ちょっと妹を舐めてくる・オブ・ザ・デッド
気だるい昼前の授業中のことだった。
突然外から爆発音が響く。クラスのみんなが窓辺に寄り周囲を見回すが、これといって爆発した形跡がない。
「上だ!」
ひとりが叫び見上げると、おおきな煙と燃え盛る飛行機がどこかへ飛ぶ姿が確認できた。
あの方角なら海へ落ちるだろう。町に落ちなくてよかったと安堵した後、乗客たちは無事だろうかと他人の心配ができるほど心に余裕ができた。
でもあれだけの爆発だ。部品とかが飛び散っているかもしれない。先生は至急職員室へ行き今後の話し合いをする。僕らはその間みんなでこれからどうなるのかと話し合っていた。
そんなとき、授業を寝て過ごそうとしていた奴が急に苦しみだした。そしてうめき声とともにとんでもないことを呟きだす。
「の……脳みそを食わせろ……」
ただの冗談かと思った。あいつはお調子者だからとみんながわらった。
だけどこれは冗談ではなかった。
「う、うわああぁぁっ!」
隣の席のやつがいきなり襲われ、頭を食われ始めた。最初はこいつまだ続けるつもりかと苦笑していたが、血が飛び散り肉を食い破られたとき、教室が絶叫で埋まる。
扉を開き、みんな逃げ惑う。だけどそんなとき、ひとり、またひとりと呻きだした。
「肉が……肉が食いたい」
「喉が渇く……っ」
どうなってしまったのか。周りが恐怖に支配される。
「ゾン……ビ……?」
ひとりの女子が呟いた。そうだ、これはゾンビみたいじゃないか。やばい、これはやばい。
必死に逃げる。学校から出たが、町もゾンビ化したひとがうようよいる。
「助けてぇーっ」
一緒に逃げていた女子のひとりがゾンビに襲われた。だけどあの群れに入って助ける力がない。頭のなかで何度も謝り、駆け逃げるのが精いっぱいだ。
暫く走って気付いたら僕ひとりだけになっていた。みんなごめんと必死に祈りつつ、家族のことが心配になり家へ戻った。
扉を閉め、リビングにあるソファに倒れこみ一息ついたところで心臓が大きく弾んだ。そして急に呼吸が苦しくなる。
僕だけが助かったんだと思っていたらそうじゃない。あいつらは仲間を襲わない。つまり……。
くそっ、どうやら僕も感染していたようだ。
どうしよう、このまま家族が帰ってきたら襲ってしまうかもしれない。意識のあるうちに自分をどこかへ縛っておかないと。
「た、助かったあぁっ」
玄関で扉を閉め鍵をかける音が。それにあの声は妹の茅果だ。まずいまだ縛れてない。
「誰かいるー?」
「来ちゃ駄目だ!」
茅果の声に叫んで答える。
「お兄ちゃん!? いるの!?」
「こっち来ちゃ駄目だ! 僕も感染してる!」
「えっ……」
妹を自分の犠牲になんかできない。早く逃げてもらわないと。
だというのに茅果は僕のほうへ来てしまった。
「な、なにしてるんだ! 早く逃げろ!」
「でも、外もいっぱいいるし、どこにも逃げられないよ……」
ここまでなんとか逃げてきたんだろう。だけどうちも安全ではなかった。
なんとか理性を保とうとあがいていたところ、茅果は僕に近寄ってきた。
「どこにも逃げられないんだったら……私、誰かに食べられるくらいならお兄ちゃんに食べられたほうがいい」
「なにいってんだよ!」
「どうせ死んじゃうなら、お兄ちゃんが殺してよ! 他人なんて嫌だから!」
「そんなことはしない!」
なんて言ってみたものの、確かに誰かわからない奴に食われるくらいだったら、僕が……いや駄目だ。
駄目だなんて言っても、もう思考までが言うことをきいてくれない。ごめん、茅果。
「じょ……」
「じょ?」
「上皮細胞をよこせぇっ」
ゾンビには色々種類がいる。
脳を欲するバタリアン系ゾンビ。肉を食べるマンイーターゾンビ。内臓を好むはらわたゾンビ。血を求める吸血ゾンビ等。
そして僕はどうやら上皮細胞や分泌物を欲する、俗に言うペロゾンビとなってしまうようだ。
茅果の腕を掴み、しゃぶりつく。
「やっ、ちょ、お兄ちゃん!?」
「ごめん、ごめん茅果!」
夏前だけど暑いせいか、程よい塩加減が茅果を覆っている。汗のかきやすい手のひらや肘の内側へ念入りに舌を這わす。
「くすぐったいよ! やだよ!」
「体が言うことをきいてくれないんだ! やめたくてもやめられない!」
ゾンビとしての欲求を満たしていくところで、ふと気付いたことがある。
どうやら欲求を満たしている間は意識がはっきりとするらしい。
だからといって体が自由に動かせるわけじゃない。最悪だ。
いや最悪よりはマシだろう。この現象が他人も一緒だとしたら、脳食いゾンビやはらわたゾンビなんて発狂してしまう。僕はひとを殺すことなく舐め続けるだけなんだから。
茅果が必死に耐え、ひたすら右腕を舐め続けていたが、全てを舐め尽くしてしまった。
他に舐める部分を探している僕の目に気付いた茅果は、慌ててスカートを抑える。
僕の腕は茅果の足を掴むと、一気に持ち上げた。
「ぴゃぁ!」
足には分泌させる個所が多い。膝の裏や内もも。そしてその先には無制限に分泌物を発生させる場所が。
「駄目! 駄目だから! やめて!」
「言われても困る!」
スカートに突っ込んでいる僕の頭を手で必死に抑える茅果は、空いているもう一方の手で靴下を脱ぐと、素足で僕の頭を押さえ、思い切り伸ばした。
しかしその足首を僕の手は掴み、足の指の間を舐めはじめてしまった。
「ほんといやだから!」
「僕だっていやだよ! でも殺されるよりいいだろ!」
「殺されたほうがいいよ!」
妹の足の指をしゃぶる僕のほうこそ殺されたほうがマシだよ!
暴れる茅果は、リモコンに手が当たりテレビの電源をつけさった。そしてその音声が耳に入る。
『臨時ニュースです。笛地町で町民がゾンビ化する事件が発生しました』
ここのことがニュースになっている。このままだと自衛隊とかが出動して焼却してしまうのではないだろうか。
僕はもう駄目だろうけど、茅果はまだ人間だ。助けてやってもらえないものだろうか。
『研究所の発表によると、このゾンビ化をさせるウイルスは24時間ほどで死滅するらしいので、もし感染がわかった方は隔離できる場所で1日間耐えてください』
治るの!?
『ですがゾンビ化している間に意識を失ってしまうと治ることはないとのことなので、できる限り正気を保ってくださいとの報告が来ています』
ようするに僕はあと20時間以上意識を残したまま過ごさねばならないのか。
だけどゾンビとしての欲求を満たしていないと意識が乗っ取られてしまう。つまり僕は治るまで茅果のことを舐め続けないといけないわけだ。
「ち、茅果」
「う……い、いいよ。お兄ちゃんが治るんだったら、私」
こうして僕と茅果の長い一日が始まった。
ごめんなさい(いろんな意味で)。