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恋愛小説

道化の告白

作者: オリンポス

ハッピーハロウィーン!!\(^o^)/

 かくも女と言う生き物は恐ろしいものであると同時に、幼少の頃から私の側にイソギンチャクの様に粘着していて、私はほとほと困り果てたのである。


 普通の人間が、毒を持つか、毒を持たざるか、それすらも不明な物体に触れるのを嫌がるのと同じで、私は女と言う、毒にも薬にもどちらにでも変化し、時にはその身を完膚なきまでに蝕み、時には傷跡も残らぬ程、立派に完治し得るその劇薬ぶりには戦慄を覚えていた。


 彼女達の機嫌を損ねれば、昨日の万能薬は不治の病に変えられてしまうのだから、女と接する時の私は、腫れ物に触る思いで、常に道化を演じ、とにかく笑わせることだけに終始した。


 そんな私の努力を知る由もない彼女達は至って冷酷だった。

 給食の時間になり、前後左右の席をくっつけてご飯を食べる時、私は決まって漫才を迫られた。しかもそれは昨日披露したネタでは許してくれないばかりか、「今の何。つまらないんだけど」と詰問されることもしばしばあった。


 ここまで記述すると、まるで私が女を嫌っている様であるが、実はそうではなくて、「面白くないんだけど」と罵倒されるのは密かな愉悦でもあった。あの隙間なく批難する強烈な眼差しは、私にとっては身震いする程に心地が良いものであったのだ。


 だからそうしたサーヴィスを行って、時に笑いを誘い、時に怒りを買ったりして、ぎりぎりの綱渡りを楽しむのであるが、これだけは本当に身の凍る思いがすると言わざるを得ないことがある。それは、「好きな人」の有無を尋ねられる踏み絵の様な所業だった。


 この時の彼女達の瞳は真剣だ。

 他人の色恋沙汰の何が楽しいか不明だが、私には彼女らが、江戸幕府の役人に思えて仕方がないのだ。「あの子のことが好きなんでしょ」と図星を当てられても、顔色ひとつ変えずに、「そんなわけないだろ」と言わないと、日本の教えに背く異端者として、西洋思想の方が弾圧されてしまう様な気がした。


 この場合の西洋思想と言うのは、私が思いを馳せる人物に他ならない。


 だから好きな女の子を守るためには、「その子は好きじゃないよ」と宣言して、周りの女達に安心を与えなければならぬのだ。


「えー。じゃあ何でいつもA子と昼休みに話してるの?」

「それは、楽しいからだよ」

「昼休みはいつも、野球とかサッカーしてるじゃん」

「だから何だよ。たまにはいいだろ」

「本当は好きなんでしょ。A子のことが」


 私は最近、女子のグループからA子が孤立していることに気付いていた。女にはそうした陰湿さがある。私はA子を守りたい一心でこう言った。


「だから好きじゃねーよ」

 これだけで止めておけばよかったのに、私は信憑性を増すために余計な言葉を付け足した。

「いつも昼休みに話しかけてきて、本当は迷惑しているんだよ。勘違いするな!」

 つくづく私は道化だ。誰かを好きになることさえも出来ないなんて。


 私は教室内にA子がいないことを確かめてほっとした。

 何でだよ、何でそんなことを聞いてくるんだよ。――"友達として"好きとかじゃいけないのかよ。


 その女は口元に冷ややかな笑みを浮かべていた。

 後日、A子は学校を休んだ。

 それからも彼女は、私と言葉を交わすことがなくなった。


 意識的に避けられているんだ。

 そう思うと辛かった。


 学期が変わって席替えをすると、A子と席が隣になった。


 普段の彼女であれば、こういう時にはぴったりと机を寄せてきた。

 だから、消しゴムのカスを左手で払うと、それはいつも彼女の机に載った。

 その度に、「もう、消しカスは前に落としてよ。私のところに来てるんだけど!」そうメガネの奥から聡明な視線を投げてくるのが通例だったのに、今では二人の間に距離が開いてしまって、私が黙ってくっつけても、すぐに離されてしまうのだった。

 私が左手で消しカスを払う癖は治らなかったが、大きな溝 (フォッサマグナ)によって分断されているために、それは彼女の机に載ることなく廊下に地層を作るばかりだった。


 私とA子の間には、間違いなく見えない壁があった。

 皮肉なことにそれを作ったのは彼女で、その原因を作ったのは私だった。

 こんな時こそ、道化師の本領を発揮して、いつものようにくだらない話を展開できればいいのだが、真剣になればなる程、道化とは縁が遠くなり、重い沈黙が続くのだった。


 私はA子の笑顔が見たいだけなのに、それを思えば思う程に、私の表情は硬くなるばかりだった。


 私は昼休みを野球やサッカーに費やし、A子は他クラスの女子数人と廊下で談笑する様になった。その横顔を一瞥する度に、私の胸はとくんと跳ねた。彼女よりも容姿の美しい女子はたくさんいるのに、私には彼女だけが特別に思えた。


 A子の話題に耳をそばたてることが増えた。彼女はRPGのゲームや少年漫画のイケメンキャラについて熱く語っていた。女の子が少年漫画を読んでいることに最初は戸惑ったが、そういうところも好きなのだと今さら気が付いた。


「あのさ……」何気なくそのグループに入ろうとしたら、A子は「ごめん。用事を思い出したから」とその場を立ち去った。私は呆然とやるせない思いを味わった。「どうしたの?」と聞いてくる女子達の無垢な眼差しが、余計に私を苦しめた。




 10月も終盤に近付くと、冬の訪れを静かに感じさせた。

 吐く息は白くなり、テレビコマーシャルはスノータイヤや除雪機や暖房器具の宣伝を増やした。

 そんな時に事件は起きたのである。


 あくびを噛み殺して、教室の戸をさらりと開けると、私の名前とB子の名前が黒板に書かれていて、相合傘で囲われていた。「何だこれは。変なの」そう思って無視していると、A子が教室に入ってきた。

 ずっと下を向いて教科書を準備する彼女の横で、私の道化っぷりを楽しんでいる女子が、私の名前を出して、「あいつB子と付き合っているらしいよ」と根も葉もない噂を流した。


 おかしなことを言うものだ。

 私はなおも気に留めなかったが、A子はさらによそよそしくなるのだった。

「社会の教科書を忘れた」と言えば、「今はここの文章を読んでいるよ」と指で示しながら教えてくれたのに、今では「はい」と投げて寄越すのみである。苦手な国語の時間に、「この漢字がわからないんだけど」と耳打ちしても、「自分で調べれば」とそっけなかった。


 私がB子と話をしていると、周囲の連中がいやにはやし立てた。

 道化の私が恋人関係を否定しないのは当然のことだが、B子もなぜだか黙っていた。

 私と恋仲にあると疑われているのだから、一も二もなく否定してくれよと胸中で毒づいた。


 A子はそんな私を見て、「ふーん」と冷めた目をした。


「違う」

 私は心の奥底で叫んだ。

 でも、声帯を震わせて伝えることが出来ないのがもどかしい。


「違うんだよ」

 私はどこまでも道化なのだ。

 本当の自分を見せるのが怖かった。


「本当は。……本当の気持ちは」


 常に道化を演じてきた私は、本音の出し方を忘れていた。


 誰にも、私の気持ちは伝わらない。

 ただ時が過ぎるだけだ。


「私は……。私は……」

 押し殺したその声は、腹の中で焔の様に燃え続けた。




 私は下校中に溜め息を吐いた。

「こんなんじゃダメだ。今の自分を変えなきゃ」

 そんな折に、ニュースでハロウィンが翌日に迫っていることを知ったのである。

「この機会に、賭けるしかない」

 私はそう一縷の望みにすがりつくように呟いた。




「ハッピーハロウィーン!」

 フェイスペイントを施したクラスの女子に、

「トリックオアトリート」

 と唱えられて、消しカスを渡したら怒られた。

「お菓子をくれなきゃイタズラしちゃうぞ!」

 そう言って何事かをされたが、私にはどうでも良かった。


 現代のハロウィーンは仮装パーティの様になりつつある。

 みんなが素の自分ではなく、仮の自分を演じるのだ。


 だったら私も演じてみせよう。

 仮の自分ではなく、素の自分を。


 そう百円ショップで買った伊達メガネとコンビニで買ったマスクを装着する。

 こんな変装でどうにかなるわけもないが、それでも勇気を奮い立たせるには十分だった。


「なあA子。放課後に話があるんだけどいいか?」

 目線を合わせずにそう言う。

「うん、いいよ。ていうか、何、その恰好?」

 机の下で、お互いの膝頭が触れ合った。

「ああ、ハロウィーンだから仮装しようと思って」


「メガネもマスクも似合わない。不審者みたい」

「仕方ねーだろ、お金がないんだから」

「一日、メガネをかけて過ごすつもり?」

 え。私は一瞬、言葉に詰まったが、

「そうだよ。そうするよ」


「そう。だったら私はメガネを外すね」

 そう彼女はメガネケースに視力矯正道具をしまった。

「いいのかよ。メガネをしなくても」

「うん、今日はコンタクトだから」

「そっか……」

 私は胸の鼓動が早くなるのを感じた。もう言うしかない。


「なあ、俺と、付き合わないか?」

「え?」

「ええと、その、前からA子のことが、好きっていうか、その、いいなって思ってて」


 道化じゃない私はなんて惨めなんだろう。

 本当の自分はこんなにも面白味がないのだ。

 幻滅させてしまっただろうか。


「え、でも、B子ちゃんと付き合っているんじゃないの?」

「あれは違う。誰かが流したデマだ」

 私は思い切って言う。

「俺は、A子のことが……まあ、その、あれだ。なんていうか……こう。一緒にいたいっていうか、そういう気持ちなんだ」


「ふふっ。そうなんだ」

 彼女はふわりと笑った。

 A子の裸眼は細くて鋭くて、すごく可愛かった。

「じゃあ、放課後に聞かせてね。今、どういう気持ちなのか」


「ああ、任せろ!」

 道化を演じなくても笑ってくれる彼女は、やっぱり私にとって特別だった。


 女は毒にも薬にもなると言うのならば、今度は私が彼女の薬になろう。

 男という毒から、彼女を守る薬になってみせよう。

 だって私は、彼女のことが、す……す……。まあ、そういう気持ちなのだから。

道化というものを上手く表現できなかったかもしれないです。もっと研鑽を積まなきゃですね!

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[良い点] 男性から見た女性がハッキリわかりました笑。 最近のハロウィンを題材に仮装で演じようとする主人公、でも演じきれない素直な彼。なんだかとてもこの子がかわいく思えてしまう。 女性は話題性を重視し…
[一言] Twitterから参りました、紅白と申します。 ラストまでが心苦しい分ーー本当に苦しいと思うほど、描写も筆致も巧みに感じました。見習いたいですーー、最後の開放感と幸福感がとても温かく感じまし…
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