第八話
「それで、俺のところに来たわけだ」
ヴィン様の友人であるルーカスさんの家に押しかけてきた私は、突然の訪問を詫びた。
だってここしか頼れるところがなかったもの。ヴィン様関係しかこの街に知り合いがいないというのも悲しいところではあるが。
「それにしても、ヴィン様は結婚願望があったのね」
ルーカスさんのお嫁さんが笑いながらお茶を出してくれた。
すみません奥様。何度かホームパーティーでお会いしただけなのにこんなに優しくしていただいて。
ありがたくお茶を頂く。
屋敷から徒歩でここまで来たので、とても喉が渇いていた。
「俺も驚いてる」
「えっ」
昔ながらの友人であるルーカスさんまで首を傾げたことに私は驚いた。
私に遠慮して半年近く隠していただけで、本当はずっと結婚したかったのだろうかと思っていたのだ。
「別に結婚とかは考えてないかなぁ今はアリアがいるしって、この前会った時言ってたぞ」
そういえばたしかに、ヴィン様が急に女の人を連れてきたことに屋敷の使用人のみんなも首を傾げていた。まぁ主人が結婚するなら応援しますとは言っていたけれど。
それならなんで彼は、急に婚活を始めたのだろう。
「運命の人に出会ったのなら分かるけどな。俺たちみたいに」
「ばか!アリアちゃんの前でしょ」
御馳走様です。
相変わらず仲がよろしいようで何よりです。
お嫁さんの肩に腕を回したままお茶を飲み干したルーカスさんは、にかっと人好きのする顔で笑った。
「まぁ明日も休日だし、今日くらい泊まっていけよ。そうしたらあいつも頭が冷えるだろ」
「い、いえ!そこまでお世話になるわけには…!」
「気にすんな。あいつがろくでもない女と結婚するのは俺も反対だしな。頭を冷やさせてやろーぜ」
そう言って、頭をぽんぽんと撫でてくれた。
兄弟なんてあのクソ義弟しかいなかったけれど、もし兄がいたらこんな感じなのだろうかと思うと、少し荒んでいた心が安まった。
お言葉に甘えて泊まった翌朝。
ノックの音で目が覚めた。まだ外は薄暗い。こんな朝早くにどうしたのだろうか。
「アリア、迎えが来たぞ」
ルーカスさんの声だ。え、迎えってことはヴィン様にここにいることがバレたのか。
まぁバレるも何も、私が行けるところなんてルーカスさんのところくらいしかないが。
急いで最低限の身支度をする。化粧はほぼすっぴんだが致し方ない。
入室しても大丈夫ですよと言うと、ルーカスさんが扉を開けて入ってきた。
「悪いな、急がして」
「いえ、全然」
「どうしても早く帰ってきてほしいってうるっさいもんだから」
どうやら深夜に叩き起こされたようだが、私を起こすのは忍びないと、この時間まで真夜中の来訪者の相手をして止めてくれていたようだ。
ルーカスさんの目元に隈が見える。
すみません…お休みの日とはいえ本当にご迷惑をおかけして…。
「入ってこいよ」
でもヴィン様が私のことをそんなに、帰ってきてほしいと思ってくれているなんて嬉しい。
家出しておいて勝手な話だが、もし追いかけてきてもらえなかったらどうしようと不安になっていたから。
そんな人じゃないと、分かってはいるんだけどね。
なんとなくドキドキしながら、ルーカスさんに呼ばれた人が入ってくるのを待つ。
その人は勢いよく入ってくると、私に抱きついた。
そ、そんな人前で…!!
「お嬢さまあああああ!バンは、バンにはもう…っ、お嬢様がいないとヴィン様の執事なんて務まりませぬうううぅう!!後生ですから帰ってきてくださいぃ!!!!」
お前かい。