第42話『進級試験』
アストルム神聖国家連合国の首都に位置する『聖都アストルム』は、都市の周囲を針葉樹の森林が取り囲むように広がっている。
その森の一角には、氷点下の森の中、白氷舞う景色に似つかわしくない近代的な円錐形の建物があった。
ここは、『アストルム魔法技術研究所』。通称『魔技研』である。
施設の外観は神聖な雰囲気の都市部とは異なり窓や装飾類は全くない。アストルム神聖国領内の針葉樹林を開墾し作られた、巨大な研究施設である。その中にある、体育館程の空間に揃いの制服を着た集団がいた。
「では、これより『進級試験』を始める!成績下位から順に並んでるな?それぞれ選択申請した列にいるか、試験内容に間違いないかを確認するように!」
「「「はい!」」」
今日は、学園が年度末に行う最重要イベント『進級試験』の日だ。エクレシア学園の生徒であるカレンたちも参加している。神聖国の学校システムは至極シンプルだ。月に一度ある試験を十回以上クリアすると年1回行われる進級試験に参加でき、進級試験を受けられる権利を得る。しかし、月毎の試験のクリア数が十回以下ならその時点で退学処分。そして進級試験でも結果が基準点以下なら留年となる。
特にエクレシア学園は月毎試験の難易度と要求される基準点が高く、毎年三分の一が留年または退学処分になるほどの難関である。
生徒にとっては自身の人生、そして未来を決める事になる一大行事だ。
各部門でそれぞれ『魔法学』ではクロエが、『魔法実技』ではアルメラが、『魔法戦闘術』ではカレンが首席を保持している。
そして、試験内容はそれぞれ趣きが異なる。
『魔法学』は、事前の論文提出と当日は理論実演となり、論文に書いた理論を実際に試験官に説明し実演、その結果を評価される。
『魔法実技』は、攻撃と防御魔法の魔法の威力測定、精度と効果の検証を受け、実用性と応用性を試験官に評価される。
『魔法戦闘術』は、その名の通り参加者で魔法と物理攻撃を駆使して様々な課題を行っていき、最終的に獲得した点数で評価される。
成績下位から順に試験が行われ、カレンたち三人は昨年の結果が首席の為、それぞれの列の最後尾にいた。
「長い…わね。」
「…カレン。それは首席の宿命。あきらめて。」
「ちょっと、やめなさいよ。周りから敵視貯めてどうするのよ!」
アルメラが言うように、周りの生徒からはピリピリした空気と視線を感じる。
「でも、『魔法戦闘術』組は相変わらず男だらけね。まあ、少ないから早く終わるのは羨ましいけど。それに比べて『魔法学』は毎回、何でこんなにいるのかしらね?」
「…アルメラ。魔法はそもそも神秘を探究する学問。学園は学者志望も多いから仕方ない。」
「アルメラのとこだって、いつも女の子ばかりじゃない。まあ、魔法使いに女の子が多いのは分かるけど。」
「そうね。じゃあ、前衛の戦士をカレンがやって、後方支援をクロエ。私は華麗に攻撃魔法を撃てばパーティ組めるわね。」
「ふむ、二人と冒険か…楽しそうね!」
「…二人となら。組んでもいい。」
「じゃあパーティの名前決めなきゃ。カレンとクロエは何か候補ある?」
「急に言われても思いつかないよ…」
「…なかなか難しい。終わったら考えよう。」
「そうね、これで今日の試験に『落ちた』ら本当にパーティ組んで生活も有り得るわね。」
周囲が『落ちた』という単語にザワつく。
「ばか!それ禁句!」
「え?」
「こら!そこ!私語は慎め!!」
見かねた教師から激が飛ぶ。
「「はーい。」」
素直に反省する三人の前には、まだ列が半分程残っていた。
……
「では、最終組の者は前へ。」
「「「「はい!」」」」
ついに、最終組であるカレンたちの番がやってきた。首席とはいえ油断は出来ない、不甲斐ない結果は、そのまま試験の結果に繋がるからだ。
「では、次。キャサリン・フォン・キトルス。先にすすめ。健闘を期待する。」
「はい!」
カレンの魔法戦闘術の試験が始まる。この試験は空間魔法を使い作られた試験用迷宮を使い、様々な罠や障害物が配置されている迷宮を踏破するというものだ。一見ただの障害物競走のようだが、罠や障害物の他に低位の魔獣も配置されており、迷宮内は直径十キロと広い為、準備を怠れば簡単に迷子になる。無論、時間制限があるので、迷子や脱出不能と判断されれば失格となる。
「さて、今年はどんな所かな。また、ネバネバとかヌルヌルは嫌だなぁ…」
カレンは、準備を始めながら昨年の試験を振り返る。昨年の試験迷宮にあった罠の一つに粘度の高いスライムが無限増殖するものがあり、絡みつかれると色んな隙間に侵入してくるスライム罠はカレンのトラウマだ。踏破した時には全身スライムまみれになり、試験後帰寮してお風呂で下着の中に蠢くスライムを発見した時は大騒ぎだった。
「今年はいませんように!『探索』『罠看破』『第六感』」
カレンが慣れた具合に探索系魔法を使い歩を進める。
「今回の課題はっと。」
《魔法戦闘術 進級試験 課題一覧》
・罠解除
魔法を使い罠を解除する。道具や能力の使用は不可。
・戦闘
迷宮内に配置されている魔獣を適切な属性魔法を使い七体倒す。属性が付与された武器の使用も可能。
・探索
迷宮内に配置されている宝箱を見つけ、中に納められている証を三つ集める。証を揃えると出口の扉が開く。
「内容は変わらないのね。ダミーの宝箱には注意しなきゃ…。」
昨年のスライムまみれにされた経験が思い出される。最後の宝箱でダミーに当たりスライムのヌルヌル地獄は悲惨だった。
「今年はスパッツ履いて対策してあるけど、油断は禁物ね。」
注意深く警戒しつつ、カレンは迷宮を進んで行った。
……
同じ頃、アルメラとクロエもそれぞれ試験に望んでいた。
「次、アルメラ・カーラベイン。前へ!」
「はーい。」
アルメラの試験内容は魔法の威力と精度や効果範囲などを項目別に使用し、測定した合計ポイントで判定されるものだ。
「カレンたちも始まるみたいね。あの子たちなら首席取ってくるだろうし、私も負けてられないわね…」
「アルメラ・カーラベイン、始めまーす!」
アルメラは宣言と共に詠唱を開始する。
「私のかわいい子供達!出てきなさい!『精霊召喚』」
アルメラの得意とする魔法は『召喚』だ。今や失われつつある魔法の一つだが、アルメラの故郷である小国の王家に伝わる魔法体系であり、その系譜たるアルメラは、若くして四大精霊と契約し、歴代でも最強クラスの召喚魔法使いと呼ばれていた。
そんなアルメラが召喚したのは、可愛らしい小狐だった。九本の炎の尻尾とルビーのような美しい眼をもつ炎の精霊の一種である『クラマ』である。
「さあ、クラマ。あなたの力を見せてやりなさい!」
「クォーン!」
クラマは一鳴きし、力を解放する。九本の尻尾が輝き灼熱の大きく開けた口から火球が放たれた…
……
そして、クロエも同じく試験に臨む。
「…私の研究。磁力魔法の理論はこれで証明された。」
「よろしい、さすがだな、クロエ・ヴェール。では、実証結果をみせてくれ。」
「…わかった。準備する。」
クロエが受けている試験『魔法学』は座学として歴史や知識を学ぶものだが、本来の目的は魔法の新しい体系の研究や既存魔法の最適化はもちろん、魔法というもの自体を学術的に解明する為の分野だ。
クロエが今回研究テーマにしたのは近年開発が進んでいる新しい体系の一つ、『磁力』である。
森妖精族であるクロエの故郷ベスティア共和国が誇る魔科学研究所で開発された『磁力魔法』は磁場の引力と斥力を利用した魔法だ。斥力は磁気を付与された物体を斥力の反発力で射出したり、重量物の運搬などで使われている。逆に引力は物体を連結固定したり、土魔法と組み合わせて引き寄せる力により地中にある金属を採取したりと、戦闘から工業、生活に至るまで様々な可能性のある分野だ。
液体金属は形態を変化させながら、やがて球体へと収束し完成を見る。そしてクロエの研究結果が姿を現した。
「…まずは、『双極磁場展開』。次は、人造魔石と『液体金属』を融合。」
クロエの周囲に磁場が発生し、人造魔石を取り込んだ液体金属がうねうねと動き出す。
「…完成。『双極天球』」
黒と白、二色の鉄球状の物体がクロエの周りに出現した。守るように周囲を回転し始める。
「…『天極・磁力浮遊』。」
クロエが小さくつぶやくと同時に身体が浮かび上がる。白い球から斥力を地面に向け発生させて浮遊したのだ。
「…『地極・重力変化』。」
次に黒い球がクロエの周囲を高速回転し始め、少し離れた位置にあった訓練用の人形に向かって飛ぶ。
「…潰れて。『超重力』。」
クロエは、放たれた黒い球を人形の真上で止め、黒い球の引力を使う。そうして局地的に凄まじい重力を発生させた瞬間、ズンッと空間が響き、人形が一瞬で潰れた。
突然の衝撃音に周囲が沈黙する。
「なっ?!そ、そこまで!」
「…まだ。全部やってない。」
「り、理論実演は十分だ!浮遊を可能にする事と、威力も理論通り証明された。」
「…わかった。」
やや物足りないクロエが周囲に浮かぶ球の魔法を解除すると、試験官たちがホッとした顔をした気がした。
……
アルメラとクロエが試験に挑んでいた頃、カレンは最後の課題である魔獣と戦っていた。
「よし、これで、最後の一匹ね。今回は汚れないで済みそうでよかった…。」
そんな、カレンの目の前には巨大な蜥蜴が立ち塞がっている。黒く硬質な黒曜石の鱗に覆われた体に、強力な麻痺毒を持つ真っ青な長い舌が特徴的な『黒蜥蜴』だ。
カレンは、黒蜥蜴を観察していた。体長は三メートル程だが、舌は一メートル以上ある歪な蜥蜴。最大の特徴は体液に含まれる強力な麻痺毒だ。唾液や血液に触れると数秒で全身が麻痺してしまう。
「麻痺か…最後にこれは、なかなか面倒ね。」
カレンは、そう言うと細剣を構える。黒蜥蜴は麻痺も厄介だが、体を覆う鱗の防御力の高さが難点だ。恐らくそのままでは、細剣は貫通しないだろう。カレンは構える細剣を握り直し、一気に攻める。
「要は、体液と血を浴びなきゃいいんでしょ?なら…」
細剣を大きく引き、黒蜥蜴の喉元に狙いを定めるカレンに真っ青な舌が鞭の如く振るわれる。
「『雷属性化』!」
「穿て!『雷光閃』
舌の乱打を躱したカレンは、雷属性化の魔法をかけ、細剣の剣技を黒蜥蜴の喉元に叩き込んだ。
黒蜥蜴の硬質な鱗を見事貫通した細剣から強力な電流が流れ込み、黒蜥蜴が悶絶する。
「相手を麻痺に出来るのは、あなただけじゃないのよ!」
そうして、進級試験は大詰めに差し掛かる…




