まだまだ子どもだった
懐かしの白黒の世界。
十年前を思い出す。
また私は目に包帯を巻いている。
無害な村娘を装い王都に入れと穴だらけの計画書に書いてあり、渡された小箱の中に魔力を封じる包帯が入っていた。
特に目から魔力が漏れ出すようで力のある人ならば目を見ただけで相手の力量がわかるらしく、目には必ず包帯を巻けと書いてあった。
私の目は燃えるような赤い目。
良く言えばワインレッド。悪く言えば梅干し色。しかもたまにキラッと光るんだよ、この目。前世の感覚だとちょっと怖い。
唯一の救いは前世と同じで髪が黒かったこと。
本邸の使用人や隣国の侵入者達は髪の色や目の色はカラフルだったけど、赤い目の人には出会っていない。
そんなわけで目に包帯を巻くのは全然抵抗はないのだけど、目が見えないのに御前試合を観戦するなんて矛盾してないかなぁ?
乗り合い馬車に乗っていくつか村や町を経由して王都に向かう。
これ本当に馬? と疑問に思うぐらい筋肉質な脚の太い馬が馬車を引いていた。一角獣みたいに頭から角が一本生えているよ。異世界だ。
あ、ばん馬だったかな。昔遠足で行った先でソリを引く馬を見て、そのムキムキ具合にびっくりしたことがある。その馬に似てる。
馬の目の優しさは異世界でも関係ないんだね。
「お嬢ちゃん目が見えないのか? 手ぇ回しな」
馬に感心していると御者の人が私の目の包帯に気づき抱いて馬車に乗せてくれた。あまりの早業に断る隙がなかった。
白黒だけどちゃんと見えているよ。練習して自分の意思で自由にオンオフ切り替えられるようになったから。夜とか便利。
「ありがとうございます」
お礼を言うとよくできましたと褒めるように頭をポンポンされた。なんで?
「目は痛まないのかい?」
「王都には名医がいるからね。きっと見えるようになるよ」
「一人でなんて偉い。偉い」
「よかったらこれ食べな」
先程から馬車に乗り込んで来る人達が声をかけてくれて、お菓子をくれたり頭を撫でたりしてくれる。御者さんだけじゃなくみんな優しい。
優しさにちょっと泣きそう。
でも、すごく子ども扱いされてるのはなんで?
「あの、私十六歳なので大人です」
果物を私に食べさせようとしてくれた隣のお姉さんに声をかける。あーんは恥ずかしい。
「何言ってんだい。周辺諸国との足並みを揃えるために成人は十五歳ってなっているけどね、魔力が安定すると言われている百歳が大人の基準だよ。この国の暗黙の了解知らないのかい?」
「…………え」
知りませんでした。
ええっ、じゃああの人が迎えに来ないのも私がまだ大人じゃないから? 忘れられたわけじゃなかった?
でも百歳まで待てないよ。長すぎる。
「当たり前過ぎて誰も教えなかったんだね。アタシらからしたらアンタはまだまだ子どもだよ」
「っ……むぐ」
果物が口に入ってきた。見た目はミニトマトなのに味は桃だ。甘くて美味しい。
「お姉さんだって私と年齢変わらないように見えるのに見分ける基準とかあるんですか?」
「やだ〜! 嬉しいこと言ってくれるね! 坊ちゃんに聞かせたいよ」
「むぐぐっ」
口にどんどんミニトマト(味は桃)が押し込まれる。そんなにいっぱい無理です。
「アタシこれでも八百歳超えてるんだよ。お姉さんなんて言われたの何百年ぶりかね」
「むっぐぐっ?!」
八百歳?! 全然見えない。どんな美魔女だよ。
そういえば、お父様は太っているから年齢はわからないけど、執事長のローガンも本邸の使用人達もみんな若かった。
でも隣国から来る人達はシワが深い明らかにおじさんって人もいたから今まで疑問にすら思わなかったな。
御者さん始め、馬車に乗っている人もみんな若い。
「ああ、ごめん。大人と子どもの見分け方だったね。そんなの見たらすぐわかるさ。精霊をそんなにいっぱいくっつけているんだからだね」
精霊がくっついていると子どもなの?
周りを見てみるとビー玉サイズの光の玉の精霊がふよふよ漂ってる。
魔力封じの包帯をしているからいつもより少ないけど、他の人より明らかに多くの精霊が私にくっついている。
「精霊がつくのは当たり前じゃないんですか?」
「精霊は子どもが大好きだから大人にはあまりつかないねぇ。その証拠に赤子が生まれた瞬間見えなくなるくらいくっつくよ。一説には魔力暴走を止めるために守っていると言われているがね」
なるほど。精霊のくっつき具合で大人か子どもか見分けることができるのね。
こくこく頷きながらお姉さんの話を聞いていたらまた頭を撫でられた。
「なんでなんでと疑問が尽きない時点でまだまだ子どもさね。素直で可愛い。アタシはトゥナ。アンタ名前は?」
「イラと申します。トゥナさん」
イラはもちろん偽名だ。
王都に入るための身分証明書に名前は「イラ」と記載されていた。
私の前世の名前に近いからもしかして名前知られているのかな……と不安に思ったぐらい。偶然だと思いたい。
「アタシは昔仕えてた坊ちゃんに呼ばれて王都に行くんだけどイラは?」
「えっ……と、御前試合を見に……」
「その目でっ?!」
ほーら。ツッコまれた。
「イラ。よかったら良い医者をしょ……?!」
突然馬車が揺れ左右に勢いよく振られる。
馬車の壁に叩きつけられそうになるのをトゥナさんが抱きしめて守ってくれた。
「ぐっっ!!」
「トゥナさん! 大丈夫ですか?!」
でも私の代わりにトゥナさんが壁にぶつかるから、さっきまで向日葵のような笑顔だったのに痛みに顔が歪んでいく。
どうしよう。どうしよう。
「プーちゃん! みんなを包んで!」
私の中からクラゲのプーちゃんが出てきて馬車に乗っている人達を飲み込んでいく。
元々捕獲用に作ったし、攻撃を吸収するために体はゼリーみたい弾力があるからみんなを守ってくれるはず。
ちなみにプーちゃんの名前の由来はプリン。
体は巨大だし、私の命令を無視して勝手に出てくるから、王都に連れて行けないと言ったときのプルプル震える様がお皿に移したプッチン◯リンにしか見えなかった。
可愛すぎて「くっ、連れて行くしかない」となるのはしょうがないと思うの。思わず名前も付けちゃった。
用がないときは私の中で大人しくしていることを条件に連れてきたけれど、こんなに早く必要になるなんて。
連れてきてよかった!
揺れが止まった。
馬車自体が停止したようだ。
安全だと判断したのかプーちゃんは飲み込んだ人達を出していく。
あ、御者さんと馬は大丈夫かな?
一人外に出ると馬車と馬が横倒しに倒れていた。前方に回れば御者さんはぐったりしてたけど怪我はないみたい。
ただ、馬が前脚に怪我を負っていた。出血がひどく、何かに溶かされたように見える。
こちらの世界はどうか知らないが、馬の骨折などの脚の怪我は命の危険があると聞いたことがある。
「エマ。お願い。治してくれる?」
「お任せください」
私の中からエマが出てきて馬の怪我を癒し始めた。
ふう。ひとまず安心かな。
馬車が激しく揺れたのは馬の怪我が原因だとして、何故怪我をしたのだろうか。
視線を感じて辺りを見渡せば、視界の端に群れを見つけた。
あれってものすごく大きいけど、カエルじゃないかな?
カエルの大合唱が響き渡りそうなほど数が多い。
まさかこのカエルが馬に怪我をさせた?
まさかね。違うよね?
ヴァンエー・イエウマ
乗り合い馬車を引いていた馬。
首と胴が長く脚が短い。全体的に筋肉質でとても逞しい。性格は優しく温厚。頭の一本角も攻撃用としてではなく空気の振動を敏感に感じとっていち早く危険を察知するためにあると言われている。
唯一魔獣の中で人と共存している珍しい種である。