三合目
うっかり酒飲みに巻き込まれてしまった不運に恵まれる可哀相な主人公アスミであった。
本当に可哀相でならない。
同情してしまう。
「勇者が来て家の道具を奪ってった上に家まで燃やされた、だと? ……ふっ、はっはっは! 何言ってんだよ、そんな事ある訳無いだろ!」
「事実されたんだよぉ! 家が無くなったんだ!」
グラスを机に叩き付けながら怒号を放った。
ふざけていっている訳でも無いのにここまでコケにされると誰だって怒る。
「勇者が何を持っていくって言うんだよ、王から既に金を与えられてるんだぞ? 地位と名誉だって既に確立されたものだなのによ」
「だとしても全部持ってかれたんだよ、文字通り全部な。これからどう生活しりゃいいんだよぉ……ちくしょー!」
マナーもへったくれも無く机に何度もグラスを叩く。割れることも店員に怒られる事も考慮していない最低の行為だろうと、家を燃やされた悲しみに比べれば言い合いになろうと論破出来そうだ。
やはりこの怒りは収まるところを知らない。
「このお酒美味しいわね、なんていうお酒?」
知らない。
「大体勇者が人に手を上げるなどとそんな話は聞かない、人々を救うお方にそんなのはありえないだろ」
ゴロツキが言う。
そんな話は聞かない、と言った。
それではやられたのは俺達だけと言う事になる。そんな馬鹿な話があるか、明らかにやり慣れてたあの手際は完全に窃盗のそれだったのに、よもや初犯な訳が無い。
人々を巣食う悪党に身を染めた輩、地位も名誉もあるものかよ。
「床下に入れてた貯金まで持っていくこと無いだろ」
「ねえ、このお肉も頼んで良い? すみません、ステーキセット一つ下さい」
誰も頼んで良いとは言っていないが、驕ってくれるそうなので問題無いだろう。
「まぁどうあれ飲めよ、今更うだうだ言ったって仕様がねえ。ほら、うめえぞ」
瓶を一つ手渡してくる。
酒は嫌な思い出を忘れさせてくれる素敵な飲み物、一口二口飲めば晴れた空に飛び交う鳥をゆったり見ている縁側のおじいちゃんの飼い猫みたいな気分になれるのだ。
うっかりその素敵さ余って、ここに来た目的も忘れていたのはきっと天気が良いからだ。
「金儲けの為にクエスト探しに来たんだけどさ、なんか良いの知らない?」
「アスミさん、それ飲まないのなら私に下さい」
飲もうとしていた瓶を強奪していった。
確認も無しに。
「そんなのあったら教えねえよ。……いや、確か富豪が出してるクエストがあった様な、無かった様な」
富豪という単語に、耳が喜び脳が活性されるのがわかった。これにはさすがに期待を隠し切れずココロオドル。
富豪と言えば、正しく人類の上流階級に属し、勝ち組で人間の目指すべきゴール。勿論お金はがっぽがっぽ持っている事間違い無し。
それをクリアする事が出来れば、お金の無い不安や何も買えない禁欲との葛藤をしなくて済むのだ。
巡って来たチャンス。
僥倖。
逃す手無し。
「よしララン! 誰かに横を擦られる前に受け付けまで行くぞ!」
「少し待ってて下さい、これ食べたら行きます」
そう言って、手を止める事無く食べ物を口に放り込み続ける女性。いまいちまだラランの性格が掴めていない。
まさかここまで食べるとは思ってもいなかった。
太る事も気にせずはぐはぐと食べ続けるその姿は、巨漢がステーキを目の前にした時の様な若くあふれる食べっぷり。
しかし机に皿が積み重なり小山が出来ているが、大丈夫だろうか。主に支払い的に。
「なぁ、これ本当に払えるのか?」
ならず者に問う
奢ると言って来たんだから甘えてはいるものの、さすがにこの量は心配になって来たのだ。
足りなくても俺はびた一文払わないけど。
「で、だ、大丈夫んだぜい?」
疑問系が返って来た。
奢るといった人間がこう言っているのだから財布の底が抜けるまで好きなだけ食べて良いのだろう。
俺も食べたいのは山々なんだけど、穴場クエストを探すのに忙しいんだ。だから俺の分まで頼んだぞ、ララン。
ぷるぷると小刻みに揺れて、もしかしたら狼狽している可能性のある男を尻目に、俺は一人受付に向かう事にしたのであった。
めでたしめでたし。
あの皿の山は一体いくらになるんだろうか。
たのしみたのしみ。