第3話『シドとファム』
「また会えるか?」
夢の中で再会したカレンからその返事を聞けぬまま、覚醒した意識は五感を取り戻していく。
最初は嗅覚、湿った空気の匂いがする。雨上がりのアスファルトの匂いに似てるが土の匂いがやや勝る。
次に触覚、頭が重い…身体はまだ動かないみたいだな…
さらに聴覚、少し肌寒い。風の流れる音や木々のざわめきが聞こえている。
そして味覚、口の中がざらつく…これは血の味か?胸を貫かれた時に吐血でもしたのかもしれないな……夢じゃないんだな…
最後に視覚がもどると同時に目をあけた。
…が真っ暗で息苦しい。何かがのしかかるように顔にかかる圧力が増す。
何かが寝ている俺の顔に押し付けられているようだ。
「く、苦しい……」
い、息が……
次の瞬間、急に視界が晴れた。
「ぷはっ?!」
「あ!ごめん!苦しかった?!」
「な、なん……だ?」
ぼやける視界の中に慌てたように立ち上がる人影が映る。徐々に鮮明さを増した俺の目の前には一人の女の子が立っていた。褐色の肌に特徴的な耳。これって…
「大丈夫?よかったー、死んじゃうかと思ったよー」
そう言いながらカラカラと笑う少女。
エルフ……?ってやつか?でも、この顔は…
「…?」
不思議そうに首を傾げているエルフのような女の子。
「鍔沙…?」
……
どうやらここは森の中にある洞窟らしい。
カレンに転移された俺は血まみれで森の中に倒れていたそうだ。彼女は住処の洞窟に運び込み治療と世話をしてくれたようだ。
「そうだったのか。ありがとう。」
「自己紹介が遅れてすまない。俺は士道 村正だ。」
「シドームラマサ?変わった名前だねー。ボクはファム・ファタル!ファムってよんでよ!」
ファムと名乗る少女は次々と質問をしてくる。
「シドームラマサか…んー、長いしシドって呼ぶね!」
「シドは人族だよね?何でトネリコの森の中にいたの?」
「この辺りは魔獣も強いし、危ないのに。よく生きてたよ!襲われたの?見つけた時は驚いたよー!」
「死にかけてたみたいだから、回復魔法かけたけど効かないからたまたま満月で実があったから大樹の実を食べさせて連れて来たんだー」
「あ、大樹の実は魂を呼び戻して不死属性を与える実の事なんだけど、死ぬよりはいいよね?」
「あと、服は血だらけだったから勝手に着替えさせたけど、大丈夫まだなにもしてないよ!」
「あ、ああ…ありがとう。」
さらっと凄い事を言わなかったか?
『不死属性』ってどういうことだ?
「なあ、不死属性ってなんだ?」
「そのままの意味だよ。死なない。まあ不死って言っても消滅したり、溶けたりすると死んじゃうらしいから気を付けてね!」
「亡者みたいな感じか?」
「いやいや、生きてるよ!」
ファムはカラカラと笑う。
「んー、簡単に言うと、体の一部さえあれば再生して元通りになるって事だねー」
「それ…生きてるっていうの…か?」
「まあ、死んじゃうよりはマシでしょ?」
「そう…だな」
大樹の実の効果については言い伝えで知っているもの以外ファムも詳しくは知らず、回復魔法かけたけど効かないから使ってみたら効果があった。との事だった。
「ここはどこなんだ?」
「トネリコの森だよ?人族は世界樹の森って呼ぶね。」
「トネリコ…世界樹…やっぱり夢じゃないんだな。」
「夢?あ!そうだ!シド!」
「ん?」
「ツバサって誰?最初にボクを見てそう呼んだよね?」
「あ、ああ…弟だよ。その…弟に顔と雰囲気が似てたから、つい…な」
ファムの顔に驚愕の色が浮かぶ。
「弟?!ボクを男と間違えたの?ひどいよ!」
頬を膨らませて抗議するファム。
確かによく見れば違うと分かる。黒目がちな大きな瞳、艶のある唇。顔付きこそ鍔沙そっくりだが。褐色の肌に尖った耳、美しい銀髪は腰まで伸び、革製のぴったりした服を着ているせいか身体のラインがよく分かる。小柄な体には持て余し気味なサイズの胸が目立つがスラッとした腰から柔らかそうな丸みのお尻、しなやかに伸びる足。なんというか……
「あー!エッチな目でみてるなー?」
「え?あ、いや」
「仕方ない…いいよ。男の人なら仕方ないよね
…お父さん、お母さん。ファムは穢されてしまいます。ごめんなさい。」
「よし!いいよ!さあ!肉欲の限りを尽くすがいい!」
そう高らかに宣言したファムは上着に手をかける。
「おい!ちょっと待ってくれ!何でそうなるんだよ!」
「そんなつもりはないし。助けてくれた恩人に肉欲の限りをつくしてどうするんだよ!」
「…そっか。ならボクが頑張るね!初めてだけど知識はあるから任せて!」
「いやいやいやいや…」
「何でそうなる!わっ!ちょっと待ってって!」
手をぐるぐる回しながら突進してきたファムの頭を片手で抑えてとめる。
「やれやれ…」
……
ファムを宥め、今度は俺から質問をはじめた。
「つまり、ここは魔法が発達した世界で俺たちが居るのはトネリコの森と呼ばれるところでファムはダークエルフって種族。」
「うんうん」
「近くに人族の村はなく、人族の住むレムリア王国領の一番近い街までは歩くと3日くらい、と」
「うんうん」
「ところでファム、魔法ってファムも使えるのか?」
「当たり前じゃん!こう見えてボクは強いんだよ!」
「見せてあげるよ!ついてきて!」
ファムに連れられ洞窟の外に出る。
「おお……」
そこはとてつもなく大きな木々が生い茂り、枝の隙間から漏れる木漏れ日が暖かい森が広がっていた。
「あ、ちょうどいい獲物がいるね!」
そう言いながらファムが向かった先にいたのは、2トントラックほどの大きな豚だ…多分。
頭は二つ、足は六本てことを除けば…だが。
「豚…だよな?」
「うん、ワイルドボアっていう魔獣。おいしいよー!」
「シド!焼き加減はどうするー?」
「え?ああ、じゃあミディアムで…」
「はーい!」
元気な返事とともにファムの魔法講座が始まった。
『狼眷属!』
ファムの影が広がりその中から影色の狼が三体現れた。
狼たちはワイルドボアに襲いかかる。
一体がワイルドボアの影に溶け込むと影が獲物の足にまとわりつく、動きを止められたワイルドボアを左右から二体が噛み付き一瞬で引き摺り倒す。
「うんうん、よく出来ました!えらいえらい!」
犬の芸を褒めるようにファムは身動きの取れないワイルドボアに近づいていく。
「お客様はミディアムをご所望です。」
「グブゥゥ……」
ワイルドボアはファムを威嚇するが身動きを封じられどうすることもできない。
「美味しく料理してあげるからね♪」
『影斬』
影が鎌のように伸び、ワイルドボアを一瞬で解体する。首を落とし、胴体を真っ二つ、落ちた頭と内臓は影に飲み込まれた。
「すごいな……」
感嘆の声が漏れる。
「あはは!まだまだ行くよー!」
『獄炎』
名前の割に小さな火の玉が現れた。
ユラユラとワイルドボアだった肉塊に近づく火の玉が触れた瞬間。
ドゴォォオォォォォーーー!!
凶悪な姿の巨大な炎が獲物を包みこんだ。
「はい!上手に焼けましたー!」
こんがりと半身焼きにされたワイルドボアが出来上がった。
……