旅路
駅から目的地まではスレイニプールに牽引された車に乗り込む。それぞれの荷物を手にし、乗り込んでいく。俺とサイカニアと三馬鹿以外に先客がいた。
壮年になりかけた年頃の紳士だ。仕立ての良いスーツ姿であり、どうも観光やバカンスという雰囲気ではなかった。仕事の出張にしてはこれから行くのは鄙びた田舎町だ。こんな真摯に仕事があるとは思えない。
色の付いた眼鏡をかけている。何か目の魔力持ちなのかもしれない。
いまいち正体不明の紳士をいぶかしげに見ていたが、俺はすぐにサイカニアに意識を戻す。
彼女の荷物を車に運び込むのを手伝いつつ、そして、馬鹿どもがやたら大きい鞄を手にしもの言いたげにみているのを無視する。
あんなでかい鞄を持ち込むから魔力切れの症状を起こすんだ。己の実力もわきまえられないとは愚かな。
俺は馬鹿は相手にしないことにした。
荷物をそれぞれ協力して持ち上げながら恨みがましい目で見ているが、恨みたいのはこっちのほうだ。
サイカニアと二人きりでオリエンテーリングという俺の野望を阻止した罪は重いと思え。
車はだだっ広い平原の真ん中の道を進む。本当に広くて向こう側は地平線で消えている。
視界にはアウズフムラの巨体がいくつか見えた。
このあたりが乳製品の出荷で知られているという話は聞いていたが、実際に見てみると壮観としか言いようがない。
四角い体に三角形の頭をしたアウズフムラは無心に草を食べている。頭に着いた二本の角が小刻みに揺れて咀嚼しているのがわかる。
「すごいですねえ」
サイカニアが目を丸くしてその様子を見ていた。
「そうですね、もしかしてアウズフムラって初めてみましたか」
「実はそうなんです、あまり遠出したことがなくて」
サイカニアは恥ずかしそうに笑う。
そういえば、親が公務員とか言っていたな、そういう人は休みも自宅から離れることは少ないらしい。
俺は親父の商売の関係であっちこっち連れられていたけどな。まあ、仕事の手伝いだったから行楽って感じはあまりしなかったが。
「へえ、ろくに旅行もしたことないんだ」
マルレラが語尾を伸ばした物言いをした。
「私なんてパパにいろいろ連れて行ってもらったし」
「あたしもー」
オピバニアが迎合する。
見栄を張るなよ、貧乏貴族が、そのいろいろの内訳を言ってみろと言いたくなるが、あえて言わない。俺としても地雷は踏みたくない。
こいつらとむやみに話の接点を作るのは危険だ。
「あの人」
不意にサイカニアが見知らぬ紳士に視点を定めた。
「どうかしたの?」
「いえ、見なかったふりをしたほうがいいと思います」
サイカニアの様子に俺は不審に思ったが、あえて気にしないことにした。これからオリエンテーリングだ、たとえ成果を出せなかったとしても過程は大事だ。
前方にこんもりとした森が見えてきた。その森の中の宿舎に俺たちはしばらく滞在することになる。
学校指定だから、まあ、あまり期待はできないな。
おそらく最低限の施設だろうが贅沢は言えない。