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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

ファンタジア(読み切り版)

作者: 伊勢祐里

 黒い影が迫る。


 視界を覆うほどの闇が渦を巻きながら、こちらに向かい伸びてきた。言うことを聞かなくなった足を引きずりながら、タケルは懸命に影の魔の手から逃れようと小さな体躯を持ち上げる。


「はぁはぁ、」


 切れそうな息を漏らしながら、かいた汗を拭った。背中に迫る恐怖を感じる。引っ張られるような痛みが右腕に走った。吸い付くような感覚が皮膚に絡みつく。


 視線を向ければ、細く華奢な腕を蝕むように、黒い影が侵食をし始めていた。それを必死に振り払うようにタケルは思わず手を振り回す。まるで生き物のように蠢きながら、影はそそくさとやつのもとへと帰っていった。



 ぼんやりとした月明かりが、分厚い雲の影に隠れて辺りの暗さを一層助長した。均等に並んだ不気味な模様の柱が、天井のない空へとそびえている。床に書かれた奇怪な模様が、また強い光を放った。――来るぞ。心の中で唱えた危機感が、ボロボロになった自分の体を無理やり動かした。



 右足から垂れた血が、水晶のように美しい床を汚している。思わず取られそうになる足を引きずりながら、タケルは身の丈ほどの剣を振りかざした。欠けた刃が甲高い音をたて、剣は炎を纏う。剣を握った手に熱が伝わる。焦げそうになる痛みを堪えながら、タケルは宙に浮かぶやつに向かい剣を振り下ろした。


「効かぬな」


 まるでカラスのように細く締まったやつの体躯が、いとも簡単に包み込んだ炎を払い除けた。漆黒のフードを被ったその影の奥から黄色く覗く双眸が、あまりにも恐ろしく、タケルの小さな体は小刻みに震える。


「助けて」


 か細い声が、タケルの鼓膜を揺らした。まるで猛獣を収めておくような円形の檻が、やつの背後に浮かんでる。その中で舞が涙を流しながら、こちらをじっと見つめていた。


「舞!」


 擦り切れそうなほど喉を震わせて、タケルはもう一度、剣をグッと握り込む。助けなくてはいけない。ただ、その想いだけが全身を鼓舞した。痛みさえ分からなくなった手に、血が滲む。染み込んだ血で、柄は濃い赤色に染まっていた。


 そんなタケルをあざ笑うように、床に描かれた奇妙な魔法陣が激しく色めき立つ。床に広がる自分の血溜まりが、きらびやかな光を浴びて薄気味悪く輝く。突風のような風が起こると、激しい音を立て光が幾重の筋になり空に伸びた。



 突風を浴びて、長く伸びた舞の髪が悪戯になびいた。キャッ、と声を出し、身を屈めながら真っ白なワンピースが翻るのを抑え込む。



 魔法陣から浮かび上がった光の筋が、タケルの頭上の上で一つに重なり、一本の神々しい光の固まりへと姿を変えていく。その光の中心に黒く重たい円が描かれると、その一点に向かい光が吸収されていった。まるで時空を歪ませるように光の筋が弧を描く。耳を塞ぎたくなるほど、奇怪な音が辺りを包みこんだ。


 タケルは思わず耳を抑える。グッ、と眉を潜めながらやつをにらみつける。そのタケルの表情をみて、フードの奥でやつがわずかに口端を緩めた。


「さぁハジメヨウか」


 低い打楽器のようなやつの声が、その耳障りな音を終わらせた。細く黒い腕が、その光の中へと伸びていき、その中心にある小さな黒い点を握んだ。


 その瞬間、光が放たれる。


 弾け飛んだ光が、夜空へと消えていった。厚い雲を切り裂きその奥に潜んでいた星々が姿を表す。星灯りのか細い筋が、やつの握ったそれを鮮明に照らし出した。


 夜闇色の刃が、おぞましく色めく。


 血の気のない不気味な色は、随分とやつの肌に似ていた。タケルは、震える腕を片手で押さえ込みながら剣を握り直す。


「美しい。実に美しい」


 淡々とした声で、手にした夜闇色の剣をまじまじとやつは見つめた。真っ赤な舌先で、その歯を舐めると、透明な唾液がその刃を伝った。その刃に映り込んだ舞の表情は、怯え、今にも泣き出してしまいそうだった。血の気を欲しそうに、黄色い双眸がタケルをうつしこむ。


 一瞬、細くなったやつの目を見て、とっさにタケルは剣を振った。次の瞬間には、やつの体躯がタケルの背後に迫っているのが分かった。熱感のないやつの気配を背中で感じ、慌てて体を捻らせる。ひんやりとした感触が、剣を握る右の腕を包んだ。力強い生きた人間の手の感触がタケルの腕を赤く染めた。グッと抑え込まれた皮膚が、やつの黒い皮膚に侵食される。振り払おうともがくが、その手はもう一寸も動かない。


「さてオシマイにしようか」


 黄色い双眸が、目の前でこちらを睨む。その眼に、怯えた少年の姿が映し出された。小刻みに震えるその腕は、自身のものだ。立派な勇者のような青いマントの一部は血の色に染まっている。胸につけている鎧は、もろく錆びて崩れ落ちていた。


 やつの細く華奢な右腕が振り上げられる。月明かりに照らされた夜闇色の剣は、白く瞬くように光った。


 ダメだ。タケルは、目を瞑る。次の瞬間、激しい音をたてた剣が振り下ろされた――



 *



 瞼を開けると、白い天井が見えた。その壁紙に一本の光の筋が伸びているのをみて、頭上にある窓から朝日が漏れて来ているのだと分かった。


 汗ばんだ額をタケルは細いその腕で拭う。胸元にまでかかったタオルケットを持ち上げると、ベッドの上で体を起こした。


 ――またあの夢だ。


 一体何度目なのだろうか。何度もこの夢にうなされる。再びベッドに寝転がり、タケルは、ほんの少し上がった息を整えながら、何度も見たあの夢をもう一度思い返し眠りに落ちていった。



 眠るタケルに、黒い手が忍び寄る。静かにタケルの体を持ち上げると、黒い闇の中へと(いざな)った。タケルの体は、飲み込まれるように闇の中へと消えていく。


 ――この夢の正体を、タケルはまだ知らない。

このタイトルで連載をしたいと思っているのですが、ファンタジーに関して初心者でありまして、感想やアドバイスを頂きたく、物語の冒頭を読み切り版に改稿したものを短編として投稿させていただきました。


戦闘シーンなどを中心にアドバイス頂けると嬉しいです!


よろしくお願いします!

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― 新着の感想 ―
[良い点] 心理描写が特別丁寧で、登場人物の心境がよく分かりました。 [気になる点] 戦闘シーンの描写は私も書いたことがないので、感じたままを言うのですが、描写が丁寧過ぎて勢いが足りない気がしました。…
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