よし、殴ろう
ちょっと待って。
この人が私の目を潰したと聞こえたんだけど? 一体どういうこと? わざわざ傷つけた相手の治療をするの?
この人が何を考えているのかわからない。
とりあえずムカついたから一発殴らせろ。
「俺がこの屋敷に着いた時、頭ぱっくり割れてるお前が暴れていたんだよ。目も血走ってて動くものを見境なく攻撃していたから仕方なく目を潰して大人しくさせたんだ。あのまま放っておいたら確実に死んでたな」
「大変申し訳ありませんでした。ありがとうございます」
ベッドの上で土下座で謝罪をする。
殴らせろとか思ってすみません。
しかし暴れていた記憶がない。学生時代、家が貧乏なのをからかわれて物理で黙らせていたからケンカっ早い自覚はあるが、記憶をなくすほど暴れるなんて一度もやったことがないのに。
「俺も二、三発殴られたんだが……まあ、お前操られていたからしょうがないよな」
「重ね重ね申し訳ございません。って、操られてたぁ?!」
「ああ、術者の言いなりになる呪い……を…………」
よし、そいつ殴ろう。どこの誰だか知らないが子どもを操るなんて最低な奴だ。
拳を固く握りしめて意気込んでいたら、頭上から押し殺したような笑い声が降ってきた。
「くっ……ははっ。お前面白いのな。普通は怖がるもんだろ? 反撃しますって態度に出てるっ……くく。術者殴っても魂に直接呪い刻まれてるから意味ねぇぞ。むしろより強力な呪いかけられる可能性があるから操り人形のフリしたほうが賢明だ……っふ、くくく」
重要な事を説明してくれているのはわかるが、笑いを堪えながらなのでイマイチ重く聞こえない。
しかも、笑う時声がくぐもるので口に手を当てて隠そうとしているのかもしれない。
「フリとか無理です」
私の性格上、絶対に態度に出る。
「んーなら、俺の為にやってくれ。さっきお礼したいって言ってたよな? それがお礼で」
「それは……お礼になるんですか?」
「ここは国境沿いの土地で最近隣国の不法侵入が多くてな。俺は王都での任務が控えているから長居できないし、お前が俺の代わりに操り人形のフリをしつつココを守ってくれたら助かる」
意外と難易度が高いぞ。
お礼として守るぐらい喜んでやるが、素人のケンカレベルの殴る、蹴るしかできない自分に出来るだろうか。相手が武器とか持っていたら? 一対多数のケンカもやったことあるけど、確実に病院コースだったしなぁ。
「俺に一撃以上入れたんだから守る事に関しては問題ないと思うぞ」
うんうん唸ってたら優しい声色でフォローしてくれた。なんだかこの人に言われたら出来そうな気がしてくる。不思議。
「では、精一杯やらせていただきます!」
右手を高々と挙手して宣言する。
「頼んだ。何もずっとやらせようって訳じゃない。俺は王都でお前の呪いを解く方法を探すから、見つからなくてもお前が大人になる前に必ず迎えに来る。それまで耐えてくれ」
頭を撫でながらそんな事を言われてしまった。怪我の治療をしてくれただけでなく、私にかけられている呪いも解いてくれるらしい。この人良い人だな。本当に諜報員なの?
肉体は子どもだとしても三十オーバーの大人の心がさっきからグラグラ揺れている。
あと一撃くらったら惚れてしまう。
「そういえばお前名前は?」
途端に私の身体が強張る。
前世の記憶は昨日の事のように思い出せるが、この子どもの身体の記憶はさっきから思い出せない。
そう告げると「頭割れてたから混乱しているだけだろ? 気にするな」と慰めるように肩に手を置かれた。手がとてもあたたかい。
だからやめて。惚れる。
「前世の名前でいいぞ。俺達の再会の合図ってことで」
「ーーーーです」
「いい名だ」
彼が私の左手をとると、大袈裟なくらい大きなリップ音と共に手の甲に柔らかい感触がした。
これってまさか、き、きききききき…………キスされた? あ、ダメだ。
顔もわからない人なのに心臓を鷲掴みにされてしまった。鼓動の音がうるさい。顔に熱が集まるのがわかる。きっと真っ赤になっているはず。包帯で顔の半分が隠れていてよかった。たぶんバレてないよね?
ええ、惚れっぽいと罵ってくれていいよ! でも怪我の治療をしてくれて、前世とか魔王とか操られたとか訳のわからない所で優しくされて、惚れるなというのが無理じゃないだろうか。
この人三百歳とか言ってたけど、年の差とか大丈夫かな?
考え込んでいると、下の方からドアを勢いよく開け放ち数人の足音がドカドカと入ってくる音が聞こえてきた。
どうやらここは二階の部屋だったようだ。
「チッ、時間切れか。ここまでだ。ちゃんと操られたフリしろよ?」
この人が離れていく気配がする。
誰だよ、せっかくのいい雰囲気をぶち壊しやがって。よし、殴ろう。
私はこの人の顔も名前もわからないし、今の自分は包帯人間。すぐ再会できたらわかるかもしれないが、何年も経ってからではお互いわからないかもしれない。
「あの、再会の合図に私からも……っ」
ガッシャーーーーン!
一際大きく何かが割れた音が響いてきた。
「腹パンしていいですか?」
「それが何かわからないが、いいぜ。楽しみにしてる。じゃあな」
気配が消えた。
やっちゃったよ!!
名前を尋ねるつもりが邪魔されてムカついたからつい心の中の声が漏れてしまった。
再会の合図にしてしまったし、会った途端腹パンする女なんて絶対嫌われる!
あーもう!!
とりあえず下で騒いでいる連中を殴ってストレス発散しようっと。
ヒロインの名前はまだ明かせません。