第44話『洗礼と代償』
『王都センテナル』
およそ五百年前。最初の超越者の一人であった賢神メーティス・レムリアが建国した王国の首都にして、中央大陸最古の都市。
都市全体が丘陵地帯にある為、王城から階段状に城下町が広がっている。外から順に外周区画、低層区画、中層区画、高層区画と分かれており周囲を美しい運河と高い城壁で整然と区切られている姿は、まるで都市全体が一つの巨大な城のようだ。
シドとラビは謁見と叙任式を翌日に控え、王都を観光していた。
「シド様、シド様。共和国のメルカトスと辺境領カーテナ、そして王都センテナル。中央大陸の三大都市制覇ですね♪」
「ふむ、東京みたいなメルカトス、ロンドンみたいなカーテナ、宛ら此処はローマだな。いや、運河があるしベネチアか?」
「……??」
知らない都市名に耳が『?』マークのラビを他所にシドは手元の地図を見ていた。
「えーと、俺たちが今居るのが中層区画のここだから…この先を右だな。」
シド達の行き先は、センテナルの冒険者ギルドだ。そこは中央大陸だけでなく、全ての冒険者ギルドを束ねる『冒険者ギルド本部』であり、二人は滞在申請と自己証明の更新をする為に向かっていた。
「まさか、名前を変えなきゃならなくなるとはな…」
「ふふふ、貴族になる上での慣例ですし仕方ありません。変えると言っても、名字が増えるだけですからね。お決めになったんですか?」
「んー。まだ悩み中だよ。なんかないか?」
「ええ?!私に聞いてどうするんですか!名前を人に任せるだなんて!」
「いやあ…元々このシドって言うのもファムが付けた名前だしなぁ。(俺の本名は、この世界じゃ読みにくいらしいし…)」
「では…『グラディウス』は如何でしょう?パーティ名ではありますが、シド様を象徴する名だと思いますし。」
「なるほど。『シド・グラディウス』か。悪くないな!よし、これにしよう!ありがとな、ラビ。」
「お役に立てたようでよかったです。あ!シド様、見えてきましたよ。」
「あれか。さすがにデカいな。」
目的のギルド本部は石造りの堅牢な建物だった。
……
『冒険者ギルド本部』
世界中に支部を持つ世界最大の組織『冒険者ギルド』を束ねる総本部。基本機能は支部同様に登録冒険者の管理と教育、依頼のランク分けに受注と発行。そして本部として世界中の支部の管理運営である。またAランク以上の冒険者は全て本部に所属となり、世界中どこにいても『本部依頼』というものを受けられるようになる。
カラランッと、澄んだ扉の鐘を鳴らし二人は中に入っていった。
本部の建物は石造りの古い銀行を思わせる佇まいだ。一階正面にカウンターが並び、左側が依頼発行受注窓口と報酬の受け取り窓口、右側には各種登録申請窓口が並んでいる。
中は、沢山の冒険者で賑わっていた。正統派のハンター風な者、怪しい魔法使い風の者、フルプレートメイルを着込んだ騎士風の者など、様々な冒険者たちが思い思いに過ごしている。シド達が中に進むと一斉に周囲の視線が集まる。
「(新人か?てか、あれ兎人族じゃね?!)」
「(剣士と…あの亜人の武器はなんだ?弓か?)」
「(バカ。よく見ろ、あいつらの装備。)」
「(ああ、珍しい装備だな。専用武具か?)」
「(ほう?随分若いな。貴族のボンボンか?)」
「(まあ、本部の洗礼が見物だな。)」
「(早速、洗礼が始まったようだぞ?)」
恒例の品定めだ。それを無視して、シド達が登録手続きをするため、右側のカウンターに向かうと数人の冒険者が立ち塞がった。そして、リーダーらしき男が話しかけてくる。
「おい。お前ら見ない顔だな、どっから来た?」
「新人か?その割に良さげな物持ってるな。」
リーダー風の男の問いに仲間らしき男たちが乗っかってきた。
「随分いい女を連れてるじゃねーか。」
「俺たちが、色々教えてやろうか?へへ…」
「お嬢ちゃん。こんな弱そうな奴捨てて、俺たちのところに来いよ。なあ?ぎゃははは!」
『ブチッ』
「あちゃー…。」
隣から湧き上がる殺気を感じシドは苦笑いしながら頭をかく。確かに下品な奴らからラビを肉欲の目で見られる事があり不快だ。普段ならその場でシドが黙らせるが、今回は先にラビがキレたようだ。
「シド様が…弱そう?シド様を捨てろ……?」
下卑た笑い声を響かせ、矢継ぎ早に捲し立てる男達は目の前に現れた危険に気付いていないようだ。
「やれやれ…ダメだな。ラビ、俺は手続きしてくるから、この冒険者共の対応は任せる。いいか?」
「はい♪問題ありません。お任せ下さい♪」
「あ、ああ。程々にな…?」
ラビは満面の笑みで答えるが、目は全く笑っていない。つまり彼らは、このラビという兎の姿をした美しく獰猛な獣の怒りをこれから痛いほど知ることになると言う事だ。シドは立ち塞がる冒険者をかき分けカウンターに向かった。
「おやおや?かわいい女を身代わりにするたぁ、ひでぇ腰抜け野郎だなぁ?」
暇を持て余し野次馬になっていた周囲の冒険者たちもシドが逃げたと判断したのか、見慣れたテンプレイベントに興味を無くし、各々の席に戻っていく。
「おい、あんまり虐めるなよ。かわいい兎ちゃんが震えてるじゃねーか。なあ?」
確かに傍から見てもラビは震えていた。ただしそれは、『恐怖に』ではなく『怒りに』である事をまだ誰も気付いていない。
「まあ、いい。ここじゃなんだし、静かなとこに行こうぜ。なぁ兎ちゃん?」
「わかりました。」
「お?話がわかるねえ兎ちゃん。ギャハハハ!やっぱり強い奴の方がいいだろ?よし、お前らいくぞ。」
そうして男たちはラビを連れ、ギルド本部を出ていった。
「(あらあら、ただの腰抜けのボンボンか…)」
「(可哀想にな、あの亜人の娘。)」
「(まあ、話してる感じ仲間ってより従者っぽかったからな。)」
「全く好き勝手いいやがって…」
「あ、あの?大丈夫ですか?」
カウンターのギルド職員から声がかかる。
「あ?…ああ。大丈夫ですよ。滞在と更新の手続きを頼みたいんだけど、ここでいいのかな?」
「え…ええ。こちらで受け付けてますよ。」
「じゃあ、これ。手続きを頼むよ。必要な物は揃ってると思う。」
事前にキトルス候が用意してくれた申請書類を渡す。あとは名前の変更をするだけだ。
「あ、はい。お預かりします。では、自己証明の変更は、こちらに記入してください。」
「わかった。ええと、登録名変更…『シド・グラディウス』っと。これでよし。じゃあ、これもよろしく。」
「はい。では、確認と手続きをしますので、少々お待ちください。」
「わかった。」
受付嬢は書類を持って裏にいってしまった。手持ち無沙汰なシドは待つ間、辺りを見渡す。
「ラビのやつ。やりすぎてなきゃいいが…」
「それにしても、やっぱり本部ともなると結構人がいるなあ。」
「どこから来たんだい?」
背後から見知らぬ声がかけられシドが振り向くと、特徴的な耳と美しい薄緑の髪を持つ森妖精の青年が立っていた。
「ん?森妖精に知り合いはいないはずだが、どちら様かな?」
「ははっ!済まない。いきなり声をかけて驚かせたね。私はクラウス、クラウス・ヴェールと言う。君と同じ冒険者だ。」
「いや、謝る必要は無い。クラウスさんか、俺はシド、シド・グラディウスだ。で、何か用か?」
「いやいや、用って事じゃないよ。珍しそうに辺りを見てたからね。ちょっと気になっただけさ。」
「なるほどな、お上りさんだと思った訳か。まあ、俺たちは辺境領のカーテナから昨日着いたばかりだからな。」
「そうか、遠かっただろう?ところでお仲間は、さっきいた兎人族の彼女かな?素行の悪そうな者達に伴われてたようだが、大丈夫かな?」
さっきのやり取りを見ていた野次馬か…
「ああ。問題ない。アイツなら今頃…」
「し、し、シドさ、様!お待たせ致しました!どうぞこちらへ!!」
『アイツなら今頃、バカ相手に暴れてるだろ。』と言おうとした瞬間、血相を変えた受け付け嬢から慌ただしく名前を呼ばれた。
「あ…ああ。クラウスさん、済まない。またな。」
「ああ、もちろんだよ。ごゆっくり。」
クラウスはそう言い残しギルド本部から出ていった。そして、様子のおかしい受付嬢の対応に興味をもった野次馬たちが聞き耳をたてる。
「し、シド様。お待たせ致しました。まさか、A+ランクの方であり、王印を受けた方とは知らず失礼致しました!変更は全て受理致しましたので、ご確認ください。」
「「「(なっ!?A+だと!!?)」」」
聞き耳をたてる冒険者たちに戦慄が走る。まさか、腰抜けの新人かと思ってた相手が国に認められた最上級冒険者だとは…。そして、その仲間を連れ出した冒険者たちと共に彼らを軽視し、嘲笑していた自分達の事を思い出し、周囲からは掠れた悲鳴のような声が漏れる。
シドは周囲の反応を他所に話を進める。
「王印?なんだそれ?」
「は、はい!それは、シド様のランクであるA+は国家級戦力ですので、登録変更には国が保証する書類が必要になります。今回シド様に、お持ちいただきました申請書類と身分書類は、すべてここレムリア王国の国王陛下より直接身分を保証されているものとして王の印が捺されていましたので……」
「ふむ、なるほど。まあいいや。確認すればいいのか?」
「はい!間違いがなければ変更は完了となります。」
どれどれ…
『自己証明/変更内容』
登録名/シド・グラディウス
ランク/A+
クラス/剣聖
「おいおい…剣聖って。これはキトルス候だな、まったく…」
「な、何か不備がございましたか?!」
今にも泣きそうな顔で受け付け嬢が迫る。
「い、いや。大丈夫だ…と思う。手続きは以上かな?」
「は、はい!本日はご利用ありがとうございました!」
「あ、ああ。またよろしく…」
ガチガチに固まっている受付嬢に礼を言って席を立つと、周囲から向けられていた視線が一斉に散る。
「…ん?」
王都の冒険者は、いちいち忙しない奴らだな。まあいい、ラビの様子を見に行くか。
シドは、周囲の反応を無視してラビを探すため本部を後にした。そして、本部の中に残っていた冒険者たちは心から安堵したのだった…
「「「(た、た、助かったあああ!!)」」」
外に出たシドの前に馬車が扉を開けて止まっている。中から先程の森妖精の男クラウスが顔を出した。
「あ。あんたさっきの…」
「シド君、君の仲間の居場所は下層区画のようだ。乗っていくかい?」
「なぜわかる?」
「ははは。こう見えて顔が効くんだよ。別になんの魂胆もないが、どうする?」
「…わかった。案内してくれ。」
……
一方、ラビはというと…
「ひ、ひゃあうぅ……ご、ご…めんなさ……い…ゆ、許して……ぐぶぅ…」
「脆弱なゴミ虫風情が…シド様に対する暴言の数々……許される訳がないでしょう?馬鹿なんですか?自分達のした事の代償ですよ?」
ラビと連れ出した下品な冒険者たちは、人気のない下層区画にいた。そして冒険者たちはリーダー風の男以外全員、馬車道の轍に頭から下が『地中に埋まって』いた。
下層区画に連れて来られたラビに性欲を隠すことなく襲いかかった男たちは、ラビの怒りを知る。天命の危機を感じる程ぶちのめされた男たちはその後、更なる地獄を見る事になる。リーダー風の男以外は土魔法で馬車道の轍に沿って首まで埋められ、リーダー風の男がラビから苛烈な怒りの攻めを受ける様を見せ付けられる事になった。
「た、たしゅけ…て。」
「ば、馬車き…ちゃいあす……」
「このま…まじゃ、ひ、轢かれりゅ……」
「ゴミ虫風情が言葉を使うなんて、生意気ですよ?そろそろゴミ収集の馬車が来るので、そこで静かに待ちなさい。」
まるで、虫けらを見るような冷たい視線と殺気をぶつけられ埋められた男たちは震え上がる。
「「「ひ、ひいぃぃぃ!!!」」」
「さて、ゴミ虫のリーダーであるあなたには…あら?泣いているの?汚いですね。」
「ぐ、ぐぶぅ…ゆ、許して……うっうぅ…ぐっ!?いぎゃあああ!!」
激しい痛みに芋虫のように身を捩らせ、泣きながら許しを懇願するリーダー風の男の耳が勢いよく踏み潰され、更に強力な蹴りが何度も飛んでくる。
「この!(ぐぶぅ!)ゴミ虫風情が!(ぎゃあ!)私の!(げふっ!)愛する!(ぐぼぁ!)シド様に!(もう…ダメ)暴言を!(し、死ぬ…)吐くなんて!(しんじゃうぅぅ!)」
徹底的にぶちのめされ最早、顔の原型を留めていないボロ切れのようになったリーダー風の男は、正に虫の息である。
「はぁはぁはぁ。大体、シド様も優しすぎなんです…。こんなゴミ虫たちを生かしておくなんて……あら?ゴミ収集の馬車かしら?」
馬車道を走る車輪の音が近づいてくる。埋められた男たちは死の迫る音に娘のような悲鳴をあげた。
「「「き、きゃあぁぁぁ!いやあぁぁぁ!」」」
男たちの頭が踏み潰される直前で、馬車は停止した。そして、一人の男が降りてきた…
「はぁ…やっぱりこうなるよな…。お前らもこれに懲りたら二度と俺たちに絡むなよ?わかったか?」
そこに立って居たのはシドだった。埋められた男たちは壊れた玩具のように激しく首を縦に振る。
「ラビ!その辺にしてやれ!行くぞ!」
「シド様!!私の事を心配してくださったんですか?!」
ラビはボロ切れのようなリーダー風の男を蹴りつけるのを止め、何事もなかったような満面の笑顔でシドの元へ駆けてくる。
「あ、ああ…。(あのボロ切れみたいなのは、リーダーの男か?!い、生きてるよ…な?)」
シドは、決してラビを怒らせないようにしようと心の中で堅く誓ったのであった。
……
そんな王都から遠く離れたレムリア王国の北部国境検問所の上空を抜ける飛行船に乗る一団がいた。
「あら、暖かくなったわね。どうやら国境抜けたみたいね…あとどれ位なのかしら。」
「王国は雪も降らないしね。まあ、航空街道だから王都に着くのは三時間くらいかな。」
「…航空街道。共和国と王国と神聖国の三国を結ぶ飛行船の航路。とても便利。」
そして、この一団の到来でシドの旅は新たな転換期を迎える事になる……




