振られた。
そうですよね、むしろ今まで相手してくださってありがとうございます。
ヴィン様はバンさんを押し除けると、私の手を握ってきた。
その手は緊張からか冷え切って、震えている。
「何が嫌だったの…?」
嫌…?
そうか、私は嫌だったのか。
ろくでもない女と結婚するなんてと男爵家当主としてなんて、あれだけ言っておきながら。
ただこの人に、女ができるのが嫌だったのだ。
この前から感じていた胸の痛みに理由がついて、すとんと腑に落ちた。
分不相応な願いだなぁ、我ながら。
「…ろくでもない女性と結婚しないでください」
でも結局、本当の理由は言えずに取り繕った理由を再度述べる。
ヴィン様はうんうんと頷く。だいぶ弱りきってしまったようだ。夕食後のデザート抜きより、どうやら堪えたらしい。
「うん、しない…ねぇ、じゃあ、アリア選んでよ、僕の結婚相手」
「嫌です」
「なんで!?」
そんなの、貴方が結婚するのが嫌だからに決まっているじゃないですか。
本音は言えずに、微笑む。淑女の微笑みだ、貴族として生きてきた男ならばこれ以上何も聞いてはいけないと察するだろう。
いつの間にか現れていたルーカスさんのお嫁さんは、まぁまぁと頬を染めて口を覆ったが。やはり女性はその辺鋭い。
「そもそも、なんでお前は急に結婚なんか…」
ルーカスさんが呆れて言うと、ヴィン様は唇を尖らせて下を向いた。やめて、かわいい。
「…アリアが、家族を羨ましそうに見てたから……」
え?見てました?
「見てたよ、この前街で」
街で、という言葉を聞いて、あのぶつかってきた女の子とその両親のことかと思い至る。
たしかに私はあの家族を眺めていた。でも、なんでそれがヴィン様の結婚に繋がるのだろうか。
「…だから、お母さん欲しいのかな、って」
思ってさ、と尻窄みに続いた。
なるほど。
「「「バカだ…」」」
バンさん以外の声が重なった。
流石にバンさんは、思っていたとしても主人には罵倒できなかったようだ。
「バカってなんだよぉ…」
「いやバカですよ。なんで私、幼女と同じレベル?」
「流石にアリアくらいになるともう、お母さん…って泣く歳でもないだろ」
「むしろどちらかといえば、お母さん側よねぇ」
さすがルーカスさんのお嫁さんは察しが良い。
「そうですそうです、私も結婚とかするのかなぁと思って見てましたの」
お嫁さんの言葉に頷くと、さっと顔を青ざめさせたヴィン様が、握っている手に力を込めた。
痛いです。
「だめだよ!結婚しないで!!」
完全に、子離れできない親の気持ちなのだろうと察しながらも、その言葉にはきゅんときてしまいました。ずるい。




