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第0話『プロローグ』


「まったく。しつこいヤツらだな…」


国境付近最後の村で追手と遭遇した俺たちは近づいてくる足音に集中しながら息を潜める。


「くそ!居たか?」


上官らしい男はイラつきを隠せない。


「いいか?この辺りにまだいるはずだ!必ず探し出して仕留めろ!」

「「「はっ!!」」」

数名の部下達が四方に飛ぶ。


遠のく足音に耳をやりながら小さくため息をつく。


「ふぅ、撒いたか…」

「まさか、ここで追いつかれるとは…」

「まだ国境までは遠いです。」

「ああ、だが朝までには越えないとな。」


背中越しに聞こえる声に答える。


「ヤツらが戻って来る前にさっさと行くか!」

「はい!シド、魔力は大丈夫ですか?」

「まだ余裕だ。このまま川沿いから国境に向かおう。」


体力強化(ブースト)』『高速移動(エーテリアルステップ)』『影渡(シャドーウォーク)


俺は体力と移動速度を上げ、影と同化するスキルを発動させる。


「カレン!頼む!」

「了解です。」


不可視化(インジヴィリティ)』『無音結界(サイレント)


続いてカレンが透明化と足音を消すスキルを発動させた。


「いくぞ!」

「はい!」


闇に紛れ俺たちは走り目的地を目指す。

……




1年前……



「暑いな…」


ただいま世間は盆休み真っ只中、例に漏れず我が家も墓参りに家族で来ている。

俺は士道(しどう) 村正(むらまさ)。仕事は刀工…所謂刀鍛冶だ。

中学の時、母と弟と共に祖父母の住む町に越してきた。

父親は物心ついた頃には居なく、小学の時に父のことを聞いた際、母からは「タバコを買いにいった」と言われたが、「聞くな」と同義の意思を感じそれ以後は聞くこともやめた。


うちは代々刀工を生業としてきた家で祖父で18代目。入婿だった父の遁走により俺は19代目(仮)になるべく目下修行中である。

3年前に亡くなった祖母の眠る墓を磨きながら人物背景じみた回想をしていると……


「むっちゃん!ぼーっとしてないでこっちも手伝ってよー」

「そう言えば、観てくれた?先週のやつ!」

「ああ、観た観た。」

「うわぁ…絶対観てないでしょー」


そう言ってややムッとした声をかけてきたのは、艶のある小麦色の肌とよく手入れされた栗色の長い髪、スミレ色のワンピース、黒目がちな大きな瞳の美少女…


「あぁ、すまんすまん。」


「もう!はやくしないと遅れるよ!」

「お母さんとおじいちゃん先に車持って来るって言ってたからむっちゃんも早く片付けて行こうよ」


そう、この可憐な美少女のように見えるのが現在人気急上昇中の若手女優?の『つばさ』こと夏休みで帰省中の「弟」鍔沙(つばさ)である。


亡くなった祖母と母が鍔沙が生まれた時から女の子のように育てたせい?で見事な男の娘になっている。今は東京の叔父の所に居候しながら高校に通いつつ、芸能界を満喫しているようだ。


「よし、おしまい!いくか。」


「いこ!」


「いやいや、お前も持てよ!なんで全部俺が持ってんだ?」


「男の子なのにお兄ちゃんはボクに重いもの持たせるの…?(ウルウル)」


「はあ……お前も男だろ…」


ていうか、何で全部渡してくるんだ…


「まあいいや、母さんたちは駐車場か?」


「うん!」


「じゃあ、ばあちゃんまたくるよ」

「またね♪おばあちゃん♪」


気づけば昼か、道理で腹が減るわけだ。


「そんな靴で走ると転ぶぞー」

「大丈夫〜」


まんまと荷物を押し付けられ俺たちは車へと急いだ。




「お義父さん、お昼何がいいですか?」

「ワシはなんでもかまわんぞ。」

「じゃあ、お蕎麦でも食べていきましょうか。」

「この近くにおすすめのお蕎麦屋さんを教えて貰ったんですよ」

「ほう?」


じいちゃんが食いつくと同時に


「じゃあ、ボクはキツネそば!あったかいやつ!」

「私はトロロにしようかしら…」

「むっちゃんは?」

「んー?行ってから決めるよ」

「もー!」


行き先は決まったようだ。

……

賑やかな一行を乗せた車は程なく目的地の蕎麦屋に着いた。


そこはかなり年季?の入った建物だった。


「『手打ちそば 太刀花』たち…はな?たちばな…?か。変わった名前だな、当て字か…?」

「橘さんなんじゃない?」


鍔沙(つばさ)の名推理に


「ああ、なるほどな」


適当に返す。


「老舗って感じのなんだか渋いお店ねえ」


俺の目には渋い…というよりボロい?気がするが…


「よし、ワシはカシワにするぞ!」


ずっと考えてたのか…じいちゃん。


店内は外観とは違い広く、入口で靴を脱ぎちょっと長めの廊下を進むと茶室を思わせる店内に到着。いろいろな形の一枚板で作られたテーブルの形が面白い。


「随分凝った作りだな」

「見て見て!このテーブル、ハートに見えない?」

「ほんとねえ〜」

切り株をスライスしたらしいテーブルに鍔沙が駆け寄る。

「かわいいからこの席にしよー」


席につこうとした瞬間


「……いらっしゃいませ。お席はお決まりですか?」


「うお!?」


突如背後からかけられた声に驚いて振り返ってみると姿は見えない…が


「驚かせてしまいましたか?…申し訳ございません…」


声の主は見失う程小さい今にも泣きだしそうな女の子だった。


それがカレン…太刀花(たちばな) 可憐(かれん)との出会いであった。



「先ほどは驚かせてしまい申し訳ありませんでした…」

「いやいや、いいって。気にしてないし。」


先ほどから注文を運ぶ度にこの調子だ…


「そうそう!むっちゃんが無駄に大きいだけだからね!」


「鍔沙…それはフォローなのか…?」


ジト目で睨む。


「かわいいは正義!ドヤァ」


あー、はいはい。


「それにしてもかわいらしい店員さんねえ〜」

「小さいがしっかりした娘さんじゃのう」


たしかに小さいのに受け答えはしっかりしてるな。気は弱そうだが。


「あ、いえ…私これでも高校生なので…大人ではないですけど…子供でもないんです…」


「「「え?」」」


身長は150センチないだろう。俺の腹から胸の辺りに頭がある、小学生と言われても納得するレベル。

確かによく見れば整ったその顔つきは美しくキレイに切り揃えられた黒髪に細く華奢な体つき、どこか日本人形を彷彿させる美人だが…どう見ても子供である。


「てことはボクと同じ歳くらいかな?あ!ボク鍔沙!17歳高校2年生!」


鍔沙が持ち前のコミュニティスキルで切り込む。


「可憐です。太刀花 可憐、17歳です。」


「実はさっきからきになってて…もしかして…」

「ん?なになに?」


ん?鍔沙が顔を覗き込むともともと大きい少女の目が見開かれていく…

何やら鍔沙を凝視しはじめた少女…このパターンはおそらく…


「…ツバサさんてテレビに出てますか?」


あー、やっぱりな。


「うん!たまに出てるよ!最近だと……」


「「『旅するレストラン』のサツキ役!」」


おお、ハモった。


「ま、ま、毎週観てます!」

「ど、ど、ど、どうしよう…ずっとファンだったんです!握手してもらえませんか!!」


鍔沙は軽く了承し握手とどこから出したのか色紙にサインをする。流石、慣れたものだ。


「観てくれてありがとねー♪」

「いえ、こちらこそありがとうございます…」

「ごめんなさい。お客様なのにはしゃいでしまいました…憧れの「女性」にこんなところで会えると思わなくて……」


うん。ここまではテンプレだな。

鍔沙は地元でスカウトされたのを気に芸能界

に入り、雑誌モデルを皮切りにドラマ、映画、CMなど今では見ない日はない程の人気らしくたまに帰省した時はこの流れは我が家の定番となっている。


そして、ここからの流れも想像できる。


「あはは!ありがとう嬉しいよ!でもボク男(の娘)だよ?」


「…………ぇえ?!」


まあ、見た目だけなら完璧だからな…


「え?え?でもサツキは女の子でツバサさんは男の子で……」


混乱状態だな。


「所謂、男の娘ってやつだな」


とりあえずフォロー。


「お嬢ちゃん、ここは酒はないのか?」


じいちゃん…


「かわいいは正義!」


なぜ、ドヤる…


「だってー、鍔沙は生まれた時からかわいいんだもん」

「「ねー♪」」


マイペースな祖父と頷き合う母と弟を無視して少女に声をかける。


「とりあえず君も落ち着け、水飲むか?あと深呼吸だ」


「あ、ありがとうございます…ふぅ」

「まあ、驚くよな、あいつも悪気はないんだよ。育て方と売り方に問題はあるが…」

「とにかく弟が驚かせてしまい申し訳ない!」


「いえ、思い込んでた私にも責任ありますし、気になさらないでください。……ふふっ」


「ん?どうした?」

「いえ、さっきと立場が逆だなって…ふふふ」


どうやらツボに入ったようだ。


「ところでさっきから気になってたんだけど」

「はい?どうかしましたか?」

「ここは君1人なのか?」


入った時からこの子しか見てない、というより俺たち以外に店員や客が居ない。


「奥におじいちゃんがいますよ。皆さんが最後のお客様だったので今は奥でお昼ご飯たべてると思います。」


「そうか…ああ、俺は村正、士道 村正。鍔沙の兄貴だ。あとはじいちゃんと母さん。て見てれば分かるか。」


「シドウムラマサ…さん、珍しいお名前ですね。」

「昔の刀鍛冶の名前かららしい、うちは刀鍛冶をしてるから刀に纏わる名前が多いんだよ。」


「なるほど!そうなんですね!」

「そういう君も太刀花なんて珍しいとおもうよ?」

「ああ、たしかに!しかも私の名前にも刀が付きますね!」

少女の何気ない一言に思わずドキッとした。


「あー!美味しかったー!ご馳走様ー♪」

「ありがとうございます!またお待ちしてますね!」


うん、たしかに美味かった。


「こちらこそ、また食べにくるよ。」

「ぜひ!」


少女に見送られ俺たちは帰路につく。


……


カーン カーン カーン…


熱せられた玉鋼を打つ音が響く工房。

焼き、叩き、折り重ね、また叩く。それを繰り返し層をかさねていく、暑い上に槌を振るうのは重労働だ。

師匠である祖父と共に黙々と仕上げていく。

うちが作る刀は主に奉納用と持ち込みの修繕だ。


中学生の頃から見習いとして始めてから6年程になり、最近ようやく修繕や前工程を任せてもらえるようになっていた。


「村正、そいつを仕上げたら昼飯にするかの」

「分かった。今日は母さん出かけてるし、外ですませる?」

「そうか、なら蕎麦がいいのう」

「また?」

「いやか?」

「いや、いいよ。じゃあ、着替えたら行こうか。」


祖父は墓参りの時からあの店を気に入ったようで時折母が不在の時には昼食に足を伸ばすようになっていた。


……


「いらっしゃいませ〜」

「あ、士道さん。いらっしゃいませ!」


『手打ちそば太刀花』の看板娘が明るく出迎えてくれた。最初はたどたどしい感じだったが最近では立派な店員振りを発揮してる。


店内には数組の客がおり、俺たちは奥の座敷席に案内された。


「俺はー、かきあげ蕎麦。じいちゃんは?」

「ワシは鴨南蛮と酒をもらおうかの」

「昼から飲むのかよ!」

「固いこというでない!急ぎの仕事もないからの、1杯くらいいいじゃろ。」


やれやれ。祖父は何か理由を付けては酒を飲むが仕事は完璧にこなす上、現代の名工として名高い、人間国宝『千手兼貞(せんじゅかねさだ)』に文句を言う人間は俺や母くらいだろう。


「ふふっ仲いいですね。」

「毎度、騒がしくてごめんな。」

「いえいえ!すぐお持ちしますねー」


ガラガラっと引き戸が鳴り来客を知らせる。


「あ!いらっしゃいませ〜 ごめんなさい、ちょっと行ってきます!」

「いやいや、俺たちはいいから、行ってきな」

「ありがとうございます!」


今日は忙しいようだ。


「ちょっと待っててくださいねー」


パタパタと駆けていく看板娘の後ろ姿を見送っていると


「お前はああいう娘が好みか?」

「ぶほっ!?なんだよいきなり!」


飲みかけていた茶を吹き出し慌てておしぼりで拭く。


「若いのによく働くし器量もいい。いい嫁になると思うんじゃが…」

「いやいや…まだ高校生だぞ?俺もまだ修行中の身だし、そもそもそういう目でみてないよ。」

「ふむ、タタラと恋はタイミングじゃぞ?」

「火入れと恋愛を一緒にするなよ!どこの教えだよ。まったく。」


言い得て妙な祖父の話を躱していると


「お待ちどう様です。かきあげ蕎麦と鴨南蛮にお酒お持ちしました!」


「お、おう。ありがとう」(聞かれてないよな…)

「蕎麦湯も後でお持ちしますねー」

「って、大盛りか?これ?」


かきあげの横に盛られた蕎麦がいつもより多い気がする…


「いつも来ていただいてるのでサービスです!」

「多かったら残しても大丈夫ですよ」

「いや、大丈夫だよ。ありがとう。」

「それではごゆっくり!」


向かいでニヤニヤしてる祖父を無視して


「いただきます。」


ようやく昼めしだ。


……

「食いすぎたかな…」

飲み足りなさそうな祖父を家に送りとどけ、俺は腹をさすりながら近くの河原にきていた。


「腹ごなしにやっていくか。」


使い手の気持ちがわからんといい刀は打てないと、小さい頃から祖父の友人が開いてる剣術道場に通い、気づけば師範代になっていた。と言っても門下生は俺と弟ぐらいだったが…


車から鍛錬用の木剣を出して軽く素振り。

橋の下に移動して呼吸を整え目を閉じ精神を集中させていくと周囲から少しづつ音が消える。

キーンと耳鳴りに近い静寂を感じた所で小さく息を吐く。


「ふっ!」


上段に構え袈裟に切る、そのまま手首を返し切り上げ勢いを殺さぬように体を半歩引き納刀の状態から体を倒すように一気に詰め抜刀して横一閃。反動を使い上段からさらに一閃。


「ふぅ。」

「さて、今日はどんな奴かな…」


先程より更に集中を高めていくと、ソレは現れる。

目を閉じ暗闇と静寂の中、黒い闇の塊が現れ徐々に型を変えていく。

逆手に持つ二振りの直刀を持つ低く構えた忍者が現れた。

「忍者か…」

認識すると同時に下段から巻き上げるように切り込む忍者を最小限の動きで躱し次々に迫る連撃を受け流しつつ徐々にスピードに慣らしていく。

ふり抜かれた中段を体を低くくする事で躱し後ろに引いた右足から爪先、足首、脹ら脛、腿、腰へと捻るように練られた力を込め、引き絞られた弓のように放たれる一閃。


「はっ!!」


下段から切り上げる剣閃は交差させ受ける直刀ごと切る。

堪らず体を引き勢いを殺そうとする忍者だが


「遅い!」


一気に距離を詰められた忍者は直刀ごと両断され霧散する。


「ふぅ。」


ゆっくり目を開け呼吸を整える。


パチパチパチ


「?!!!」


不意に贈られた拍手。

突然現れた存在に思わず木剣を振るう…が


「あ…」


視線の先にいたのは…


「ふぁ?!ごめんなさいいぃ!」


頭を庇い半泣きの少女の姿だった。


「なんでここに…?」


帰り道でたまたま見かけて声をかけたが反応がなく俺が集中してた為、終わるまで見てたそうだ。


「悪かったな。」

「いえ…こちらこそ『また』驚かせてごめんなさい…」


申し訳なさそうにする太刀花 可憐と土手に並んで座る。


「太刀花さん家はこの辺なのか?」

「はい!あ、カレンでいいですよ!橋のそばのお寺の近くなので。この堤防は帰り道なんです。」


「あ、そう?カレンの家このへんなのか。てか橋のそばの寺?もしかして…天照寺?」

「はい!よくご存知ですね。」

「うち寺の隣だからな」

「え?!」

「寺の横にある『千手庵』てとこ。あそこの裏に工房があるんだよ」

「『千手庵』さんて甘味屋さんですよね?士道さんのお家だったんですね!キレイなお庭だなーって見てました。」


「もともと祖父の生家なんだけど、祖母が嫁いでから甘味屋を初めてな、祖母が亡くなってからは母が継いで裏手に祖父が工房を構えてるんだ。」


「そうだったんですね。甘い物大好きなので今度お邪魔してもいいですか?」

「ああ、母も話し相手増えると喜ぶよ。」

「あ!こんな時間!お邪魔しちゃいましたね!そろそろ行きますね!」

「ん?ああ、俺もそろそろ帰るよ。またな。」


相変わらずパタパタ走る姿を見送り車に向かった。

ん?何か落ちてるな。拾い上げたそれは精密な細工のされた小さなペンダントだった。


「あの子のか…?ふむ、明日にでも店に届けてやるか。」


それが太刀花 可憐を見た最後の姿だった…

……


翌日、蕎麦屋にいくと『臨時休業』の張り紙。


「休みか…どうするかなこれ。」


手の中のペンダントを眺めてみるが解決する訳もなく


「まあ、明日また来るか。」


それから数日、店が開くことはなかった。


「参ったな…」

「どうしたの?」


居間のソファに寝転んでペンダントを眺めてるとテレビを見てた鍔沙から声がかかる。


「いや、この間拾ったんだよ。落とし主は検討つくから届けたんだが不在でな…」

「キレイなネックレスだねー、きっと持ち主の人も探してると思うよ!」

「そうだよなー…」


そんなやり取りをしてると玄関からバタバタと慌てて母が飛び込んできた。


「むっちゃん!鍔沙ちゃん!蕎麦屋のカレンちゃんが居なくなったんだって!」


「「?!」」


翌日母から突然告げられた言葉に俺と鍔沙は声を失った。


「居なくなったってどういうこと?!」


鍔沙が焦るように尋ねる。


「駅前のスーパーに行ったらこれを配ってたのよ!」


渡されたビラを俺たちに向けて見せる。


『娘を探してます!お心当たりのある方はご連絡をお願いします!』


大きく書かれた文字に必死さが伝わる。


「家出?いや…誘拐?!」


鍔沙も困惑しているようだった。

だが……

家出するようなタイプには見えない。なら、誘拐?しかし、犯人からの連絡もないようだし…

拉致?俺と別れた所から自宅までは200m程しかなく人の通りもあるし、小さいとはいえ人1人攫うなんてどうやっても目立つ。


最後に見てから1週間経っていた。家に帰らない娘を心配した両親が警察に通報、ビラを駅や堤防周辺で配っていたそうだ。


「お母さんこれからご近所の方達と駅でビラ配り手伝ってくるからお夕飯はお義父さん鍔沙とたべててね!じゃあ、お義父さん行ってきますねー!」


奥にいる祖父に声をかけ慌ただしく出かけていく母を見送った。


「むっちゃん……」


不安そうに見つめてくる鍔沙。


「……会ったんだ…最後に俺。」

「え?カレンちゃんに?!」

「ああ、河川敷で鍛錬してた時に偶然な…」


俺はあの時の事を聞かせた。


「じゃあ、その後すぐ行方不明になったんだね…」


そういう事になる。


「ちょっと気になる事もあるし、行ってくる。じいちゃんと留守番しててくれ。」

「…うん。分かった。気をつけてね。」

「ああ、何かあれば連絡する。」


あの河川敷に行ってみよう。

……


最後に別れた場所から周囲を探してみるが手がかりらしいものは見つからず橋の下に来ていた。


「やはり人通りもあるし、連れ去るのは無理があるな…」

「となると、自分の意思で失踪…?」


ふと、小さい頃に居なくなった父親を思い出しかぶりを振る。


「いや、そんなタイプじゃないだろ…」

「闇雲に探しても埒があかないな。」

「最後に会ったのは、ここだな…」

「あの時は突然……」


その時、違和感に気づいた…


「鍛錬中で集中してたからと言って、気配もなく死角に人が来ていたのを見逃し…た?」

「いや、見逃したんじゃない。」


「気配がなかった……」


普通の女子高生に近付かれて気付かないなんて事は有り得ない。『集中してたから』。

そう、集中してたからこそ見えてしまうのだ。驚き振るった木剣が届くほどの距離に…


村正が若くして師範を務める『天照流』は戦場剣術突き詰め『一撃必滅』と言われ天下無双を誇った『天照院(てんしょういん) 影真(かげざね)』を祖とする流派であり、立ち会った者に生存者がいないため世間に知られること無く少数の高弟にのみ受け継がれてきた。

極限まで高めた集中力で自らに向く力に対して全方位迎撃可能という特性を持つ為、『近付かれて気付かない』など有り得ないことなのである。


「たしか、最初も気配を感じなかったな…」

「まるで存在がいきなりその場に現れるような…」


違和感に思考を巡らせていた村正は無意識にポケットからペンダントを取り出した。


その瞬間…


「あー…拾われてたのか。」


突然背後から殺気を纏わせた声がぶつけられる。


「な!?」


殺気に反応しすかさず距離をとるが声は続く。


「おい、お前がもってるソレを渡せ。」


短くそれだけ言った声の主は片手を出し要求する。


「誰だ!」


頭まで全身を覆うローブの様なものを纏い、顔は見えないが声は男のもの、袖から鎖の様なものを下げ、体躯はやや小さい…か。

そんな事よりいつから『居た?』いや、いつ『現れた?』

くそっ!そもそも誰だこいつ…


「気配を読むタイプか?いや、感知タイプって感じだな。『こっち』にもこんな奴が居るのか。まぁいい、そのペンダントを渡せ。」


なんていった?『こっち』ってどういうことだ?思考が読めるのか?なんで…


「ああ、状況に混乱してるとこ悪いんだが渡さないなら殺すぞ?」


ローブの男はそれを村正の耳元で囁いた。同時に肌を焼く様な殺気が放たれる。


「!!?……くっ!いつの間に…!」


ズンッ…

胸に衝撃が走る

男の左手が村正の心臓の辺りを貫いていた…


「ぐっっ!」


痛みを感じる間もなく全身から力が抜けていく。

男はそのまま壁に村正を放り投げると

胸からおびただしい量の血が吹き出した。


「ぐぁあぁぁ!!」


遅れてやってきた痛みに意識が支配される。


何が起きた?なにがおきた?ナニガオキタ?


急速に命が失われつつある事を理解するが体は反応しない。

「ああ…加減を間違えたなー、こりゃダメだな。」

男が面倒臭そうに近付いてくる。


「死ぬ……のか?」


鍔沙…母さん…じいちゃん…わりぃ、やばいかも……

ペンダント……カレンに渡しそびれた…な




「………………!」




「………た………い!」



「…ます……しを…………さい!」



え……?なに?きこえない……



「…だ…まに……たしを……つか……い!」



「まだ間に合います!私を使ってください!」


薄れゆく意識の中にハッキリと聞こえた。

この声は……


村正の手の中から聞こえる声。

握られたペンダントから突如強烈な光が迸る。



「な?!なんだぁ??」


男は驚き歩みを止める。


暖かい…な。暖かい日差しを浴びているような感覚が村正を包み込む。

貫かれ開いた胸の穴に手元から吹き出した光が入り込み傷口を塞ぎ、やがて村正の全身を包んだ光は更に輝きを増し膨張する。


村正の体が浮かび上がる。

だが、意識のないはずの村正の声が次々に詠唱を始める。


超回復(エクスキュア)

胸の傷が瞬時に回復していく。


賢者化(トゥルーワイズマン)

握られたペンダントに付いた血のように紅い石が砕け、村正の胸に取り込まれた。


剣神加護(ディヴァインオブソード)

村正の回りに様々な形の光の剣が多数現れる。

強烈な光を放ちながら、体を中心に回転し始めた剣はやがて、光の玉になり村正の体に取り込まれた。


次元転移(ディメンション ゲート)

詠唱した瞬間、足元に魔法陣が出現した。

村正の体が光の粒に変化していく。


「くそ!強制転移か!させるか…よっ!!」


男は慌てて村正に手を伸ばすと袖から鎖の様な物が村正目掛けて飛ぶ。


「『縛鎖(バインド)』捕まえろ!」


鎖の様な物に向かい叫ぶ男。


村正の粒子が光の塊となって膨張は最高潮になり、そして弾けて消えた。


……


残ったのは壁に突き刺さる鎖の様な物とローブの男だけだった。


「くっそ!!どこ行きやがった?!」

「見つけ出してぶっ殺す!」


「あーあ。失敗してんじゃん」


村正が消えた辺りから嘲笑の声が響く。


「うるせえな!強制転移とか聞いてねーぞ!」

「つーか、居たなら手伝えよ!」


「えー。やだよ。面倒臭さいじゃん。」

「でもあの子もやるねえ、まだこんな力を残してたのかー」


「感心してる場合か!」


「それと、アレは向こうから転移させたぽいね」

「転移てより召喚みたいなもんかな?なら行先は『あっち』か。」

「まぁいいや、そろそろ時間だよ。一旦引き上げようか」


「っち!仕方ねえ…『転移門(ゲート)』」


そう言ったローブの男たちの目の前の空間が歪み大きく口を開け男たちを飲み込む。


次の瞬間、男たちの姿はなかった。


……

登場人物紹介


士道(しどう) 村正(むらまさ)

本編主人公。20歲 (転移時)

職業 刀工 特技 剣術

人間国宝の祖父の元、修行を積む若き刀工。幼い頃より剣術を学び20歳にして師範代を務める。


士道(しどう) 鍔沙(つばさ)

主人公の弟。17歲

見た目は完璧な美少女な男の娘。家族と離れ都内に居る叔父夫婦の家に居候中。現在人気急上昇の現役高校生俳優。


士道(しどう) 朱李(あかり)

主人公の母。 年齢非公開

『甘味 千手庵』の女主人。夫の母が営んでいた甘味屋の二代目。亡き義母と共に次男を長女のように溺愛する。長男と出かける際は腕を組み嫌がられている。


士道(しどう) 叢雲(むらくも)

刀工の人間国宝として知らぬ者がいない『千手(せんじゅ) 兼貞(かねさだ)』その人。

村正たちの祖父。


太刀花(たちばな) 可憐(かれん)

本編ヒロインの1人。17歲(失踪時)

『手打ち蕎麦 太刀花』の看板娘。

時代劇の影響からか侍大好きっ子。村正の鍛錬をこっそり見ていた。また鍔沙の大ファンでもらったサインを店の1番目立つ位置に飾っている。

ある日多くの謎とペンダントを残し突如消えた少女。


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