第4話『ファムの過去』
「すごいな…魔法だ!」
まさに魔法だった…何も無いところから狼が出てきたり、凄まじい炎が獲物を飲み込み焼き尽くす。これが魔法のある世界か…
「あはは!気に入って貰えたかな?」
ファムがニコニコと笑顔を向けてきた。焼き上げた獲物を影の狼達が運んでいる。
「みんな使えるのか?」
「んー、生活魔法を少しだけ使える人も含めれば、みんなって言えるかな?」
「生活魔法?」
「うん、水を出したり、火を起こしたり、風で落ち葉を集めたりね」
「まあ、詳しくは食べてからね♪」
……
洞窟に戻った俺の目の前にはキレイに食べやすいサイズで切り分けられたワイルドボアのローストがある。
厚さはかなりのものだ。ヒレとロースにモモ肉だろうか。付け合わせなのか芋のようなものがスパイシーな香りのソースと共に添えてある。
外側はカリカリに焼かれ余分な脂が落ち、肉はじんわりと肉汁を染み出させる。
「美味そうだな…」
「美味そうじゃなくて美味しいんだよー」
「魔獣っていうからもっとグロい奴を想像してたけど、匂いも見た目もローストポークだから驚いたよ。」
「魔獣っていうのは魔力を持ってる獣だからねー」
「なるほどな」
「ほら、早く食べようよ!冷めちゃうよ!」
「あ、ああ。いただきます!」
ソースを絡め一口。旨い!果物の甘みと黒胡椒に似たスパイスが肉によく合う。
肉は予想以上に柔らかい…口いっぱいに肉の旨味が広がる。魔獣肉恐るべし…
「ふふっ気に入って貰えたかな?」
口の周りを肉の脂でテカテカさせながらファムが聞いてくる。
「うん。旨いよ。いや…凄い旨い!」
「でしょー!」
「でもさすがに食べきれないなこの量は…」
2tトラックほどの大きなワイルドボアのローストは2人で食べきれる気はしない。
「大丈夫だよ。子供達がたべるから」
「子供達?ファム子供いるのか?」
「うん。かわいいよー♪」
「シルバ!おいでー」
その瞬間、洞窟の入口に巨大な狼が現れた。
「なっ!! 魔獣?! クソ!匂いに釣られたか…入口を塞がれてる以上戦うしかないか…」
覚悟を決めて構える。武器は無いが懐に潜り込めばあるいは…
「グルルルゥ…」
巨大な狼が獲物を見つけ喉を鳴らしながら近づいて来た。
「ファム!魔法を頼む!俺が注意を引く!行くぞ!」
巨大な狼に向かい走る。
「え?あ!」
困惑気味のファム。
「子連れの身である恩人だけでも逃がさなければ…」
力を込め拳を握る。武器が無くても何とか隙を作れれば…
目の前に迫る巨大な狼に向かい突っ込む。
…が巨体に似合わずあっさり躱される。
巨大な狼が向かう先にはファム。
「くっ!早いな!ファム!子供を連れて逃げろ!!」
巨大な狼がファムに飛びかかる…
「うわ!」
「ファーーーム!」
足元の石を思い切り投げる。後ろ足に当たり巨大な狼が俺の方に意識を向けた。
「こっちだ!かかってこい!俺が相手だ!!」
「ふふふ…あははははっ!」
突然の笑い声。
「ヒィヒィ…お腹いたい…ふふふっ」
「え?!」
「シド!大丈夫だよ。この子がシルバ、『天狼』のシルバだよ!あははは!あー面白かった!」
「な…に?!」
……
ファムの隣には『天狼』のシルバが行儀よく座り肉を無心で食べていた。
「シドがいきなり大声出すからビックリしたよー」
「す、すまん……」
「てっきり魔獣が襲ってきたのかと」
「あはははっ!」
「むぅー…」
「ごめんごめん!助けてくれようとしたんだよね!ありがと♪……チュッ」
「うお!」
「えへへー♪」
頬への不意打ちに心臓が跳ねる。
「な、何を…」
「あ!顔真っ赤だよー?」
「う、うるさいな!」
「フン」
シルバが呆れたように鼻を鳴らした。
……
波乱の食事を終えた俺たちは洞窟近くにある湖に来ていた。ファムの傍には『天狼』のシルバが寄り添うように立つ。
「こっちは狼もデカいんだな…」
「シルバは特別だよ。『天狼』は魔獣じゃなくて神獣種だからね。」
「神樹種?」
「うん。魔力を持つ獣が魔獣って話はしたよね?」
「ああ、聞いたな。」
「魔力の量で魔獣にもランクがあるんだよ。」
「ランク?」
「うん。」
ファムの説明によると、魔獣はランクにより危険度が変わるらしい。
SSランク 神獣種
一体で国を滅ぼせるほどの大きな力を持つ魔獣。神の寵愛と加護を受けた魔獣が進化すると考えられている。
Sランク 竜種
古龍や四天竜と呼ばれ存在する強大な力を持つものから遺跡や迷宮などを縄張りにする高い知性と魔力を持つドラゴンがこのランクになる。
Sランク
ドラゴンと違い知性は乏しいが存在が天災、厄災級の魔獣。その力は一体を討伐するのに一国の軍が必要と言われているほど。
Aランク
極めて危険な魔獣。複数の熟練冒険者パーティでも討伐は命懸けとなるほど、種類は多く、強大な力を持つが自らの縄張りからはあまり出てこない。
Bランク
通常出会う魔獣としては最高ランクとなる。世界各地に分布し人族の生活圏に出没した場合は冒険者ギルドの討伐依頼や各国の騎士団が討伐している。
Cランク
熟練の戦士ならソロで討伐可能。
しっかり準備すれば中位の冒険者パーティでも討伐することが出来る。
Dランク
一体なら素手では厳しいが集団で武器を使えば村人でも討伐可能。
Eランク
非常に弱いが群れで現れると厄介な魔獣
……
「やっぱりドラゴンとかもいるんだな…」
「いるよー。ボクは会ったことないけど、たまにいるワイバーンとかリザードは竜種の眷属だからね。」
「あのさ、人族とファムのダークエルフ以外はどんな種族がいるんだ?」
「んー、そうだねー」
人族
所謂人間。魔力容量は低いが技術力が高く、高い戦力を持つ騎士団や熟練冒険者パーティも存在する。大小様々な国を形成する世界最大の種族。
亜人族
人族に似た外見を持つが人族とは異なる特徴を持つ種族。長命で狩りや製薬技術に優れたエルフ族、高度な金属加工技術と採掘に特化したドワーフ族、高い身体能力と獣の特性ををもつ獣人族。など。
魔族
高い知性と魔力を誇る種族、人族とは表向き共存共栄を保っているが魔力に劣る人族を見下している。エルフほどではないが長命。繁殖力が低く人族より絶対数が少ない。
純血種が支配階級と混血種が一般市民となる。
魔族純血種には吸血鬼、悪魔、不死人などがいる。
……
「けっこう色々いるんだな。ファムみたいなダークエルフもエルフ族になるのか?それとも別?」
「ダークエルフ族はいないんだ…」
「え?居ないってどういう…」
ファムは寂しそうに言った。
「ダークエルフ族は滅びたんだよ」
「滅びた?」
「うん。元々この森にはボクらの村があったんだ。」
「シドが倒れていた大樹は『世界樹』っていうんだけど、ボクらダークエルフは魔獣を使役する事に長けていたから大樹の守り手として大樹と共に生きてきたんだ。」
「不死を与える大樹の力を巡って人族の国同士の大きな戦争があって、たくさんの人がトネリコの森に来たんだ。」
「ボクらは一生懸命戦ったけど人族の騎士団は強くて、たくさんの仲間が死んじゃった。」
「追い詰められたボクたちは大樹を守るためにダークエルフ族の秘術を使うことに決めたんだ。」
「秘術?」
「うん。『神樹結界』っていう禁呪魔法で魂を大樹に同調させて森を封印して強力な認識阻害と方向感覚を狂わせるものだった。」
「まさか…」
「そう、そのまさか。生き残ってた全員で発動させたんだ。今この森にある大きな木々はダークエルフの成れの果てだよ。」
「ボクはまだ小さかったからお父さんとお母さんが洞窟に逃げて隠れるように言った。」
「そして、森と大樹を守って滅びたんだ。」
言葉が出なかった…
ファムが背負ってきた宿命…
ファムが抱えてきた孤独感…
この小さな身体には重すぎる生き残りの重責。
「みんな居ないのは悲しいけど、ボクにはシルバが居るから寂しくないよ!今はシドもいるしね!」
ダークエルフ族最後の生き残りである少女は出会った時と同じようにカラカラと笑った…