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肝試し

作者: 夏樹翼

先々週から投稿してきた文学フリマでだした短編集の内の最後の作品となります。本当は昨日あげる予定だったんですが・・・完全に忘れてましたごめんなさい<m(__)m>

そして前にあげた二作品を読んでくれた方々本当にありがとうございます!

ほぼ毎日数名の方々のアクセスがあるのを見て、頑張って試行錯誤しながら書いた日々を誇らしく思うことができてます。

それではどうぞ、今の時期にピッタリな肝試しをする五人の少年少女と共に恐怖をお楽しみください。

 肝試しの場所は母校の紀伊野小学校。僕らが通っていた時でさえ二クラス中一クラス五人という今にもつぶれそうな学校だったが、中学三年生になって我らが母校はとうとう廃校舎となった。今回集まったのは同じクラスだったその五人。紺野、八杉、野守、涼風、そして僕だ。今ではみんな同じ高校の二年生になっている。田舎なので高校が一つしかないのだ。ちなみの今回の肝試しを提案したのは八杉だ。昔から行事ごとが好きな奴であり、それに付き合うのは決まって僕らだった。別に無理やりというわけではない。僕らの年齢の子供はこういったことが好きなのは普通だろう。


「で? 肝試しってどんな感じで行くんだ? お化け役とか作るのか?」


 廃校舎の門の前で、立ちすくむ僕らの前の校舎は、周りの電灯が少ないためかぼんやりと気味悪くその姿を見せている。ただでさえ雰囲気のあるところだが、肝試しは最初に怪談を話し合ったり、お化け役と驚かされる組に分かれたりといろいろやり方がある。僕の問いに野守が悲痛な声で訴えてきた。


「ええ~そんなのいいよ~この中歩くってだけで怖いのにお化け役なんか出たら私気絶するよ~」


 クラスの中で一番の怖がりだった野守のキャラは健在のようだ。そんな野守を元気づけようとその背中を思いっきりぶったたいたのは紺野だった。


「だ~いじょうぶだって璃奈! お化けなんて出てもこの私がぶっとばしてやっからさ!」


 紺野は中学、高校と陸上競技部で体育会系女子だ。木登りも誰よりも上手でこちらがはらはらするほど高くまで登ることが出来る。一度そんなこと知らない偶然通りかかった人が木のてっぺんに登っている紺野を見つけて消防に連絡したことがあったが、消防が駆け付けた時には何もなかった顔した紺野が木の下で遊んでた、なんてことがあったという。


「おい紺野、野守はお前ほど鉄の体してねぇんだから、んなぶったたいたらどっか飛んでっちまうぞ」


 そう茶化すのは涼風。紺野ほどではないが運動神経はいい方で体育の成績はいつもトップだ。勉強はいい方でも悪い方でもなく中間というところかな。僕も同じくらいだが八杉はいつも赤点ギリギリなので試験近くなると、三人のうち誰かの家で八杉のために勉強会を開く。


「ちょっと涼風! いくら私でも平手じゃ人飛ばせないわよ! 投げ飛ばすならやっぱ背負い投げよね~」


 そういう問題ではない気がするのだが・・・。


「お~いお前ら、そろそろ肝試しについて話すぞ~」


 八杉の言葉に全員の視線が八杉に注がれた。


「ええとだな、今回は我らが母校で肝試しをするわけだが、みんな行ったことない教室とかあるか?」


 その問いに全員首を振った。校舎は二階建てだが校庭の大きさに比べて小さい。教室も少なく、一階は職員室と保健室と理科室で二階は教室が2つありトイレは一階と二階どちらにもあるが、それくらいだ。どこも一度はみんな行ったことがある。


「まあだよな。だけどな、俺、この学校卒業した先輩にいくつか怪異が起こる場所教えてもらったんだ。今回はその場所をみんなで回っていこうと思う」


 怪異という言葉に野守はひぇ、と声を出した。


「全員で行くのか? てっきり一人ずつかと思ったよ」


 僕の言葉に八杉はうなづいた。


「俺も最初はそうしようかと思ったんだけどさ、廃校舎になってから三年とはいえあれから整備なんてしてないわけじゃん? どっかで怪我しても嫌だし、それにさ……」


 八杉はそこで一度言葉を切ると、低い声でその先を言った。


「一人で行ったらマジやばい場所がひとつあるんだ」


 八杉の言葉に全員に緊張が走った。野守なんて半泣き状態だ。


「その場所を含め、最初にルートを話しとくな」


 今回の肝試しルートはこうだ。まず校門から一階の下駄箱を通って右奥の保健室に行く。そこで第一の怪異「誰も居ないはずの保健室のベッドからせき声が聞こえてくる」がある。保健室を出たら廊下を左に進み、先ほどの下駄箱を通過して職員室に行く。そこで第二の怪異「昔この校舎で自殺した男の顔が印刷機から印刷され続ける」がある。ちなみにこの時、二つの扉のどちらかは必ず開けておかなければいけない。続けて起こる第三の怪異に対しての対策だ。これがあるからこそ一人で行ってはいけないということだ。連続してホラー起こるとかホント勘弁だよ。


 そういうわけで第三の怪異「一番奥の窓側の席にコピー機の男が現れ襲い掛かてくる」を忘れてはいけない。それが現れたらすぐに職員室から出て扉を閉め、目の前の階段を上がってすぐの一組の教室に逃げ込み息をひそめる。男が職員室から出てくることはほとんどないが、万が一のためだ。八杉が聞いた先輩の話だと、なぜかこの教室だけ安全だという。五分以上たっても何もなければ静かに周りを見渡し安全を確認したのちに、その教室の窓から二階に飛び降りる。そして最後の怪異、第四の怪異がある校門横の並木に向かう。「学校側から見て校門の右横の五つ目の木の下に少女の霊が出る」というのがあるのだ。そして最後に校門から出たらようやく終了。長い上になかなかガチな怪談ばかりでじゃっかん背筋が寒くなった。


「ちょっと待って、襲い掛かられる可能性あるってマジかよ」

「なに、涼風怖いの?」


 涼風の焦った声に紺野が不敵な笑みでそう言うと、涼風は肩をびくっとさせた。


「いや、怖かねぇよ! でもほら、野守とか二階から飛び降りるなんてできっか?」


 涼風に話を振られ、すでに震えている野守は勢いよく首を振った。


「この建物の二階なんてたいして高くねぇって。無理だったらこんなかで力ある紺野と涼風が先に降りて野守を受け止めればいいだろ」

「でも、八杉。その話本当なのか? 俺らが通ってた頃は、んな話聞いたことないぞ?」


 僕の問いに八杉は、ああ、と答えた。


「俺もそうなんだけどな、先輩たちが行ったことあるらしいんだ」


 その時、先輩たちは僕らより一人少ない四人で、それぞれの場所一つ一つに役割分担して一人ずつ行ったらしい。そして全員その怪異に会い、半狂乱になって逃げだしてきたとのことだった。ちなみにその先輩はその話をどこで聞いたかというと、よく覚えていないらしい。


「じゃ、じゃあ、その話が先輩の作り話の可能性もあるってことだよね?」


 野守がもはやすがる思いでそう聞くと、八杉は笑ってそういうこと、と言った。まだ震えてはいるものの、これでだいぶ野守も安心できたようだ。


「じゃあ早く行こうよ!」


 紺野がじれったそうにそう言うと、ああ、と八杉が答えてカバンから懐中電灯を取り出した。


「全員懐中電灯持ってきたな。校内はもう電機は通ってないから非常灯もついてないし、慣れた校舎内とはいえさすがに暗闇の中は危険だからな」

「ごめん、うち懐中電灯見つかんなくてさ~スマホの明かりでも平気かな?」

「ああー! 紺野! お前スマホ買ってもらったのかよ! いいな~うちなんて高いしお前にはまだ早いって買ってもらえないんだぜ」

「というか涼風の場合ゲームばっかするから信用ないんじゃないの~」

「なにを~?」


 再び脱線しそうになったので八杉が間に入った。


「お前ら話横にそれ過ぎ。ああ、あとスマホの明かりは大丈夫だろ。最新だし。でもビビって落とすなよ」


 そして僕らはとうとう、校門から中へと入った。

 まだ校庭を歩いているだけなのに、どこかから何者かに見張られているような、そんな気味悪さが全身に悪寒となって走る。見慣れた校舎であるはずなのに、夜の薄暗い中だと恐怖しか感じない。くつ箱までが異様に遠く感じた。全員先ほどの騒がしさが嘘のように口を閉ざしている。みんな思っていることは同じなのだろう。


「よし、開けるぞ」


 先頭を歩いていた八杉が校舎一階のくつ箱の扉に手をかけた。全員がうなづくのを確認すると、ゆっくりとその扉を開いた。もともと古い校舎だけあって僕らが通っていた時でさえ不気味な音をたてた扉が、夜ということもあって昼間より不気味に音を立てて開かれていく。当然中はシンと静まり返っていた。全員無言で懐中電灯やスマホで明かりをつけるとしり込みしながら保健室に向かっていく。


 さすがに大口をたたいていた紺野と涼風も怖いらしく、その二人の間に引っ付いて歩く野守はもう今にも泣きだしそうだ。いつも走り回っていた廊下を亀の歩みで歩いていき、保健室の前に来ると保健室の扉が大きな口を開ける怪物のような気持ちがした。


 八杉は一瞬たじろいたが、意を決して扉に手をかけてガラガラと開けた。中はかなりすっきりしていた。だが机やいすはそのままの場所にあり、ベットもベット周りのカーテンもあった。すると、入った瞬間聞えてきた。


 ガーゴゴッグゴー

 それは咳の音というよりもいびきのようであったが、皆が固まるのには十分だった。


「な、なあ、これまさか本当に……」


 涼風は声を震わして僕の服の袖を引っ張ってくる。


「でも咳の音じゃないわよ?」


 意外に冷静な声でそういう紺野も、足は震えている。


「で、でたよ~もう帰ろうよ~」


 野守は真っ青な顔で紺野の腕にしがみついている。八杉は前に出ると、こちらを振り返って言った。


「よし、俺がベットのカーテンを引く。お前らはいつでも逃げれるようにドアを開けといてくれ」

「わかった」


 僕は小声で返事をすると万が一ドアが勝手に閉まらないように足で引っ掛けて開けておいた。

 八杉はごくりとつばを飲み込むといびきが続くベットに向かっていき、意を決してカーテンを開けた。その瞬間、いびきが止み、間の抜けた声が聞こえた。


「んあ?」

「へ?」


 思わず八杉も同じように間の抜けた声を上げた。カーテンを開けた中のベットで寝ていたのは、一人の男だった。男は起き上がると、固まる僕らを見渡し、あくびを一つして頭をかいた。


「あ~いや~眠くて思わず寝ちゃってたよ~……ところで君ら誰?」

「「「「「いや、それこっちのセリフ!」」」」」


 恐怖から突然緊張の抜けた展開になった僕らが同時につっこむと、男は笑いながらベットから降りて近づいてきた。


「はは、ごめんごめん。この校舎の中に僕の飼い猫が迷い込んでっちゃってね。探してるとなかなかちゃんとしたベットがあったんで眠くて寝ちゃったんだ」

「なんでこんなところで寝られるのよ……」


 紺野が呆れた顔でそう言ったが、まったく同感だ。


「あはは。ところでここってもう廃校舎だよね? 君らこそなんでこんな時間にこんなところにいるの?」

「あ、いや、それは……」


 八杉が肝試しの概要を伝えると、ふ~んと興味深げにあごを触った。


「じゃあさ、せっかくだし猫探しがてら僕も一緒にしてもいいかな? 肝試し」

「ええ⁉」


 僕が驚きの声をあげると謎の男はにっこりと笑った。


「いや~やってみたかったんだよね~みんなで怖い怖いってさ。僕は学生の頃にそういうのやりたがる人いなかったし。ね、いいだろ? それに廃校舎になってからそんな年数経ってないとはいえ、やっぱり大人がいたほうが安全だと思うんだよね。邪魔はしないからさ」


 男の提案に全員どうする、と顔見合わせた。


「どうするよ」

「なんか断ってもついてきそうじゃない?」


 僕の言葉に八杉は確かに、とうなづいた。


「わ、私はいいと思うよ。大人の人がいたほうが安心するし……!」

「でも璃奈、人だとしてもなんか怪しくない?」

「その時は俺とお前で適当に気絶させて逃げればいいんじゃねぇか、紺野」

「じゃ、まあ同伴オッケーってことでいいな?」


 八杉は全員うなづくのを見ると男に向きなおった。


「じゃ、まあついてきてもいいって結論になったんで、いいっすよ」

「本当かい、ありがたいよ~あ、僕は霧っていうんだ」

「え、それって本名ですか?」


 僕の問いに霧はおかしそうに笑った。


「ああ。よく言われるよ。さ、じゃあ行こう。次は職員室だよね」

「は、はあ……」


 妙にやる気のある霧は八杉の代わりに先頭に立つと職員室に向かって歩き出した。すると僕の後ろを歩いていた涼風が背中をつついてきた。なんだとふりかえると怪訝そうな顔をしていた。


「なあ、あの霧ってのなんか変じゃねぇ?」

「そりゃ僕もそう思わないでもないけどさっきお前、変な動きしたらぶっ飛ばすとか言ってたろ?」

「それはなんつーかあれだよ。あそこでの雰囲気っつーか? だってよ。まずあいつの着てるのからしてなんか変じゃん」


 言われてみて改めて男の服装を見ると、確かに違和感を感じた。Tシャツに短パンといった僕らの格好と違ってなんだか神社の人が来ているような服だ。僕もファッションにそこまで詳しくないしうるさくもないが、ズボンのような袴を穿き、上半身は前で重ね合わせた浴衣のようなものを着ているという格好はさすがに変だと思う。だが、今現在そんなことをのんきに考えている暇は僕の脳みそはなかった。


「まあ、ファッションの価値観は人それぞれだからなぁ」

「いや、宇津野、考えることを止めないでくれ」


 そんな会話をしている間に職員室の前まで来た。八杉の話ではここが一番危険なところなはずだ。なにしろ追いかけてくる幽霊が出るんだからな。


「じゃあ八杉君、開けてもいいかい?」

「はい」

 霧に慎重にうなづいた八杉はかなり緊張した顔つきだった。静かに開かれた職員室の中は、机と椅子、あといくつかの空の本棚が並んでいる殺風景な感じで、広い空間が逆に不気味に感じる。


「じゃあ、野守と紺野はドアをなにがなんでも開けて待っててくれ」

「オッケー」

「う、うん」


 八杉の指示に二人はうなづくと紺野は片足と背中でドアをおさえ、野守も両手ですでに精一杯の力を込めてドアをおさえている。


「も~璃奈ったら今からそんなに力入れたらすぐ疲れちゃうよ」

「で、でも和恵ちゃん、いつお化けが閉じ込めようとしてくるかわかんないよ⁉」

「大丈夫だって~さっきだって結局お化け出なかったじゃない」

「で、でも~」

「ほら深呼吸深呼きゅ……う⁉」

「⁉」


 ガタガタタタッ


 突然の音に全員の視線が今入ってきたドアに注がれた。


「おいどうした!」


 ドアの所ではのんきに会話をしていた紺野と野守が必死にドアをおさえている姿があった。ドアはまるで生きているかのようにおさえつける2人もろともつぶそうとしている。


「ドア、が、ものすごい力で!」

「閉まろうとしてるの!」


 2人の必至な形相から演技をしているかのようには見えない。と、その時、ピーという無機質な音が響き渡った。全員に緊張が走る。


ガゴッガッガッガッガッ


 印刷時の機械的な音が続いて響き渡る。八杉と僕と霧が大きな音を立て続ける印刷機に駆け寄った。印刷機からは大量の紙が続けて出続けている。その時僕はふと足元を見た。見てしまった。壁側の何も刺さっていないコンセントを。


「はっは……嘘だろ?」


 僕が引きつった顔で固まっていると、印刷機のほうを見ていた八杉が小さな悲鳴を上げた。


「ひぃ!」

「なんだ⁉」


 はじかれたように八杉を見ると、絶え間なく出続ける紙を指さしていた。


「こ、これ・・・」


 その紙が一枚、僕の足元にひらりと落ちてきた。そこにプリントされていたのは、やせこけた男の白黒写真だった。やせこけているのにその目はギラギラしていてまるで生きているようだ。今にも紙の中から飛び出してきそうなその顔に、僕はぞっとして大きく後ずさりした。


「あ~君たち、忘れないでね、次の怪異」


 この異様な空間の中、冷静な口調で一点を見つめる霧の視線の先を見ると、いた。

 印刷機の男が、より恐ろしく、おどろおどろしい様相で、一番奥の席に座って、こちらを見ていた。


「逃げろ!」


 霧の声を合図に男は、とても人間のものとは思えない地獄の底からのような雄たけびを上げた。そして椅子や机など邪魔な物を蹴り倒しながら襲い掛かってきた。


「早く外へ!」

「野守!」


 全員がドアに駆け寄ると野守が気絶し、紺野が一人でドアを押さえていた。今この場で気絶するなんて!


「この子は俺が運ぶ! 先に君たちは出てくれ!」


 迷っている暇はない。職員室の中が障害物だらけとはいえ男は狂ったように突進してくる。


「頼みます!」


 僕はそう言うとドアをおさえる紺野の足を飛び越えて階段の方に走った。続けて八杉が飛び出してきて霧も野守を抱えて続いた。


「涼風! 後ろ!」


 紺野の悲鳴にも似た声に振り返ると涼風のすぐ後ろに男が迫ってきていた。涼風は振り返る間もなくその首を掴まれてしまった。


「ぐあ……あ……」


 男はギラギラした目で涼風を睨みつけながらその手を緩めようとしない。その姿は、まるで地獄に引きずり込む死霊のよう。


「涼風! 今助ける!」


 紺野が真っ青でドアをおさえる足をどかして男に向かって飛び出した。


「だめだ紺野! ドアが閉まる!」


 僕の声もむなしく紺野と涼風の姿がドアの向こうに消えていく。


ビュッ


 その瞬間、なにか黒いものがドアが閉まるギリギリのところで入っていくのが見えた気がした。なんだ、と片足を出したところで後ろから腕を引っ張られた。


「なにをやっているんだい! 早く上の階に行くよ!」


 引っ張ったのは霧だった。霧は野守を担いでいるにもかかわらず強い力で僕を無理やり階段を上らせる。


「で、でも紺野と涼風が!」

「ミイラ取りがミイラになるだけだ! ひとまず君たちを上に避難させてから俺が助けに行く!」


 確かに僕たちが行ったところで助けられる保証はない。最悪共倒れの可能性はある。ここは唯一の大人の霧の判断に任せることにした。僕たちは階段を駆け上っていくとすぐ右に教室が見えたので勢いよくドアを開けて中に転がり込んだ。最後に入った僕はそのままドアを閉めるとそのままその場にへたり込んだ。


「うん……ここは……?」


 振り返ると野守が目を覚ましていた。


「野守! 大丈夫か?」

「宇津野君……私……あ!」


 野守は先ほどの男の幽霊のことを思い出したらしく、その顔をみるみる青くさせた。


「大丈夫だよ、野守さん。あの男はもうここにはいない」


 霧の言葉に野守はほっとした顔をした。だが、周りを見渡して、不安な顔をした。


「和恵ちゃんと涼風君は?」


 僕と八杉は顔を見合わせて、うなづきあうとさきほどのことを一部始終話した。


「そ、そんな……私が気絶したからだよ、ね……?」


 野守はまだふらつく体を無理やり起こして教室のドアへと駆け寄ろうとした。その腕を素早く霧が掴んだ。


「やめといたほうがいい。君が行ってもあの男にはかなわない」

「で、でも助けなきゃ!」

「ああ。だから俺がこれからい……! 静かに!」


 霧が突然顔を険しくさせて口に人差し指を当てた。何事かと思ったその瞬間、


トットット


 なにかが階段の方から上がってくる音が聞こえた。状況が状況なだけに背中に悪寒が走り、体が固まった。足音はだんだん近づいてくる。この教室は大丈夫だと言われていたが、この教室は階段のすぐ隣だ。安心しろという方が無理な話。


「君たち、念のため壁に背中をつけて姿が見えないようにしときなさい」


 霧が小声で僕たちにそう指示したので僕たちはうまく動かない体を無理やり動かしてうずくまり、廊下側の壁にぴたりとくっついた。教室の廊下側は上半分が窓になっているので外から丸見えだ。隠れるとしたらこうするのが一番効率的なのだ。昔かくれんぼの時もこうしたっけな。


トットットト


 足音が階段を登りきったことを教えてくれた。僕はつばを飲み込み心臓の音が外に漏れだすんじゃないかと心配になった。野守は叫びだしそうになっているんだろうか、口を両手で押さえて目をつぶっている。八杉も握りしめる拳が少し震えている。


ギシッギシギシ


 古い廊下を歩いている音が聞こえ、すぐに教室前で止まった。た、頼むから入ってこないでくれ……!


ガラッ


「‼」


 扉が、静かに開いていく。僕たちはまばたきもせずに開かれる扉を見つめた。人影が月明かりに照らされて差し込んでくる。そして、真っ黒ななにかの顔がこちらを、覗き込んだ。


「「ぎゃああああああ!」」


 僕と八杉は同時に叫んで教室の後ろ側までものすごい速さで後ずさりした。


「え、宇津野に八杉⁉」

「⁉」


 二人してガクブルしているときに聞えた、聞きなれた声にそうっと今開かれた扉の方を振り返った。そこにいたのは、なぜか黒猫を抱きかかえた紺野と涼風だった。


「こん、の……?」

「すす、涼風?」


 僕と八杉はキツネにつままれたような顔して二人の顔を見つめた。


「そうよ。まったく、驚き過ぎよ。ところで璃奈はだいじょう……」

「和恵ちゃん―――!」


 恐怖のあまり霧の隣で飛びぬくこともできずに固まっていた野守は和恵の姿に泣きながら抱き着いた。


「ごめんね、ごめんね~! 涼風君も怪我してない? 私が気絶しちゃったから足手まといに~~」

「ちょ、璃奈ったら、大丈夫よ、大丈夫!」


 野守をなだめる紺野に苦笑しながら涼風はこちらに歩いてきて両手ですっかり腰を抜かした僕らを立ち上がらせてくれた。


「いや~さすがに首掴まれたときはもう死ぬ~って思ったけどさ。なんとかなってよかったわ~」

「本当だよ。よく無事だったな」


 僕の言葉に涼風はあの後のことを話してくれた。

 ドアが閉まり、涼風は首を絞められたまま抵抗するも男の力はあまりに強く、とてもじゃないが敵う相手ではなかったらしい。それでも紺野は得意な空手の技をぶつけ、まったく効かないことが分かると、そのバカ力で机を持ち上げ、男の背中に思いっきり投げつけたらしい。さすがの男もぐらついて倒れ、涼風の首も解放されて一緒に床に倒れた。紺野は涼風に駆け寄って肩を貸して起こすとすぐにドアに駆け寄ったが、いくら力を込めても一ミリも開かない。だが男はすぐに起き上がると容赦なく二人に向かって飛びかかってきた。その瞬間だった。


にゃ~~お~~


 突然猫の鳴き声が響きわたったと思ったら、白い光が辺りを照らし、二人は目を開けていられないほどの光だったという。目を開けた時には光は消え、男の姿もどこにもなく、散乱していた男の顔が印刷された紙もどこにもなく、何もなかったかのような静けさが満ちていた。そして足元に先ほどの鳴き声の主なのかあの黒猫がいたのだという。そして扉は普通に開き、この教室まで急いで来た、という次第だった。


「あれかな、猫って人の見えない幽霊とか見るっていうけど幽霊を祓う力もあんのかな」


 八杉が真剣な顔で言うものだから涼風は苦笑して片手をいやいや、とふった。


「さすがに偶然だろ。でもその光は何だったのかね」


 涼風同様さすがにそこまではわからない。外を偶然通りかかった車のライトか? いや、さすがにここまで光は届かないしそこまでまぶしくない。


「さあなあ」


 本当にそう言うしかなかった。


「まあとりあえずだ、全員無事だったんだし最後の校門横の少女の幽霊の所行って帰ろうぜ」

「ちょっと八杉⁉ 本当に最後まで行く気なの?」


 焦った声の紺野の声に同意するかのように野守も隣で激しく首を縦に振っている。


「いいじゃ~ん。ここまで怖い目に会ったならいっそ最後まで怖がろうぜ~」

「はあ⁉ あんたはまだそこまでの恐怖味わってないからんなこと言えるのよ!」


 八杉と紺野が言い合っている時、紺野の腕から黒猫がひょいっと飛び降りて野守の足に擦り寄ってきた。


「わっかわいい。あれ?」

「どうした?」


 僕が聞くと野守は猫の顔をじっと覗き込みながら答えた。


「うん……私前に捨て猫を拾ってきてこっそり学校で飼ってたことあるの。結局1週間で死んじゃったんだけど、その時の猫に顔が似てる気がするの。その猫も黒猫だったし」

「マジか⁉ よく先生に隠し通せたな」

「でもさすがに違う猫だろ。その猫は死んじゃったんだろ? 兄弟猫とかじゃないか?」

「うん……校庭の校門横に埋めたから死んじゃったのは間違いないけど、でもまた再会できたみたいでうれしいな~」

「あ、あの~」


話していると、霧が申し訳なさそうに言った。


「その猫うちのかもしれないんだけどもらってもいいかい?」

「え、そうなんですか? は、はい」


 野守は素直に黒猫を差し出すと霧は喜んで猫に頬ずりした。


「お~リキ! まったくこいつはどこ行ってたんだよ~」


 大喜びの霧とは対照的に黒猫リキは前足に力をめいっぱい入れて霧の顔を押し戻そうとしている。


「なんかすごい嫌がってないか?」


 僕が苦笑いになりながらそう言うと、霧はすっかりでれでれになった顔で頬ずりを止めずに、


「ツンデレなんだよ~まあそこがかわいいんだけどね~」


 とのろけられたのでまあいいか、と思うことにした。リキはその柔らかい体でなんとかするんと霧の腕から抜け出すと野守の足元まで来て頭をぐりぐり押し付けた。


「なんか飼い主よりも野守に懐いてるね」


 八杉が笑ってそう言うと、霧はわかりやすく落ち込んだ。


「がーん」


 効果音を口で言う大人初めて見たぞ。両手両膝をついて漫画みたいな落ち込み方をする霧を無視してなおも野守に喉を鳴らしている。少し霧がかわいそうに思った。


「じゃあまあ、そろそろ行きますか」

「そうだな……ん?」


トットット・・・


 その音に、僕は背筋が凍り付くのを感じた。僕はばっと全員教室にいることを確認した。全員いる。では……あの階段から聞こえる足音は何なんだ⁉


「涼風! 紺野!」


 僕が慌てた様子で読んだので2人ともきょとんとした顔をしている。


「どうした宇津野」

「お前らあの男は消えたって言ってたよな?」

「そうよ。なんか光がピカーってなって」

「どうやらまだ消えてなかったようだよ」

「え?」


 その言葉に全員が言葉を失い静かになった瞬間、その音がさらに大きくなって聞えてきた。


トットット……


 瞬間、全員が真っ青な顔になった。霧以外。


「八杉君、この後どうやって外に行くつもりだったんだっけ?」


 霧の声に固まっていた八杉がはっとして窓に駆け寄りなるべく音をたてずにそっと開けた。


「こっから飛び降りて外に行きます。想像してた通り低いんで行けるはずです」

「よし、なら早く行こう。あの足音はさっきの男の可能性が高い。逃げるに越したことはないだろう」


 僕らはそろそろと窓の方に近づき、まず八杉が飛び降りた。それに続いて紺野、涼風、僕が飛び降り、見上げると野守が不安そうな顔をしてこちらを見ていた。


「野守! 早く来い!」


 涼風の声に窓の端に足をかけるも震えて飛び降りるなんてことできそうにない。霧が後ろで必死に大丈夫と言い聞かせているようだがなかなか難しそうだ。その時、野守たちのいる二階から嫌な音が聞こえた。まるでドアや窓をぶったたいているような不気味で気味の悪い音。


「ど、どうしよう……あいつが来た……!」


 野守は後ろを振り返ってぶるぶる震えている。降りた僕らの間でもその恐ろしさが伝わってきた。おそらく今、すでに階段を上りきってあの男の幽霊は教室の前にきて窓から野守と霧のことをあのギラギラした目で睨みつけているんだろう。想像しただけで身震いする。


「野守! 早く! 受けとめるから!」

「璃奈!」


 涼風と紺野が両手を広げて抱きとめる準備をするも野守はどうしたらいいのか頭が働かないのか首を振り続けている。


「八杉、あの教室は安全なはずだよな?」


 僕が聞くと八杉は苦虫をかんだような顔でまあ、と言葉を濁した。


「あの教室に先輩たちが逃げ込んだ時もあいつが上がってきたらしいんだ。でもさっき俺たちが隠れたように廊下側の壁に背中をつけて隠れてな。つまり教室の中に誰も居ないとあの幽霊男が判断したら教室内には入ってこないはずだ」


「で、でも今教室ん中に野守と霧の姿を見られちまったら……!」


 その時、どだーんと何か大きなものが倒れるような音が二階から聞こえた。想像した最悪の展開が起こってしまったようだ。


「君たち! 野守さんをそっちに落とすから受け止めてくれよ!」


 霧が叫ぶようにそう言った瞬間、野守が霧に背中を押されて飛び込んできた。


「きゃあああああ!」


 どさっ


「だいじょうぶか⁉」


 駆け寄ると涼風と紺野の腕の真ん中に野守がいた。2人の腕をくっしょんにしてうまく受け止められたようで無事だった。そのあとすぐに霧とリキがすぐ横に飛び降りてきたので僕と八杉は驚いて飛びのいてしまった。


「野守さん大丈夫かい?」

「ふぇ……はい……」


 何が起こったのかいまいちわかっていないような野守だったが怪我がないようで霧は安心したようにほっと息を吐いた。


「さあ、ここを離れよう。あいつが飛び降りてこないとも限らない」


 僕はその言葉に反射的に二階を見上げると、いろんなものを蹴り上げながらこちらに恨めしそうな顔を見せていた。


「い、行くぞ!」


 八杉の言葉に紺野は野守の背中を押しながら、全員その場から走り去った。必死に走って校庭の端っこに到達して後ろを追いかけてきていないことを確認すると、全員気が抜けてその場にへたり込んでしまった。まだ安心はできないがここまで怖い経験はお化け屋敷では味わえないだろう。なにしろ命にかかわるからな。


「ご、ごめんね、私が怖がりなせいで……」


 すっかり力が抜けてる僕らを気遣ったのか野守はそう言って申し訳なさそうに下を向いている。野守以外の僕らは顔を見合わせると苦笑した。


「大丈夫だって璃奈。あんたが怖がりなのはみんなよく知ってるから」

「そうそう。今更気にすることないって」

「全員無事だったしな」

「というか俺が誘ったのが悪いし」


 最後の八杉の言葉に野守は顔を上げてぶんぶんと首を横に振った。


「八杉君は悪くないよ! 私たち高校にあがったらなかなか一緒に遊ぶ機会なかったし、こ、怖かったけどみんなと毎日遊んでた小学生の頃に戻れた気分になれて、私はうれしいよ!」


 野守の言葉に僕らは顔を見合わせて声を上げて笑った。確かにそうだ。だからこそ、今日はみんな集まったんだ。


「んじゃ帰るとしますか」

「なによ八杉。最後まで行くんじゃなかったの?」

「え、紺野が行きたくないっつったんじゃん。あ、でも通ることになるかな」

「そうなのか?」


 僕の問いに八杉はうなづいた。


「いや、だってさ、さすがに幽霊男のいる校舎の近く通って校門まで行きたくないじゃん? そうなると遠回りだけど校庭の並木に沿って行くわけだからどの道通る」

「そ、そこは危険なの?」


 野守の問いに八杉はう~んと頭をかいた。


「実は先輩たちも見ただけらしいんだよ。しかもすぐに消えちまったらしくてもしかしたら見間違いかも、とか言ってたから大丈夫だろ」


 八杉の言葉に少なからず野守は安心したようだ。


「じゃあ早く行こうぜ。同じ場所にずっといてもあれだし」


 涼風に続いて僕らは立ち上がって歩き始めた。先ほどの大騒ぎがなかったかのように辺りは耳が痛いくらいの静寂で包まれている。まだ秋の虫は出てきてないし風もないので自分たちの足音がうるさいくらいだ。まるで息を殺してこちらを見ている何者かがいるかのようだ。


「ここだ」


 八杉の声にはっと我にかえり、校門横の四本目の木の下にたどり着いていたことに気が付いた。


「あれ? ここ……」


 野守が何かに気づいたのか木の裏に進んで入っていった。さきほどまで怖がっていたのが嘘のような積極的さに驚いていたが、すぐにうれしそうな顔の野守があらわれてこちらに手招きしてきた。僕らが木の裏を覗き込むと、そこには小さく盛り土して木の棒がさしてある何かのお墓のようなものがあった。


「このお墓ね、さっき言ってた猫のなの」

「リキに似た猫の?」


 野守はうなずくとしゃがみこんで両手を合わせた。


「ぜんぜん来れなくてごめんね。これからはたまに会いに来るから、安らかに眠ってね」


 野守のその声は母親が子供に話すように優しくて、胸が温かくなった。僕らも両手を合わせた。その黒猫はすでに大きくなっていて、狭い段ボールの中に入れられて河原に捨てられていたという。今度生まれ変わったら、野守のような人と出会えたらいいな。そんなことを考えて立ち上がり、裏から出ると霧がリキを抱いて笑って立っていた。


「その猫はずいぶんと野守ちゃんから愛情をもらってたんだね」

「はい!」


 霧の言葉に、野守は笑って答えた。

 木の裏から最後に野守が出てきてしばらく待ってみたが、女の幽霊は現れなかった。どうやら保健室同様、ここもはずれだったようだ。残念なようなほっとしたような。そして僕らは校門に向かって歩き出した。


「あっ」


 一番後ろを歩いていた霧が突然声を上げたので振り返るとリキが霧の腕を飛び降りてどこかに向かって走り出していた。


「なっリキ⁉」

「あ~また逃げられたか~」


 慌てる僕らよりも霧は意外にも冷静でやれやれと首を振っていた。


「早く追いかけなくちゃ!」


 走り出そうとする僕を、霧は片手で制して首を横に振った。


「大丈夫だよ。俺が探すから。君たちはもう帰った方がいい」

「でも危険ですよ!」

「平気平気。それにこれ以上遅くなると君たちの親御さんたちが怒ってしまうよ」


 親という単語で僕は鬼のように怒った母の顔が思い出された。遅くなるといって出たものの今何時だろうか。時計を持ってきていないのでわからない。ほかのみんなも同じことを思ったようで渋い顔をしている。


「ねっ」


 正直気はひけるがここは霧の言葉に甘えることにして帰宅することにした。霧は校門の外まで僕らを送ると、手を振って見送ってくれた。僕らも大きく手を振り返すと家までの帰路を歩きだした。


「そういえばさ、思ったんだけど」


 八杉の言葉に僕は顔を向けた。


「霧ってさ、なんで俺らの苗字知ってたんだ?」

「え?」

「だってさ、俺ら名のりあったわけじゃないのに職員室をドア開けるとき俺名前呼ばれたんだぜ」

「ん、ん~……確かに」

「それにこの辺に霧なんて苗字の奴いたか?」

「もしかした、ら?」


 確かに考えてみたら考えるほど不思議な人だった。


「もしかしたらさ、保健室のせき声のおばけってあいつだったりして」

「さすがに考えすぎだろ。最初からいなかったんだって」

「そうか~?」


 納得できない様子の八杉に苦笑をこぼしつつ、僕は後ろを振り返った。校門のところには、もう霧の姿はなかった。その時ふと、不思議に思った。僕らが入り、今出てきた時は空いていた校門が閉まっていたのだ。霧が閉めたのだろうか。でも閉めるにしてもかなり大きな音が聞こえてくるはずなのだが。


「・・・・・・」


 僕は前に向きなおると八杉の背中を押して早足で歩き始めた。なんだろう。はやくその場からいなくならなきゃいけない気がしたんだ。僕はもう、後ろを振り返りはしなかった。



 霧は宇津野らを見送ると、鼻歌を歌いだしそうな軽い足取りで猫の墓があった場所に向かった。後ろで門が閉まる音がかすかにしたが、気にする様子はない。先ほどの木の前に来ると立ち止まった。


「お~い。あの子ら帰ったぜ」


 誰かに話しかけると、木の裏からリキが現れた。だがその尾は二つに裂け、青白い光がその体を覆っており、その目は赤い。猫は霧の前に来ると座った。


「すまないな。無理を言って」


 リキがそう言うと霧は笑った。


「別にいいよ。保健室にいるのも飽きてたからな。気分転換になったさ。それにしてもすごいよな、あんた」


 霧は口の端を吊り上げて苦笑して続けた。


「あの野守って嬢ちゃんに恩返しするために化け猫なって甦ったなんてさ。よっぽどの念が無きゃ無理だぜ」


 霧の言葉にリキは校門のほうを見つめた。


「あの子は、虐待を受け続けた私の命の灯が消える寸前の短いひと時の間、温かい愛情を余すことなく与えてくれた優しい人間です。がりがりだった私にご飯を与え、わざわざ大きな段ボールと毛布を与えて私の体を癒してくれた。そして死ぬ時に心の底から私の死を悲しんでくれた。そんなあの子に対し、『よっぽどの念』が出ないと思いますか」


 リキの言葉に、霧はふっと笑みをこぼした。


「出ますね。で? これから君はどうするんだい?」

「化け猫として甦ったことであの幽霊男くらいであれば祓う力を身につけることが出来ました。あの子が生きているうちは守護獣として傍にいようと思います。あなたこそどうするのですか? せっかくあそこに縛り付けられていたところを解放したんです。成仏しては」


「う~ん。それもいいが少し旅してからにしようかな。せっかく自由になったんだし。生前は病気ばっかで外にまともに出るなんてことできなかったしね。でも祓う力と言っても完全に払えていなかったような?」

「あれはわざとです。夜はあまり只人が出歩いては危険です。これだけ怖い思いをしたら夜に子供達だけで外を出歩くことは少なくなるでしょう」

「おかんかよ……ま、いいや。じゃあここでお別れだな」

「ええ。気を付けて」

「あんたもな」


 瞬間、風が2人の間を通り抜けた。そこには、もう霧の姿もリキの姿もなかった。妖し気な風は遠くの山の中へと消えていった。辺りには耳が痛いほどの静寂が満ちていた。

ここまで読んでいただきありがとうございます。

お楽しみいただけたなら幸いです。

もし恐怖度合いが足りないという方がいらっしゃったら申し訳ありません。作者はこんな話でも、書いてる間後ろが気になって仕方ありませんでした。(;'∀')


余談になるんですが、書いてる時にですね、ふと後ろから視線を感じたんですよ。何か歩いてくる音も聞こえて、私のすぐ後ろで止まったんです。キーボードを打つ手を止めて息をのみ、振返ったらそこには・・・・・・! 私の可愛い愛犬が構ってモードで待機してました(笑)


そんな愛犬の構って攻撃を受けながらもこの作品を書き終え、他の二作品と共に冊子にして文学フリマ当日机に並べたんですが、それだけでなかなかグッとくるものがありました。表紙も拙い私の画力で描いたものなので、その時の達成感は今まで感じてきたもの以上でした。

多くのイベントが中止されている中、文学フリマのような自分の作品を出す機会がこれからもあるのかは分かりません。ですが機会が得られたならば、ぜひまた参加させていただきたいですね。

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