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第十話


家出事件から数日後の朝、王都にいるという友人からの手紙を読みながら、コーヒーを飲んでいたヴィン様が顔を顰めた。

コーヒーが苦かったのか、王都で何かあったかどちらだろう。

この前苦かったのかと聞くと、子供扱いしないでと怒られたので、後者を尋ねることにする。


「なにかありました?」

「…うん、王宮で事件が起こったらしい」


事件!?

驚きのあまり自分も飲んでいたコーヒーが気管に入って咽せる。

大丈夫?と心配する過保護な声を制して、呼吸を整えてから続きを促した。


「……王太子殿下の、奥さん…リリイ様及びロトファール公爵家嫡男が、姦通罪で処刑された」


それを聞いても、不思議と何も感じなかった。

リリイさんだけならまだしも、自分の義弟が処刑されたというのに。

私の両親ーー元、両親も、残った少ない財産を持ち夜逃げして、今は消息不明だそうだ。すぐに捕まるだろうに、最後まで、あの人たちは馬鹿だ。


「義弟くんの、葬儀を行う?」

「いえ、行いませんわ。私の家族はヴィン様だけですもの」


あんな奴ら家族なんかではない。

そう頷くと、ヴィン様はにこっと微笑んでくれた。

次の休み、船に乗って隣国まで気晴らしにいこうかと。


私は全然大丈夫なのに、そんな風に気遣いしてくれた彼が、やっぱり好きだなと思った。


 


リーンリーンリーンと、玄関のベルが来客を告げる。


「あ、今日はバンさんはお休みでしたね」


見に行ってきますと席を立つ。

朝から誰だろうか。今日の訪問予定者を思い出してみるも、アポを取っている人は午後からしかいなかったはず。

アポなしの来訪者は厄介者ばかりなため、身を引き締めて扉を開ける。


「どちら様で、……」


来訪者を見た途端、扉を閉めた。


「まて!なぜ閉めるんだ」


扉が閉まる寸前、足をいれて防いだ来訪者が声を荒げる。馬鹿のくせにこういう時の反射神経が良いところも腹が立つ。

そのまま無理やり閉めようとするも、革製の良いブーツは固く、閉まらない。


「頼む、話を聞いてくれ…!アリア!!」


切羽詰まった声に、話だけならと溜息をついて扉を開く。


「何の御用です、王太子殿下」


帽子を取り、現れた金の髪を揺らして、彼はほっと安堵したように息をついた。


王宮での揉め事で忙しいだろうに、こんな辺境の地に何をしにやってきたのだ。


「あの、その…お前に、」

「…簡潔にお願いします」


自信たっぷりなあの表情は見る影もない。

言いづらそうに口籠っている。きっと、今回の件で色々なところからバッシングされ心が弱っているのだろう。


その時、とん、と背中に何かが触れた。


「娘に、何か御用ですか?」


首だけで振り向くと、珍しく無表情のヴィン様がいた。


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