ラタトスク
二人とも目の焦点が合っていない。ただ獣じみたわめき声をあげて互いにつかみかかった。
ハルキゲニアはただ茫然としている。
タラトスクの影響下にあるのかどうかは判然としない。
俺はとっさにマルレラを抑えた。
「サイカニア、オピバニアを」
無理やり引きはがしたので、マルレラの握りしめた指の間からオピバニアの髪がぶちぶちちぎれて残る。
俺はマルレラを羽交い絞めにして、マルレラの背中に額を押し当てる。そして魔力を注ぎ込んだ。
俺の注ぎ込んだ魔力が、マルレラの魔力と反応して、マルレラの中ではじけるのがわかる。
マルレラはその場で硬直してしまった。
魔力と魔力を打ち合わせれば、より弱いほうに影響が来る。つまり簡単に無力化するためにちょっとばかり荒っぽいことをしたわけだ。
向こうで、サイカニアもオピバニアに同じようなことをしたらしい。オピバニアがその場で卒倒する。
硬直したマルレラをその場に残し、ハルキゲニアの様子をうかがう。
ハルキゲニアに向かうとハルキゲニアの目の前で手のひらを何度も往復させた。
しかしハルキゲニアの目が動かない。放心状態のようだ。
サイカニアが卒倒したオピバニアを肩を貸す格好でこちらに来た。
「ラタトスクの影響を受けたようですね」
ラタトスク、別名争いの獣。
魔力は誰でも持っているものだが、その量には個人差がある。魔法使いになれるほど持っているのは一握りの人間だけだ。
そうした魔力の薄い一般市民がラタトスクに遭遇すると、その影響を受けて、なぜか闘争本能がむき出しになってしまうのだ。
そのため、市街地にラタトスクが出現すると、とんでもないことが起きる。
下手すれば死者が出かねない。
そのため市街地ではラタトスクは駆除対象の害獣だ。
俺は魔力をラタトスクの傍ではじけさせた。
枝が小さく破裂し、ラタトスクは逃げ出した。
普通、魔法使いになれるほど魔力量があれば、ラタトスクの影響を受けることはまずないのだが。やれやれだ。
すっかり使い物にならなくなった二人を運ばなければならない。
幸い、俺を除けばサイカニアが一番体格がいいので、一人で一人なら何とか宿まで運べるんじゃないだろうか。
そう思って俺はハルキゲニアを見た。
多少の影響を受けたようだが。影響を受け切っていない。どうやら三人の中でハルキゲニアが一番魔力量が多いようだ。
「歩けるか?」
ラタトスクがいなくなって、影響から抜けつつあるようで、ハルキゲニアは小さく頷く。
不意にハルキゲニアが手を伸ばした。
俺たちの斜め向こうに向けて手を伸ばす。
「何をしているんだ?」
「あるよ、あちらにある」
ラタトスクの影響だけじゃないのか?
サイカニアも怪訝そうな顔をしている。
「少し休ませましょう」
サイカニアは肩に担いだオピバニアをその場に座らせた。