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第58話『下層区』

「かなり匂うな。ここは・・・ん?」


スリを追いかけ地下道を進んだシドたちが辿り着いたのは、聖都の下層に広がる巨大空間だった。一見すると聖都のゴミ処理施設かとも思われたその空間は、明らかに異質だった。まるで蓋するかのように硬質な天井が閉じられ、等間隔に吊り下がった管からゴミや汚水が降り注ぎ、鼻をつく臭気が漂うゴミ溜めとも言うべき様相の中に蠢く『何か』が居るのだ。地下道の出口から積み上がったゴミ山に降り立ったシドたちに反応してか『何か』が蜘蛛の子のように散って行く。その影は明らかに子供と思われる小さなものだ。


「あれは・・・子供か?」


「暗くて私からは、はっきりは見えませんでしたけど・・・ちょっと明かりを用意しますね。『浮遊光(フローティングライト)』」


カレンが魔法で辺りを照らすと、『何か』の正体、そしてこの空間の本当の姿が見えてきた。シドの言う通りそれはゴミ山を漁る子供の姿だった。見通しの良くなった山の下には廃材で組み上げたと思しき家?のようなものもあり、窓とも呼べない隙間から顔を覗かせる大人の姿も確認できた。


「これは、まるで貧民窟(スラム)だな・・・」


「スラ・・・ム?シドはこの場所みたいな所を知ってるんですか?」


「あ、いや。貧民窟(スラム)って元の世界で貧しい人たちがこんな風に暮らす場所のこと指すんだけど、実際に見たことはないな。ただ、俺の知識にあるものでもここまで酷くはないと思う。」


実際、転移前の記憶でも、ここまでの状態はテレビやネットでも見たことはなかった。元の世界で平和に過ごしていたシドにとっても目の前の服とも呼べないようなボロを纏った、所謂ストリートチルドレンが廃棄されたゴミを漁る光景は信じ難い光景であった。


「聖都にこんなところがあったなんて・・・学園でも聖都にこんな地下空間があるとは聞いてませんし、生活ゴミや汚水は魔道具で処理してるって言われてましたから。」


「その魔道具の正体がこれ・・・なんだろうな。聖都を見ていて違和感があったんだ。綺麗すぎるんだよ。世界中から信徒が来て、これだけ多くの人が暮らす大都市なはずなのに完璧すぎるんだ。なんて言えばいいか・・・。カレンは、ここに住んでた時に貧しい風貌の信徒や住人を見たことあったか?少なくとも俺は門から市街区、そして外周区に至るまで1人も見てない。普通はさ、いくら平等と言っても貧富の差は存在するし、全員が豊かな国なんてのは理想であって現実は、王国で言う王族や貴族のように富める者と必死に毎日を生きる貧しい者の格差が存在すると思うんだ。でも、この国に入った時から貴族達のような華やかさも生きる人たちの活気も感じなかった。」


「寮も学園内にあったので、外出も冒険者ギルドと守護者の門を抜けて剣の修練で都市外周の森に行くくらいで・・・でも、実家のあるカーテナでもここにいらっしゃるような方は見たことはなかったと思います。」


「最初から知らなければ、気づかないのも無理はないよ。メルカトスと王都には少なからず貧民街はあったけど、辺境伯領では見なかったからな。でも、ここにいる人たちは現実に存在していて、聖都と言うより神聖アストルム国家連合国に虐げられてるのは間違いない。」


「そんな・・・」


眼前に広がる悲惨な世界が学生とはいえ2年以上を過ごした国が秘匿してきたと言う事実に思わずカレンは言葉を失う。恵まれた環境で大切に育てられてきたカレンにとって受け入れ難い現実がそこにあった。


「誰か近づいてくる気配があるな。」


「え?」


程なくしてシドたちを警戒するように1人の少年が目の前に現れた。


「お、お前ら。巡回の神聖騎士じゃなさそうだけど・・・だ、誰だ?なんでこの抜け道を知ってる?」


「俺たちは、レムリア王国から来た冒険者のシド。こっちは仲間のカレンだ。お前は?」


「お、お前じゃない!俺はこ、コビーだ。冒険者が何しに来た!どうして井戸穴のこと知ってる?上の奴らは外周区なんて近寄らないはずだ。し、神聖騎士の奴ら連れてくる気か?!また誰か攫う気だろ!!」


「コビーか。なあコビー、まあ落ち着け。いっぺんに聞かれても困る。冒険者ギルドの前で俺たちから財布を盗んだ奴を追ってきたら、ここについたんだ。神聖騎士も居ないし、連れてこない。わかったか?だが、それにしても攫うとは穏やかじゃないな。どう言うことだ?前に神聖騎士に誰か攫われたのか?」


「聖都を守る神聖騎士が人攫いなんてするはずが・・・」


「う、嘘じゃねー!神聖騎士でもなけりゃ上の奴らは、スられてもわざわざ追ってなんか来ねえ。大体、ここの奴らが盗んだって証拠でもあんのか?!」


「まあ、ここの奴かはわからんが、逃げたやつがあの穴からここに来たのは間違いないからな。コビーの言うように秘密の抜け穴ってことなら、なんで上に居たそいつは入り口を知ってたんだろうな?コビーたちここの人間しか知らないんだろ?」


「そ、それは・・・お、俺たちに罪を被せようとした悪いやつかも知んないだろ!」


「そうか、一理あるな。よし、じゃあこういうのはどうだ?コビーが犯人の仲間じゃないんなら俺たちと一緒に犯人を探してくれ。見つかれば俺がコビーに報酬をやろう。どうだ?」


「ちょ、シド?!」


思わぬシドの提案にカレンは驚き、コビーと名乗った少年は考える。


「・・・報酬ってお金だよな。それパン何個分だ?」


「パン?んー、カレン聖都で売ってるパンはいくらくらいなんだ?」


「安いパンなら銅貨一枚で一つ買えると思いますけど・・・」


「なるほど。じゃあ、この金貨一枚やろう。コビーの手じゃ持ちきれないくらいパンが買えると思うぞ?その代わりと言っちゃあなんだが、犯人探しのついでにここのことも教えてくれないか?」


「き、き、金貨!?そんなにくれるのか?嘘じゃないだろうな?!騙そうたってそうはいかないぞ!!」


日々の食い扶持も怪しいコビーたち貧民窟(スラム)の住人にとって金貨など死ぬまで働いても手に入らない額の報酬だ。ここで生まれ育った自分達に知らない場所などない。逃げ込んだ者がここの住人でないなら見つけるのは容易い、だからこそコビーの疑心は正しい反応だった。


「嘘じゃないさ。ほら、前金で半額渡してやる。残りは、見つけれたらだ。これならダメでも半額は手に入るだろ?」


「ぎ、銀貨がこんなに・・・いいのか?見つからなくても、これは返さねーぞ?」


「構わんさ。そういう依頼だからな。とりあえず交渉成立だな。じゃあ早速探しに行こうか。歩きながらでもここを案内してくれないか?」


「お、おう。着いてきな!」


そう言って、ゴミの山の上を慣れた足取りで駆け出すコビー。


「ほう。さすがに慣れたもんだな。あっという間に見失いそうだ。行くぞ!カレン!」


「あ!ま、待って・・・」


__________________________________



山を降りた一行は、廃材を駆使した荒屋の間を縫うように進む。


「なあ、コビー。ここはいつからあるんだ?」


「知らねー。生まれた時からあったし。」


「ここで生まれたのか?親もここに?」


「いるんじゃねーの?生まれてすぐ捨てられてたらしいから、もう死んでるかもな。」


壮絶な生い立ちをあっけらかんと話すコビーにカレンは堪らず声をかける。


「子供をこんな場所に捨てるだなんて、それじゃまるで・・・」


目の前の小さな子の置かれた状況を思うとカレンの言葉は、それ以上続かなかった。ただ涙が溢れてくる。


「ゴミだよ。って、な、なんだよ!泣くなよー!俺たちはみんな。上の奴らからしたらゴミと一緒さ。それでも、生きてかなきゃなんねーし、ここいらのガキはみんなクズ拾いで稼ぐしかねーのさ。まあ、まだ使える物も落ちてくるし運が良けりゃお宝も出ることあるしな。おねーちゃんには特別に見せてやるよ。ほら!」


自慢げに差し出されたまだ小さいその手の中には指輪のようなものがあった。しかしそれは鑑定しなくともわかるほど、ただの色のついた粗末な石がついたガラクタであった。それを見たカレンは嗚咽を漏らしながらも必死に微笑んで見せた。


「うん・・・(ぐすっ)うん。とても素敵な指輪ね。いづか大切な人がでぎだらはめてあげてね・・・。う、うううう・・・」


「だ、だ、だからなんで泣くんだよお。おい、おっさん!カレンおねーちゃんは仲間なんだろ!なんとかしてくれよ。」


「お、おっさん?!カレンはお姉ちゃんで俺はおっさんなのかよ・・・。ったく、コビーいいか?このお姉ちゃんはきっとコビーのその指輪があんまりにも綺麗だから驚いちゃったんだよ。な?カレン?」


カレンは無言で頷いてくれたが、我ながら赤点レベルの回答を無視して話題を強引に変えた。


「親がいないのはわかったが、育ててくれた人はいるだろう?」


「いるぜ!この先にある礼拝堂のシスターたちが俺みたいな孤児を拾って育ててくれたんだ。ほら、あそこ。」


コビーの指差す方向を見やると元は白かったであろう煤けたヤニ色の建物が見える。礼拝堂として体を成しているのは一部が砕けてしまったルーメン教のシンボルが屋根に据えられていたからだ。ふと、シドの脳裏に大渓谷手前で立ち寄った教会にいた子供たちの姿が浮かんだ・・・


「あそこも質素だったけど、これほどではなかったな。」


「なあコビー、シスターには会えるか?」


「え?犯人は、いいのかよ?」


「ん?まあ、聞き込みってやつだ。」


「ふーん。よくわかんねーけど、まあいいや。呼んできてやるよ。」


首を捻りながらコビーが建物の中に消えていった。


「シド・・・ごめんなさい。私・・・」


「気にするな。でも外側の俺たちの勝手な同情は、あいつらにとって救いになることは無い。聖都(ここ)にはここのルールがある。そうだろ?もし、あいつみたいな子供たちを救いたいとかって考えてるなら、頭を使え。この環境でも行き抜いてきたアイツらは強い。意志もあるし、見ただろ?あの目。諦めた奴はあんな瞳をしてないさ。でもなんとかしたいって思うなら、ルールを作ったやつと交渉すべきだと思うぞ?俺たちが会おうとしてる聖女や枢機卿みたいな権力者とな。でも、目的を忘れるな。俺たちはキトルス候・・・カレンのお父さんと協力して王様を助けるんだろ?」


本音だった。俺もこんなところに貧しい人々を廃棄物と一緒に閉じ込めている神聖国の統治のやり方には思うところがある。しかし、俺たちだけでは全てを救い変えていくことは無理だ。国には国のそれぞれ為政者が定める(ルール)があり、他国のまして王族に追われた身の俺たちの立場なんて薄氷のような状態だ。王国に抗議でもされたら間違えなくバラデロに俺たちの所在が露見して手引きをしたキトルス候の立場が危険だし、何よりここが上での生活を捨てた者たちのコミュニティであった場合、俺たちの無闇な介入で聖都の上と下でさらに確執や衝突を産みかねない。今できることは、住民の話を聞くくらいが関の山だ。何か行動するにしても、まずは聖女に会い親書を渡して王弟バラデロを止めることだ。


「・・・はい。今回のことが終わったら改めて考えてみます。・・・あ」


「ん?んーーーー?おいおい・・・まさかあれがシスターなのか?」


建物から出てきたコビーの隣には、まるでボディビルダーのような鋼の筋肉が目を惹く体長2メートルはあるであろう屈強なゴリr・・・シスター?らしき人物がいた。どう見ても鋭い眼光で獲物を値踏みするシスター服を纏った巨漢のゴリラと言った方が表現としてはしっくりくるなアレは・・・


「あらあらあら。本当に外の方のようねぇ。うちのコビーが迷惑かけてないといいのだけれど。お話があると聞きましたが?私は、この礼拝堂で子供たちの面倒をみてるシスタークララ。あなた方は?」


「はじめましてシスタークララ。私はカレン、彼はシドです。実は私達、財布を盗られてしまって犯人を追っていたらここに辿り着いたんです。」


クララ!?いやいやいや・・・そんなか弱そうな雰囲気皆無だろ!と思わずツッコミそうになる俺を他所にカレンが自己紹介と経緯を簡潔に伝える。


「なるほど、犯人を探してると。そう言うことでしたらお手伝いしましょうねぇ。ここはその昔、下層区と呼ばれ他国からの流民や上層を追われた信徒がひっそりと暮らす場所団たんですよ、今では上層の廃棄物を処理するための施設となっていますけどねぇ。道と呼べるほどのものはありませんので、あなた方だけでは困難でしょうねぇ。でも大丈夫コビーは、この辺りの回収屋(スカベンジャー)の子供たちのリーダーのような子ですからねぇ。きっと彼らならお役に立つでしょう。」


回収屋(スカベンジャー)か。恐らく最初に逃げていった子たちのことだろう。コビーは勇気あるリーダーとして俺たちの前に来たと言うわけだ。確かに日頃、ゴミ山を主戦場にするこの子達なら見つけるのは容易だろう。


「なるほど、それは心強い。しかし、下層区と呼ばれたここはいつからこのような状態に?見渡す限り、外から来た俺たちにはとても住み心地が良い気しないのですが。」


「そうでしょうねぇ。先ほど言ったように元々ここは廃棄物処理のための施設として使われておりましたので決して住みやすい環境ではないんですよ。十数年ほど前に当代の教皇猊下に変わられて、すぐに上層から下層への道が塞がれあの大きな配管が作られましてねぇ。それから程なく外周区の住民は『救済選別』という新しくできた法によって分断されてしまいました。年老いた者、怪我などで働けない者は聖教区の施設に送られ、若い女性以外の残った大人と子供はここに連れてこられたそうです。配給はかろうじてありますが、育ち盛りの子供たちにはとても足りません。年々廃棄物の山は巨大化していますし、いずれはここも飲み込まれることになるでしょうねぇ。しかしルーメンの信徒にとって教皇令は聖女様の神託に次ぐ絶対の法です。その法により私達はここから出ることは許されておりません。」


「シスターも出れないのですか?」


「ええ。私も外周区の生まれですから、たとえ出れても大聖堂や教皇府には上層出身の者以外は立ちることができませんので、国外の教会や辺境にあるこの礼拝堂にようなところに配属されるんですよ。」


屈強なゴリr・・・ではなく、どこか達観した様子で年配のシスタークララは語ってくれた。聞く限り体の良い口減らしだ。どんな理由があろうと、一国の為政者が選民思考で民を分断など許されるはずがない。せじょに会うため訪れた白鳥のように聖都美しい街並みの足元では必死に生きようと足掻く人々が虐げらていた事実に俺たちはかける言葉さえ持たなかった。


「さあさあ。暗い話はこれぐらいにして、本題に入りましょうかねぇ。お召し物を見るにあなた方は冒険者ということは本当なんでしょう?お手伝いをする代わりに、この子達を守っていただけますか?お探しの犯人が暴れたりしたら危険でしょうからねぇ。」


「もちろん。安全は保証しますよ。こう見えて一応俺たちA +ランクのチームなんで。それに手伝ってもらうからには、正当な報酬も支払います。安心してください。」


「まあ!それなら安心してお預けできますねぇ。コビー?彼らの言うことをちゃんと聞くんですよ。危ないことはしないこと。良いわね?」


「わかってるよ。シスター心配すんなって。行こうぜ!おっさん!」


シスターに見送られながら、俺たちはスリの追跡を再開した。


「おっさん・・・か。」


「(大丈夫ですよシド。私は年上でも平気ですから・・・)」


隣を歩くカレンは、おっさん扱いされる英雄に小さくエールを呟いた。


「ん?なんか言ったか?」


「い、いえ!さあ、サクッと捕まえて本来の目的を終わらせましょう!」


ひょんな事から聖都の闇に足を踏み入れた俺たちは、この時まだその闇の深さに未だ気づいてなかった。

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