うちの子最高
「おかえりなさいませ。お嬢様」
「ただいま。エマ」
地下通路を通って帰ってきた私に声をかけてきたのは、この屋敷の唯一の使用人のエマだ。
実はこの子は私の怪我を治療してくれた精霊さん。
包帯が取れた時、初めて目に入ってきたのは光る玉でびっくりした。バスケットボールサイズの大きさで「もしかして精霊さん?」と尋ねたら眩しいくらいに光り輝いた。
意思の疎通を図ろうにも光るかちょっと暗くなるかぐらいしかできなかったので、お礼も兼ねて身体を与えてみたの。
自分の身体をトレースしてあとは私好みに作り変えた。
水色に光っていたので髪は澄んだ海を思わせるマリンブルーに、目もパッチリ二重にまつ毛もバシバシ長くして空の色を閉じ込めたようなスカイブルーの瞳にした。
ちゃんとした人型としてスムーズに動けるようになるまで半年以上かかったけど、手間暇かけた分納得の出来だ。
はっきり言って絶世の美女よ。美女。
今は髪をひとつにまとめているけど、ほどいた時の髪がふわっと広がる様は製作者の欲目を抜きにしても本当に美しい。
私の成長に合わせて少しずつエマの身体も成長という名のメンテナンスをしてきたから気分は子どもを見守る親。
うちの子最高! と誰かに自慢したくてもエマの姿を見た人はすぐいなくなっちゃうからね。
もったいないね。
エマから愛しのあの人の情報を聞きたかったけど、魔力が上質っていうことだけしか知らなかった。
エマには私の名前を教えて、名前で呼んでほしいとお願いしたが「名前を呼ぶのはあの方の権利ですので」と遠慮されてしまった。それ以来ずっとお嬢様呼びだ。
お礼も伝えたし、自由にしていいよって言ったら身体を得たからには色々やってみたいと嬉々として使用人の真似事をしている。
メイド服似合っているから問題なし!
「お客様はどうしてる?」
「応接室にてお待ち頂いております」
応接室のドアを開けると、迷彩服みたいな服を着た男達が気絶して拘束されていた。男達を拘束しているのは透明な触手。触手の主は大きなクラゲだ。
あ、いかがわしいやつじゃないよ!
このクラゲはエマを作った時みたいに私が作ったものだから!!
相手の攻撃を吸収してできるだけ傷つけずに捕まえるには……って考えた時クラゲしか出てこなかった。タコとイカよりはクラゲのほうが可愛いじゃんね。
だって今でこそ週一回のペースだけど、ひどい時は毎日隣国から人がやってきたんだよ。
一人じゃ手が足りない。
エマに危ないことはさせたくないし、返り血なんてついたら発狂する。私が。
「今回は六人か。少数精鋭ってことかな」
「攻め込むというより情報収集のために潜入しようとしていたようです。彼等の記憶の抜き出し、書き換えは終わっております」
「さっすが、エマ! 仕事が早いね」
エマの頭を撫でれば嬉しそうに目を細める。基本無表情だけど背景に花が飛んでる幻覚が見えそうなほど喜んでいるのがわかる。
うちの子最高! と誰かに自慢したいなー。
今までは隣国からの侵入者はボコボコにして返していたんだけど、人数が減らないから記憶を改ざんして返すことにした。
お父様からは壊せって命令だった。だけど身体の一部(記憶含む)を壊すでもオッケーみたいなんだよね。前世日本人としては殺したくなかったからよかった、よかった。
私にペナルティもないから案外呪いってガバガバなんじゃないかな。
「あ、そうだ。エマ、エマ! 一緒に王都に行かない?」
捕らえた男達を隣国に送り返すため、クラゲが窓から出るのをエマが手伝っていた。
私の魔力を吸ってやたら大きくなっちゃったから窓から出るのも一苦労。
いつもは大きい扉が付いている玄関ホールですべて終わらせるんだけど、今日はお父様に呼び出されたからね。
増援とか来たら面倒だからとりあえず応接室に隔離してもらった。
クラゲを窓に押し込みながらエマが振り返る。
「王都ですか?」
「そう。王妃様を殺せって命令されたんだけど、王都にはあの人もいるでしょ? 命令を口実に探しに行こうと思って。あとね、エマと一緒に観光したい」
命令云々には無反応だったのに最後の観光したいで目を輝かせてすぐ頷いてくれた。
うちの子可愛いなー。
「しかしここの守りはどうなさるおつもりですか?」
「本邸から何人か来るって、この書類に書かれてたから大丈夫じゃないかな? 一応精霊さんに頼んで侵入者は迷いに迷ってから元の場所に戻すようにお願いしておくけど」
渡された書類をそのままエマに渡す。
珍しく眉間に皺を寄せてる。
「この計画書穴だらけですね」
そうなの。王都に入る時の身分証明書はあるし、御前試合の観戦券も地図もあるんだけど、王妃殺害後の逃走経路とか一切書いてないからね。
そのまま死ねと言っているのと同義よ。
まあ、魔王陛下の目の前で問題を起こして無事でいられるはずはない。
噂では歴代最強らしい。
本当に王妃様を殺す気なんてないよ。
異世界人らしいし、私と同じ日本人だったらいいなぐらいの興味しかない。日本人ならお話してみたいな。たぶん無理だけど。
ただ、このお粗末な計画書はお父様の直筆でサインも書かれているから立派な証拠となる。
「エマには悪いけど、この魔石と一緒にその書類も預かっていてほしいの」
「いつも通り保管しておきます」
お父様との会話を録音した魔石と侵入者から抜き出した記憶の記録。そしてこの書類。
あの人に会えたら渡そうと今まで準備してきた。
これエマ発案。うちの子すごいでしょー。
隠し場所に迷っていたらエマが「お預かりします」と言って身体の中に吸い込むように仕舞った時は驚いたな。
屋敷の中はいつ執事長のローガンが来るかわからないからね。
エマ自身にも、ハゲが来たら会わないように隠れてもらっている。
さあ、待っていなさいよ。
王都で必ず見つけて腹パンしてやるんだから!!
あの人は私の事を「見た目五、六歳のガキ」だと言っていた。
だったら私が十五歳になり成人したことも知っているはず。
なのに迎えがない!
一応一年間は誤差の範囲だと思って我慢して待っていた。
だけど迎えが来ない!
「大人になる前に必ず迎えに来る」って言っていたのに。
私、忘れられた? 十年間連絡も手紙も何もなかったし、もしかして王都での任務中に何かあったのかな。
漠然とした不安が広がる。
「まさか……死んでないよね」
「ご安心ください。生きておられますよ」
「ええっ?!」
ポツリと漏らした独り言をエマに聞かれてしまったがそれよりも生きてる?!
「なんでわかるの?」
「精霊の秘密です」
「えー教えて!」
「それよりも旅の準備は済んでおります。早く王都に参りましょう」
私がちょっと考え込んでいる間に旅の準備を終えていたエマ。早技ね。
片手に旅用のローブと着替えが入っていると思われる鞄を持っていた。
それを私にグイグイ押し付けてくる。
そんなに王都楽しみなの?
魔王のことを陛下呼びしているので、王妃は妃殿下と呼ぶのが正しいらしいですが、ヒロインは偉い人はとりあえず様つけとけばいいやと適当なので王妃様呼びです。
あの人が「魔王陛下」と呼んでいなければ魔王も魔王様と呼んでいたと思います。
土日は読みに専念したいので次の更新は月曜になります。