3)タモ入れの極意
さて、泳いでいるアカイカを発見した時の捕獲法である。
先ずは、秋のコロッケサイズのアオリイカ仕掛けで釣りをしていた場合を考えてみよう。
アカイカは、でかくて重い。しかもエンペラが広くて遊泳力も強いから、秋のコロッケサイズのアオリイカを狙うような細糸や竿では、たとえ鈎掛かりさせても余裕で逃げられてしまう。
リールのドラグをギチギチに絞め込んで対決しても、PEラインを飛ばされるか竿の穂先を折られるか……。
あるいは、イカの肉から餌木の鈎が抜けてしまう、いわゆる「身切れ」で終わってしまうのか。
だからコロッケアオリの仕掛けで狙うより、相手が岸に近づいてくるのを待つのが無難だ。玉網の射程距離に入るまで、刺激せずに様子を窺うのが上策。
まあ冬も深まってアカイカが弱っている場合には、なんとか餌木で引っ掛けて、慎重に岸際まで寄せてくることは可能かもしれないけどね。
けれども、その場合でも最終決戦では玉網の出番だ。
玉網はタモ網ともいう、魚なんかを掬い上げる柄が付いた手網のこと。
鈎掛りさせた獲物を玉網で捕獲する過程を、『玉入れ』や『タモ入れ』という。(『玉入れ』と言うと、紅白の玉を籠めがけて投げる運動会の競技と間違えそうだから、個人的には『タモ入れ』という言い方の方が好みなんですけどね。)
枠のサイズや柄の長さは様々な物が売られているけど、渓流用やヘラブナ用は海では使い辛くて難渋する。
スズキやクロダイと勝負出来ないような玉網しか持っていなければ、アカイカを見つけても黙って見逃したほうがイイかなぁ。
ただ釣り人という人種は、けっこう野次馬精神旺盛だから「誰かぁ! 助けてぇ!」と大騒ぎしていたら、助っ人が押っ取り刀(玉網だけど)で駆けつけてくれるだろうとは思いますよ?
次に、普通のフカセ釣りやサビキ釣りをやっていて、ヤツが近づいて来るのを見かけた時。
そう。ヤツが、遂に玉網の射程にまで、その姿を近づけてきた時だ。
アナタは、クロダイやボラを鈎掛りさせた時のために、磯用玉網を持っているものとする。
防波堤や岸壁、護岸から見えたときのアカイカは、下の写真のような感じだ。
結構、目立つ。
写真はソデイカだが、アオリイカやコウイカ(スミイカ)、カミナリイカ(モンゴウイカ)なんかも、こんな風に浮いて、ぶらぶらと海面を散歩している事がある。
見付けたら、テンション上がりますよね。「Oh~!」って感じで。
けれどもアナタがアカイカを見ているのと同じく、アカイカからもアナタは丸見えだ。
イカ類は目が良い。
だから、写真左下に玉網の枠が写っているのが分かると思うけど、このまま玉網を海に突っ込んでイカの脚側から追いまわせば、相手は漏斗からジェット水流を噴出するかエンペラを駆使して深みに潜るかして、たちどころに逃走してしまうだろう。
アナタは玉網を構えるよりも、急いで岸壁を右に走って、敵の死角に入らなければならない。
イカの視界の死角となるのは、頭の先だ。
イカの進行方向に先回りしたら、玉網をソッと海中に差し入れる。
そして重要なのは『イカが自分から網の中に入って来るのを待つ』事だ。
死角だからといって、玉網で迎えに行ってはイケナイ。
網をイカに寄せようとすると、水圧だか水流を感じるのか、イカは急激に反転するか一気に潜行して罠をかいくぐってしまう。そうなってしまえば、地団駄踏んでも取り返しがつかない。
網を水中に差し入れてから、泳いでいるアカイカが自ら網の中に飛び込むまでの間というのは、ほんの数秒間の辛抱なのだけれど、この間の心臓バクバク感は半端ないっす。
上手く網の中にイカが収まったら、磯ダモ(磯用玉網)の柄を縮めながら、イカを寄せる。
釣り具店で売っている磯ダモの柄は、おおよそズーム式のカーボンロッドだから、短く手繰り込むことによって獲物を寄せて来るように出来ている。5mとか6mとかの長いままで馬鹿イカを上に持ち上げようとしたら、重量に耐えきれずに間違い無く折れちゃうから注意するように!
イカを足元にまで寄せたら、玉枠(玉網の枠)を水面から出して、少しの間その態勢で耐える。
陸上に上がってもグネグネ動き回れるタコと違って、イカは水面より上では行動不能だから玉枠を越えて逃げることは出来ない。
なんでこんな中途半端な態勢で一旦待機するのかというと、アカイカに墨を吐かせてしまわなければならないからだ。
イカ釣りを経験した人ならば分かると思うけれど、イカという生き物は死んで魚屋さんに並んでいるのを見たのでは想像できないくらいに墨を吐く。
ヤリイカサイズのイカでも、油断をすると顔から服からドロッドロにされてしまいますからね。
だから墨袋を空にしてしまうまでは、下手に取り込むと危険なんですよ。(予めイカ釣り専用にしてしまった墨マミレの服なんかだと、汚れても平気だけどね。)
玉網の中のアカイカは、バフッバフッと漏斗から墨汁や海水を噴き散らして大暴れするが、ここまで来れば勝利は間違い無い。
柄を水面に鉛直に近い角度に保って抜き上げ、玉枠に指がかかるところまで引き上げたら、玉枠を握ってイカを地面にまで持ち上げる。
怪獣映画のイカは、ゲゾラにしろ「海底2万マイル」のダイオウイカにしろ、海面上でも触腕を振るって大活躍するのが見せ場だけれど、現実の大烏賊は、大気中では身動き一つ満足に出来ない。出来るのはせいぜい墨や水、それに空気を吐くことと、短い方の脚をぐねらせることくらい。イカゲラスとは違うのだ。勝者はアナタ。
一つ注意を着け加えておくと、イカ墨汚れは海水では落とし易いが、真水ではタワシでゴシゴシやっても中々落ちない。
汚れた玉網や手袋なんかは、必ず帰る前に海岸で洗っておこう。また空きペットボトルに海水を汲んでおくと、料理するとき俎板なんかの汚れを落とすのに重宝する。アオリやスミイカ狙いの人には常識だけど、そうでない人々には余り知られていない豆知識だ。
なお、最終決戦兵器には玉網の他に、イカの取り込み専用道具の『イカギャフ』という引っ掛け器がある。でも安価ではないし、イカ釣り以外には使い様のない道具だから、アオリのヤエン釣りを本格的に始めるという人以外は、買っても竿ケースの肥やしになる可能性が低くないだろう。(有れば専用道具だけに、玉網よりキャッチ成功率は高いみたいなんだけどね。)
それでは最後にパターン3として「遠浅の砂浜で、波打ち際に打ち上がって身動き出来ないソデイカを見付けてしまった」場合について考えてみよう。
この時ならば、玉網もイカギャフも不要だ。
踝くらいまでの深さなら、バシャバシャと海に入って行って、そのまま抱きかかえてしまえばよいのである。靴なんかは後で洗えばよいのだから、脱ぐ必要はない。
むしろ裸足で海に入ると、貝殻やガラス片で足裏を切る恐れがあるから、靴のままの方が安全。
また『鯉とりマーしゃん』が冬眠中の鯉を手づかみ捕りする時の秘儀のように、そっと接近する必要もない。冬眠中の鯉は目を覚ませば逐電してしまうけど、「俎板の鯉」ならぬ「砂浜の馬鹿イカ」は、最早逃走不能だからだ。
ガチで注意しなければならないのは、遠浅浜の波打ち際でも、たまに海底が急に深くえぐれている「ドン深」の場所がある事だろう。
見分け方は、他の場所より海の色が濃く見えるなんていうのも無いではないが
『海に立ち込む時には、必ずライフジャケットを身に付ける』
『脛より深い場所には、入らない』
『自分一人しか居なくて、いざという時に助けが来ない状況なら、捕獲は諦める』
とか、経験値に合った自分ルールを決めていた方が良い。
ソデイカを捕まえられたらメチャクチャ嬉しいけれども、命を張るに足る獲物でもないからである。
なお捕まえたばかりの、まだ「ばふっ」とか「ぶしゅう」とか元気に騒いでいるソデイカには、全く生臭みが無い。
けれどもクーラーボックスとかビニール袋に入れて、歓び勇んで帰宅している最中に死んでしまったソデイカは急に臭くなる。
その臭さは、例えていうなら「長い間シャンプーをしてもらっていない犬」の臭いに似ている。
けれども、これはイカが死ぬ時に胃の内容物なぞを吐き出してしまい、それが臭っているだけだから、帰宅後に捌いて水洗いしてしまえば臭みは無くなる。身に臭いが移っている事も無いから、心配しなくても大丈夫だ。
持ち運ぶ時に臭いのが気になるのなら、海岸でイカを〆(しめ)て、内臓を取り出してしまっておこう。
イカを〆るには、目と目の間を錐かフィッシングナイフでブスリとやるのが一般的。
内臓を出す方法は、通常のツツイカ類一般と同様だ。(形が大きいから、大変っちゃあ大変だけどね。)