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シェルターの中に銃声が響く。

銃口の先には、ただの肉塊がいくつか転がっているだけだ。


動いているものは2つだけ。



「……やめろ…やめてくれ!」



でっぷりと太った男は腰を抜かしているのか、座り込みながら必死に後ろへと逃げる。

自分の命を脅かす"化物"から逃げるために。



「やめろ?面白い事を言うんだな。あんたは」



"化物"は、獲物をいたぶるように、その手にありながら、それでも尚不釣り合いだと思わせるほどの武骨な拳銃を男へと向けながら足音をたて、ゆっくりと男へと近づく。


目に憎悪を浮かべ、口元には笑みが浮かんでいる。ただ目の前の獲物を殺すことしか考えていないのだろう。



「このシェルターは君が使っていい!だから!命だけは…」



"化物"に追い詰められ、男は壁際へと追い詰められた。

ズボンの股は既に濡れており、涙と鼻水で顔面は酷い有り様になっている。


それでもなお、男は命乞いをする。

生き残れるのだと、淡い希望にすがりながら。


その命乞いが"化物"を刺激するだけだと理解せず…



「お前は、お前と同じように家族を護ろうとした奴を殺したよな?」



圧し殺した声と共に、2度銃声が響く。



「あああああぁぁぁ……!」



"化物"の撃った銃弾は男の両足を貫通していた。

肉と骨に銃弾が貫通したようだ。


血が流れ出す。

だが、大量に流れ出しているわけではない。

それもそうだろう。銃弾に貫かれながら、その熱で傷口は焼かれているのだから。



「簡単には殺さねぇよ。お前が親父を殺したのは先に殺った奴等が教えてくれた」



「痛い!痛い!もう…やめろ…!このシェルターの水も、食料も全てやる!だから助けてくれ!」



痛みと恐怖で声を震わせながらも、床に頭を擦り付けて、必死に男は命乞いをする。



「母さんにあんな事をしたくせによく命乞いができるな?」



"化物"は男の髪を掴み、顔を持ち上げた。

男は"化物"の濁った瞳を至近距離で覗いてしまった。


生かすつもりがないと思わせる、濁った瞳。

あらゆる負の感情が混在し男を見る。



「わ、私はやっていない…やっていないんだ…そうだ!わ、私は止めたんだ!だから頼む…助けてくれぇぇ…」



それでも男は命乞いをする。否、命乞いをするしかないのだ。


死にたくないのだから。


死にたくないから、国連所有のシェルターに逃げ込んだのだ。


死にたくないから、1人でもシェルターの人間を減らそうと思ったのだ。


誰もが死にたくないから、食料を条件にすれば自分の言うことを聞き欲を満たせると思ったのだ。


"こんな場所"で自分は死にたくないと、男は命乞いをする。



「もういい」



男は、助かった事を確信した。


銃声が響く。


銃弾が脳幹を貫いたその瞬間まで、生き残ったと確信していた。


最期まで死んだ事に気がつかずに男は死んだ。



「親父、母さん、ごめんな」



懺悔か、宣誓か。



何故こうなったのか、何故父は死ななければいけなかったのか、何故母はあんな目にあってしまったのか、何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故




答えは出ない。



いや、答えはあった。


欲にまみれたニンゲン。諸悪の根源。

歴史が証明する。ありとあらゆる場所、時代において、他者よりも強くありたい。他者よりも…と世界のありとあらゆる場所で戦争が行われた。


自分もそのニンゲンであると、そして、怨みを晴らすために、それと同じ行動をしてしまったことを自覚しながらも男は進む。



「母さん……」



男の母親の意識はない。

一糸纏わぬ姿で、その体は傷つけられ、顔には殴打された後が残る。

全身を辱しめられた事も、体に残る臭いでわかる。


男は母親を抱き上げ、艦へと運ぶ。


まだ小さかった男を優しく抱き締めてくれた腕は、手錠をかけられたのか手首には痛々しい痣が残り、満足に食事も与えられなかったのだと理解させられるほど痩せ干そっていた。


かろうじて、胸が動いていることから息があることがわかる。


男は一縷の望みを懸け、母親を医療カプセルへと寝かせた。




男はシェルターへ戻った。


かつて男の父親だったモノは床に放置され、死してなお、肉塊の玩具にされたのだろうと思われる痕が残っていた。


裂傷、打撲、火傷だけではない。各関節はあらぬ方向に折れ曲がっていた。


男の尊厳も踏みにじられたのだろう。

切り落とされ、踏み潰されたことがわかる。


男は目を瞑る。

父親の死を悼むように。

自分が犯した過ちを、刻み付けるように。

そして、祈るように。


父親を弔う為に、抱き上げ、艦へと戻る。



漸く、家族が揃った。



かつて、幸せに包まれた日々は遠い。


父親は死に、母親は人としての尊厳を踏みにじられた。

皆で暮らし、笑いながら母親の作った味の薄いスープと、硬いレーションを食べた家も既に無い。



何が原因なのか。


男にはわからない。



たった1つ、わかっていることがある。


"生きること"


何があっても父親の言葉を胸に、生き残る。


そして


全てのニンゲンを殺し尽くす


全ての元凶であるニンゲンを



これはある男の物語。


幸か不幸か。

生き残った男。



この先に、何が男を待ち受けているのか。


ニンゲンを殺し尽くしたその先にあるものは?


これはある男の物語。


家族をニンゲンに殺され、全てのニンゲンを殺し尽くすと誓った男の物語。


ここまで読んで下さり、ありがとうございます。

もしよろしければ、評価をしていただけたら嬉しく思います。

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