第53話『変化』
時間は少し遡り、シド達が国境近くの教会を出発した頃。王都屋敷でラビは目覚めた。
「ん….ここは…?」
見覚えのない豪奢なベッドから身を起こし朦朧とした意識で最後の記憶を辿る。
「確か、侵入者がお屋敷に入ってきて、シド様のために頑張んなきゃって….でも気がついたら最後の侵入者にトドメを刺そうとしてて…」
朧げな記憶を辿っていくラビ。しかし、自分がなぜここで寝ていたのかは霞がかかったように思い出せずにいた。それでも必死に思い出そうとしていると扉をノックする音が聞こえ、反射的にラビは身構える。
「ラビ殿、お目覚めですかな?」
声の主はジルニトラのものだった。
「私は…一体、なぜここに?」
「私がお運びしました。屋敷でのことは覚えていますか?」
そう言うジルニトラにラビは、うつむき首を振る。
「私が駆けつけた時の貴女は、怒りのせいか魔力の暴走に似た状態でした。やむなく沈静魔法で眠っていただき、ここに運んだ次第です。」
「そう…だったんですね。シド様達を見送ってすぐに侵入者が突入して来たのは覚えてるんですが、体が熱くなって気がついたら周りがあんなことに…」
「ふむ、状況から見るに獣人系亜人種の種族固有の状態変化である狂化に近いかもしれませんが、兎人族を模したとは言え、自律型魔法人形の貴女に同様のスキルが備わっている可能性は低いでしょう。」
ジルニトラの言う狂化とは、獣人系亜人種が命の危機や怒りや憎しみなどの強い感情により暴走し、目の前の危険を排除するため獣本来の力を開放して文字通り狂ったように暴れる状態を指す。自力で解除は困難と言われている。また多くの場合、意識に肉体が追い付かず自傷を厭わず暴れるため最悪の場合、肉体が自壊し命を落とすこともあると言われている。
「…あんなに優しいシド様に対して自分勝手な敵意を向けられて、私すごく腹が立って、許せなくて、それで…」
力なく話すラビにジルニトラは肯定するように相槌をうちラビを気遣う。
「彼らは主人に命令されたとは言え、自国の貴族屋敷に武装した上で侵入した時点で処刑されても文句は言えません。もし、ここに賊が来たならば私も貴女と同じように行動したでしょう。主人を守りたいと思うが故の行動です。シド殿も誇りに思い貴女を決して責めたりはしませんよ。」
「あの人たちは…どうなったんですか…?」
「見張りとして外に待機していた4名と室内に居た賊は口が聞けそうな者は1人だけでしたが、全て回収し現在はこの屋敷の地下牢にて雇い主について取り調べを行ってます。」
ジルニトラは、あえて生きながら引き裂かれ、部屋中に飛び散り肉片となった侵入者の末路について言及しなかった。残った部隊のリーダーと思しき男も仲間の返り血で染まり、恍惚の表情で襲い掛かるラビの武装スキル白化の能力によって簡単には死なぬように、ジルニトラが突入するまで延々と回復と致命傷を繰り返し与えられ壊れてしまっていた。
「私が責任を持って吐かせま…!!?」
ジルニトラが言い終える前にラビからドス黒い魔力が溢れ出した。
「イキノコリガガガガガ…イル?」
「シドサマノテキ…ゼゼゼゼンブコロセテナイ?」
まるで人が変わったようにラビは立ち上がり、全身から瘴気にも似た魔力を放出させ周囲の物がミシミシと軋む。
「ドコ?」
「落ち着きなさい!!」
ラビの異様な変化に狂化の兆候を察知したジルニトラは、魔力を込め一喝した。
「!!?」
ジルニトラの魔力の波動を受け、ラビから溢れていたドス黒い魔力が霧散していく。
「ラビ殿。飲み込まれてはいけない。自分を手放して感情に身を任せた先にあるのは破滅です。貴女のそんな姿を彼は喜ぶとお思いですか?」
「わ、私は…」
ジルニトラの言葉に、我に返ったラビは屋敷で侵入者の返り血を浴びながら1人、また1人と引き裂き狂ったように暴れる自身の姿を思い出した。一体自分はどうしてしまったんだろうか?自分の中に得体の知れないモノが潜み、怒りの感情と共に溢れて意識を乗っ取られるような感覚。これがジルニトラのいう狂化と言うことなのだろう。
「少しは冷静になってきたようですね。やはり、貴女のそれは狂化に近い性質のようですが、何か別の物のように思えます。先程のように私が魔力で多少強引に相殺したとしても本来自力での解除はできるモノではないでしょう。恐らく、何かしらの隠し機能と言うべきかと。」
ジルニトラの推論をジッと聞くラビ。その時、突如外部からのアクセスを知らせるアラートが鳴り、思わず飛び上がる。
「!!?」
ラビの突然の反応にジルニトラも異変を察知する。
「ラビ殿?どうされました?」
「誰かが私の光子脳にアクセスを試みているみたいです。…これは、上位権限?こんな事、所有者以外で考えられるのは…」
考えをまとめる隙もなく、懐かしい声が首につけたチョーカーから響いた。
「アウロr…じゃないラビ!!聞こえるかしら?私よ!ティエナ・エリ!!」
「え!?ティエナ様?」
混乱するラビを無視して話し続ける彼女こそ、ラビ達自律型魔法人形の開発者であり、魔科学の権威ティエナ・エリである。
「あなたの光子脳が発する信号がここんところ異常な数値だったから、気になってモニタリングしてたのよ!大丈夫なの!?」
「それは…」
言い淀むラビに代わり、ジルニトラが言葉を続ける。
「初めまして。ティエナ様、私はレムリア王国辺境伯マンダリオン・フォン・キトルス様の家令を務めるジルニトラと申します。現在、ラビ殿は訳あって当家で一時的に保護させていただいております。」
「ジルニトラさんね。ご丁寧なご挨拶痛みいるのだけど、王国有数の大貴族であるキトルス家がなぜラビを保護する事態になってるのか教えていただける?」
「その事なのですが…..」
ジルニトラは事の顛末とラビの状態について知り得る限りを話した。
「なるほど。自律型魔法人形の彼女達には、本来無理な稼働で自壊しないようにリミッターがあるのだけれど、覚醒体のその子は自我の目覚めによってそれが外れかかっているみたいね。」
「ティエナ様…私直るでしょうか?」
不安そうに尋ねるラビにティエナは笑って答える。
「私を誰だと持ってるのよ。任せなさい、とは言ってもこっちにこれる雰囲気じゃないみたいね。……..よし!ちょっと待ってなさい。そっちに行くわ!」
少し考えたティエナは、まるで近所の友人宅に行くかのような雰囲気であっさりと答える。
「うぅ…ティエナ様ぁぁぁ…」
生みの親の頼もしさにラビは安堵する。だが、問題はまだある。
「よろしいですかな?現在、王都は陸路、空路共に封鎖されております。いくら十席会議の方とは言え、容易ではないかと。」
「大丈夫よジルニトラさん。そこに直接飛ぶから。」
「なるほど、ではすぐに屋敷の転移阻害魔法を解除いたしましょう。」
「理解が早くて助かるわ!」
そしてジルニトラが指を鳴らした直後、ラビの目の前の空間が歪み淡い光と共に懐かしい姿が現れた。
「さあ、治しに来たわよ!」
小さな白衣のドワーフは薄い胸をドンっと叩き、笑顔を見せ宣言するのであった。




