第37話『王国最強の証明 後編』
逆転したかに見えたビビアンの退場により、一部の者を除き『聖剣の誓い』優勢と見ていた観客たちから驚きの声が溢れる。
「き、キトルス候!何ですか?!今のは!!」
「まったくだ。魔法を切ったというのも驚いたが、あんな魔法は私も見た事がないですぞ!」
「まさか、あの『聖剣の誓い』の魔女があのような姿を晒し負けるとは…」
「あのラビという冒険者の身のこなしと弓も並ではなかったが、今の凄まじい魔法を使ったシドという男は剣士なのだろう?」
「もしや剣士と触れ込み、実際は魔法で戦うタイプなのかも知れませんな。」
「そんな事より、あの『グラディウス』という二人は本気ではないようだ。全くなんという力だ。」
皆、口々に感嘆と畏怖を語り観覧席は騒然となる。それもそのはず、彼らは『グラディウス』の存在をさっき知ったばかり。辺境伯が認める冒険者パーティとは聞いたが、よもや『聖剣の誓い』の一角が圧倒されるなど、予想すらしていなかったのだから。
辺境伯にその喧騒は届かない。目の前で初めて自身の目で見たシドたちの力の一端に心奪われていたからだ。確かに王国の脅威に成りうると考えていたし、それでも自分ならコントロール出来ると思っていた。ジルニトラから彼らの力量については聞いていたが、これは自身の予想の遥か上を行く力だ。
「はっはっはっ!素晴らしい!なんという力だ!この城の魔法障壁は、王城に施されているものと同じものだ。無論、そこの地面に至っても然り。それをいとも容易く貫くか!」
「シド殿、そこにいるアルディン殿は昨年の武闘大会の優勝者であり、剣技において王国最強と知られた剣士だ。だが、シド殿の力の本質も剣によるものなのだろう?」
「見せてくれ!未だ底の知れぬ、力の深淵を!!」
辺境伯は興奮していた。口端に泡を作り、目の前に存在する力の本質を見たいという欲望を隠すことも無く、ただただ子供のように。
……
一人状況の読めないシドは首を傾げる。
キトルス候はなんであんなに興奮してるんだ?まあ、『神焔』は威力も高いけど見た目が派手だからな。線香花火しか見た事ない人間が一尺花火を見れば驚くようなもんかな?
とりあえず、ラビに暴言を吐いた魔法使いは片付いたし、次が本命だな。
シドは柱に隠れる男に再び声をかける。
「だ、そうだ。アルディン。キトルス候たちを待たせては申し訳ない。そろそろ始めようか。」
声をかけられた男、アルディンは目の前で起きた事に混乱していた。
なんだ今の魔法は?ビビアンがあのラビとかいう兎人族に翻弄されたが最終的に優勢だったはずだ。さすがに殺しては不味いとは思うが、ビビアンの『獄炎』は、うちのパーティの最強火力だぞ?それを『空間転移』みたいな速度で割って入り、剣で斬り分けただと?有り得ないだろ!?唯の無名なルーキーじゃないのかアイツ。辺境伯や他の貴族も驚いてる。何がどうなってるんだ??
混乱する思考にジルニトラの声が届く。
「アルディン殿、棄権されますか?これは、公式な試合ではありませんし、旦那様をはじめ、皆様は続行をご希望ですが決めるのは御自身です。」
アルディンに聞こえたジルニトラの言葉は『無理はするな』という優しさが含まれていた。そして、それはアルディンたちの敗北を意味する。だが、混乱は更なる悪手をアルディンに切らせる。
この執事は何を言っている?それでは我ら『聖剣の誓い』が多くの王国貴族たちの前で無様を晒すだけではないか。冒険者は信用が重要だ。強いと信用があるから高額な仕事がくる。強いから多少の事は許される。しかし、弱いなら全てを失ってしまう。そんなことはプライドが許さない。
「い、いや。済まない。続けよう。それにしても大した魔法だな。実は高名な魔法使いだったのか?」
ようやく登場したアルディンに、シドは相変わらず平然と受け答えする。
「いや、俺は剣士だよ。正直、魔法は得意じゃないんだ。さっきのもコントロールが難しくてな、当たらないでよかった。」
「そ、そうか。まあ、論より証拠と君も言っていたな。では、正々堂々と剣技で見せて貰うとしよう。」
アルディンの愚鈍な思考が行き着いた答え。確かに魔法を斬る腕は驚きだが、剣技だけなら自分に分があるはずだ。家が建つほど高価な装備と武闘大会を制覇した剣技は伊達ではない。魔法はかなりのものだが、剣技に絞れば恐るるに足らん!
そして、アルディンの切った悪手は更なる悪手を切らせる。それが踏んではならない眠る獅子の尾と知らず……
「ただ剣技を競っても味がない。どうだろう?賭けをしないか?」
「賭け?何を賭けるんだ?」
アルディンはシドの後ろに控えるラビに意識を向ける。美形の多い亜人の中でも兎人族は森妖精に並ぶ美しい種族だ。アルディンは騎士然とした見た目とはかけ離れた性癖を持っている。それは美しい女、特に亜人を屈服させ、泣き叫ぶ女を犯すことに興奮するというサディスティックなものだった。
「そうだな…君の連れの彼女。その彼女を一晩借り受けよう。私はこの剣を賭ける、これは数々の魔獣を屠った魔法剣だ。家が建つほど高価なものだ。どうかな?」
「……なんだと?勝ったらラビを貸せと言ったのか?お前は俺の仲間を娼婦呼ばわりしたのか……?」
シドの魔力がドス黒い波動となり溢れ出す。危険を察知したジルニトラが動く前にシドが制止する。
「ジルさん。悪いな、ラビを連れて下がってくれ。」
「シド殿、彼は混乱から正常な思考ではない。暴言については旦那様から厳しい咎めがなされるだろう。これは手合わせの試合だという事を忘れてはいけない。」
もはや、シドは激情を抑えない。それは仲間のラビと初めて会った日を彷彿させる程の怒り。それを悟ったジルニトラは全力で中庭全体に結界を張る。
「ジルさん、安心してくれ。誰も殺しはしない、ただ知ってもらうだけだ。すぐ終わる。」
「わかりました。ラビ殿参りましょう。」
「シド様…私の事なら大丈夫ですよ。シド様が負ける訳ないですから!」
「ラビ…済まない。俺がもっと毅然としていればよかったんだ。曖昧な対応をしてきたせいで、お前まで軽く見られることになるとは考えてなかったよ。ゴメンな。」
そう、俺の失態だ。必要以上に力を見せず、なるべく静かに行動しようとした結果、ラビを傷つける事になってるんだ。
「シド様…」
ジルニトラに伴われラビが場外に下がる。
そして、アルディンの仲間たちも変わらず場外に居た。
「待たせたな、アルディン…賭けは成立だ。始めようか。」
シドは抜刀し獲物を睥睨する。
「二刀流か…構えも何も無いな。自己流か?相変わらず生意気な目をするな君は。まあいい。剣士の戦い方を教えてやろう。」
アルディンの思考を止めた頭は気付いていなかった。目の前にいる男がとる構えがまさか自分の知らない世界の剣技の型で、それを極めた剣士であることに…
そして、シドは冷たく言い放つ。
「御託はいい。かかってこい。殺さん程度に加減はしてやるよ。」
……
アルディンの仲間たちは離れた位置から様子を伺っていた。会話は聞こえないが、どうやらアルディンの挑発が効いたようだった。
ビビアンが負けたのは驚いたが、油断してたんだろう。見てられない姿になっていたが、精神魔法か何かを喰らったんだろう。
残るは、あの黒いコートの若造だ。凄まじい魔法を使うが、剣技ならアルディンに敗北はない。あいつは性格が曲がっているが、剣士としては超一流だ。使う能力も剣士には天敵となるものだからな。剣であいつに勝てるやつは居ない。
まったく、数で潰せばいいのに無駄に騎士っぽい戦い方が好きだからなアルディンは。
そして、そんな呑気な彼らの前で戦いの火蓋が切られる。
……
「では、生意気な後輩に教えてやろう。剣士の戦い方をな!『肉体強化』、『影渡』、『能力強化』、いくぞ!」
筋力と移動速度を強化し、高速移動を可能にしたアルディンが迫る。
シドはただ一言。
「『絶剣領域』。」
シドの周りに様々な型の無数の光の剣が舞う。それを見た突進するアルディンは瞬時にシドの死角に回り込み斬りかかった…が。
ガギンッ!!
死角であるはずの背後からの一撃は光の剣にあっさり止められる。
「な…にっ?!」
シドはアルディンを見てもいない。ただ立っていた。抜かれた二刀は動いてすらいない。
切り替えてアルディンは連撃を見舞う。
ガギギギギンッ!!!!
光の剣は全て防ぎアルディンの剣はシドに届かない。
「くそっ!なんだこれは?剣技で戦うんじゃないのか!」
当然のようにシドは答えた。
「剣技だぞ?まあ、試験みたいなものだ。この光剣の結界すら越えれんなら俺が剣を振るうまでもないということだ。」
「舐めるな!『魔法剣開放』!すべて叩き折ってやる!!」
アルディンの魔法剣に込められた魔力は『武器破壊』。高速で振動し触れた相手の武器を破壊することが出来る。打ち合えばどんなに強固な、それこそアルディンの持つ剣より硬い超金属製の剣でもない限り無事では済まない。アルディンが剣士の天敵と言われる由縁の能力だ。
そして、再び連撃を放つアルディン。魔力から生まれた光の剣は物質としての質量を持たないが魔力による超振動は魔力制御を乱し光の剣を霧散させた。
「ほう?高周波ブレードか。振動で切るのか。面白いものを使うんだな。」
「わかったところで遅い!」
アルディンの剣がシドに襲いかかる。
「さすがAランク。といいたいところだが…」
ギンッ!
シドは七星刀で受ける止めた。
「ははっ!受けたな?砕けろ!!」
アルディンの剣が魔力による高周波を帯びる…が、七星刀に変化はない。
むしろ、アルディンの剣の振動が鈍くなっていく。まるで電池が切れるように…
「なぜだ?何をした?!」
「はあ…。こんな事も見抜けないで、よくAランクになれたな。お前の剣の正体は、高速振動、高周波を魔力で生成して高速で振動させ切断性を高めてるんだろ?」
「対して俺の刀は、『属性変換』だ。触れる全ての属性を刀に付与できる。自分の魔力だろうが、相手の魔力だろうがな。つまりお前の剣の魔力を喰って同属性になるって事だな。意味わかるか?」
「つまり、こういう事だ。」
不意にアルディンの剣を受けていたシドの七星刀が振り抜かれた…
「うぉっ!?」
あまりにも不意に力を込めていたアルディンは手から重みが消えた事に驚き思わずつんのめる……
ドサッ!…カラン…カランカラン……
「…え?」
アルディンの後方で何か硬質なモノが落ちて派手に音をたてる…。それは、アルディンのの切断された剣先と……
「なっ!?…………え?…え?」
まるで、会場内の時間が止まったかのような静寂が訪れる。
……
……剣の柄を握る手だった。剣諸共切断された手首が先が鮮やかな赤と白の断面を晒している。
「ぎ、ぎぃゃやぁぁぁぁあああああ!!!!」
自らの剣を握る手ごと切断されたアルディンの喉が割れんばかりの絶叫が谺響する。
同時にあまりの一瞬の出来事に、観覧していた者たちの静止したような沈黙が再び動き出した…
「ひぃっ!」
「なんと……。」
あまりにも凄惨な状況を理解し観覧席に動揺が走る。
「アルディン!!」
「なんてことを……」
「くそっ!貴様ぁぁあ!!」
見ていたアルディンの仲間たちは、絶叫するアルディンに駆け寄る。
「あああ…ああ。手が…。俺の手が……。俺の…」
しかし、シドは無表情なまま、絶叫しながら崩れ落ちるアルディンと駆け寄ってきたその仲間たちを見下ろす。
「貴様!なんてことをしてくれた!許される事ではないぞ!!このままじゃ済まさねぇ!!」
仲間の戦士から殺気を含む怒声が飛ぶ。
「…何か勘違いしてないか?」
「なにぃ?」
「くそっ!血が止まらない!!」
「こんな事してただで済むと思うなよ!!」
そして、シドは治癒魔法使いと医師を連れ駆け寄るジルニトラを一瞥し、目の前で吠えるアルディンの仲間たちに向き直りドス黒い殺気を隠すこと無く冷淡に語る。
「先に言っておくが、『このくらい』で許されると思うなよ?お前たちは俺の仲間を侮辱した。言ったはずだぞ?代償は払わせる、と。」
「アルディン…。降参も気絶もしてないなら続けるぞ。残りの代償はどの部分で払うんだ?腕か?足か?選べ。」
「ひっ!ひいぃぃぃぁあ!!」
両手の手首から先を失い、半狂乱のアルディンは抱える仲間たちを振り解いて、踠き逃げようと暴れる。
「逃がすと思うか?ラビを傷つけた罰だ。絶望を知れ…『絶剣領域』!」
再び光の剣が舞う、先程とは比べ物にならない程の無数の光の剣がシドの周囲を舞い飛ぶ。
「ひいぃ!いやぃぃぁあ!!」
そして、アルディンの絶叫の中、光の剣は『聖剣の誓い』に襲いかかった…
「そこまで!!」
アルディンと仲間たちに光の剣が斬りかかる刹那。割って入ったジルニトラがアルディンたちに防御結界を張り、決着を宣言する。
「シド殿、ここまでです。剣をおさめてください。勝負はあなたたち『グラディウス』の勝利です。」
「……わかりました。」
ジルニトラはアルディンたちを見遣り無事を確認する。
「あなた方も異論はありませんね?アルディン殿、今回のあなた方のシド殿たちに対する侮辱と卑劣さの数々は傍で私も聞いていたが、本来殺されても仕方のないものだ。相手の力量も測れずに何がAランクパーティか。生きてるだけで感謝なさい。」
シドは剣をおさめ、アルディンたちに視線を向ける。
「くっ…だからって、ここまでする必要はなかっただろ……くそっ!わかったよ!」
苦虫を噛み潰したような顔で渋々斧使いの戦士たちが同意する…
だが、アルディンには聞こえていない。
「手……俺の手…ああ…俺の手が……」
シドは壊れた男を見下ろし宣言する。
「これに懲りたら二度と俺の仲間を侮辱したりするな。理解したか?次は命で払わせる。」
「ラビ!」
「はいシド様。」
「気に食わないだろうが、アルベドの力で手を治してやれ。」
「はい。畏まりました。」
ラビは切断された手首を抱えるアルディンの元へ向かった。
「な、何する気だ!?」
ラビは警戒する仲間たちを無視して、アルベドを起動する。
「『白化』、『組織復元』、『超回復』」
白い光の玉が切断された手首と腕を包み込むと切断面を繋いだアルディンの手首がみるみる間に再生し回復した。
「シド様、問題なく終わりました。」
「そうか。ありがとうラビ。」
「アルディン。治ったぞ。動かしてみろ。」
何が起きたか理解出来ない仲間たちをよそにアルディンは繋がった手のひらを眺め指に力を入れる。
「……ははっ!うごく!うごくよ!!治った…」
「まじかよ…」
「なんだ今の…何をした。」
仲間たちは驚嘆する。
「なるほど…ここまで読んでの事ですか。まったく、シド殿も人が悪い。」
「いや、止めてもらって助かりましたよ。」
「次からは先に言ってくだされ。心臓に悪いですぞ…」
「あはは。そうします。」
観覧席の貴族たちも一連の出来事に多少混乱はあったものの、圧倒的なシドの力とラビの回復の奇跡を目の当たりにし、余りの出来事に理解が追いつかないようだ。そんな中、辺境伯だけは一人満足気であった。
そうして、晩餐会の余興にしては多少やり過ぎなエキシビションマッチは幕を閉じた。




