グルメな四方田さん
同じサークルの四方田さんは異常に酒に強かった。もちろん、酔わせてどうにかなんてことは、微塵も考えていないが、何も期待していなかったのかと聞かれると、正直痛い。
「何してんの。早く上がって」
結果、素面の四方田さんに連れられて、部屋に来てしまった。靴を脱ごうとするが焦点が合わず、靴紐を捕まえられない。酒漬けの体は不自由なのに、意識ばかりがギラギラと鮮明だ。
「しょうがないなあ」
四方田さんがポニーテールを揺らしながら僕の靴紐を引っ張って、靴を脱がしてくれる。
「そこ、洗面所だから、顔洗うなり水飲むなりして。タオルは使っていいけど、コップはダメ」
四方田さんは、控えめに言ってもアイドル並みの美人だ。顔を洗い、水をたらふく飲んで顔を上げると、十人並みの顔が、鏡の中でにたついている。あまりの情けなさに、酔いが一気に引いた。知らぬ間に手が掴んでいたコップを元に戻し、タオルを掴んで顔を拭く。花の香りか四方田さんの匂いか、甘い芳香が鼻から全身に染み渡る。
「ソファにでも座ってて」
タオルの香りを味わいつつリビングに入ると、十畳程の部屋に家具らしい家具はなく、二人掛けのソファが隅っこにあるだけ。殺風景を通り越して、殺伐とした感じだ。このスペースを前に、ソファに座って何をするのだろう。
四方田さんは隣の部屋らしい。きっと寝室だ。着替え中に違いない。目の前の光景と頭の中の妄想に引き裂かれて落ち着かない僕は、気づけば冷蔵庫を開けていた。冷たいものが欲しかった。
中には、俊介や亮二というラベルの付いたタッパーが並んでいた。部屋に来た時の食べ残しか。そこに並ぶ男の名前に、僕の妄想は一気にしぼんだ。試しに陽太郎を開けると、生肉らしい色が見えて、彼が来てからそれほど日数が経っていないことが分かる。
何人の男がこの部屋に呼ばれたのかと奥を漁ると、そこには僕の名前があった。
空っぽのタッパーだ。
「行儀が悪いね。人の家の冷蔵庫を勝手に開けるなんて」
ガスマスクを付けた四方田さんが、僕の頭の上に立っている。僕の体は床に投げ出されていた。
おかしい。体が言うことをきかない。
部屋を満たす甘い香り――タオルの匂いと同じ。
床に青いシートが広げられていく。そうか、今夜はそこで寝るのか。四方田さんの指はとても長い。僕の体をいとおしそうに撫でてくれている。
ああ、なんて幸せ――