第7話『大貴族の悩みは尽きない』
シドが魔法の特訓をしていたその頃。トネリコの森から遠く離れた所で深い溜息をつく一人の大貴族の姿があった。
……
中央大陸の大国『レムリア王国』その中でも三国に跨る国境線を有した広大な領地を治める大貴族マンダリオン・フォン・キトルス辺境伯
大貴族の悩みは尽きない。
その原因のひとつは彼の視線の先。丁寧に刈り込まれた芝が美しい居城の中庭にあった。
「誰かおるか。」
「お呼びでしょうか。旦那様。」
即座に現れたのは執事長のジルニトラだ。
「ジルよ。あれはなにをしておるのだ?」
一瞥して声をかけ、再び中庭に視線を戻す。
「恐れながら…」
「よい。楽に話せ。」
「畏まりました。」
「あれは訓練のように見えます。」
「それは見ればわかる。私が言っておるのは内容だ。」
「どうやら、屋敷付きの近衛を相手にお嬢様が模擬戦闘しているように私には見えますが。」
「そのようだな。」
ジルニトラの言う通り、現在中庭で剣技訓練をしているのはこの辺境伯領の領主の一人娘である『キャサリン・フォン・キトルス』。
中央大陸の大国であるレムリア王国の大貴族マンダリオン・フォン・キトルス辺境伯の一人娘であり、幼少より天才と呼ばれる剣技と魔法の素質を持って生まれた少女の姿だった。
「ジル。どう見る?」
「お嬢様の圧勝かと思われます。」
「そのようだな。」
辺境伯は深く溜息をついた。
……
「お父様、お呼びですか?」
「入りなさい。」
父の執務室にキャサリンは来ていた。普段ならメイドや使用人がいるはずだか、今は執事長のジルニトラのみのようだ。
「学校はどうだ?困ってることはないか?あちらは冷えるだろう?」
「大丈夫です。学友も先生も良い方ばかりですので。」
「そうか、近衛を相手に鍛錬していたようだが、指南役はどうしたのだ?」
「お辞めになりましたわ。」
「辞めた?」
娘の端的な説明に父は訝しげに首を傾げる。
すかさずジルニトラが補足を加えた。
「彼は優秀ではありましたが、お嬢様には物足りなかったようでございます。」
「同様に魔法学の指南役も今朝お辞めになりました。」
「ふむ、これで何人目だ?」
「16人でございます。」
「そうか…では、次を探してやってくれ。」
「旦那様。冒険者の方の中から既に優秀な人材を見つけております。」
「ほう?冒険者とな。」
ジルニトラは恍けるように続けた。
「最近、領内の魔獣を率先して倒す優秀な冒険者が現れたそうでございます。たしか、登録名は『カレン』?でしたかな?」
「「なっ!??」」
突然の爆弾発言に親子は動揺を隠せない。
父は頭を抱え、娘は諦めたように、執事長に尋ねる。
「ジル…いつから気づいていたの?」
「お嬢様が変装されて冒険者ギルドに行かれた時からでございます。」
「はあ……なるほど、わかったわ。降参よ。」
ヒラヒラと手を振って降参を宣言した少女。
『キャサリン』は公の場以外では家族や親しい友人から『カレン』と呼ばれていたのだった…
「あら、お父様どうしなさったのです?」
「カレン、あまり心配させないでおくれ。貴族の娘が冒険者ギルドに登録し、ましてや活躍など聞いた事がないぞ…」
心配性の父の小言をききつつも、カレンは切り替えす。
「お父様、その事については話し合ったはずですよ?」
「確かに、お前が剣術や魔法を鍛錬する事は認めた。」
「だが、私が言っておるのはあくまで貴族の子女の嗜みとしての事だ。」
「学生のお前が冒険者の真似事など…いや、言い方をかえよう。」
「カレン…お前は母に似て美しく、賢い。だがこの上、強さを手に入れては未来の夫となる男が不憫ではないか?」
「問題ありませんわ。お父様。」
「それに、政略結婚ではなく、伴侶は私が認めた方を選んでよいとおっしゃったのはお父様ですよ?」
「だ、だが…」
カレンは折れない。そして本日2度目の爆弾が投下される。
「お父様、私には心に決めた方がおります。」
「な?!なに!!?」
「だ、だれだ?」
「冒険者か?!」
「ど、どこの者だ?!」
一人娘の突然の宣言に歴戦の大貴族が狼狽える。
「いずれ、時が来たら紹介致します。では、私は鍛錬がありますので失礼致します。」
そう言ってカレンは頭を抱える父を残して颯爽と部屋から出ていった。
「ジル。心当たりはあるか?」
「旦那様。申し訳ございません。」
「私は存じ上げません。お調べ致しますか?」
「…よい。ちょっと一人にしてくれ。」
「畏まりました。」
……