運
結構な疲労が既に溜まっていたので、酒場で席を探す事にした。
その矢先の事。
「お! アスミじゃねえかよ! こっち来て飲もうぜ!」
自分の座る場所を必死に探しすぎて、気が抜けていた。
大事な物を警戒するのを忘れていた。このおっさんはこの前一緒に飲んで良い感じに酔っ払い、良い感じに出来上がった所に来た良い感じの店員に一緒にセクハラを決行したおっさん。
最悪のタイミングでいやがる事に驚愕する、女と知ると所構わず近寄る恥を捨てたおっさんに、女であるラランが近づいたら何がどうなるかは火も見たくない。
「アスミさんはこんな品の無いお下品な方とお友達なんですね」、とか言われるかもしれない。それは絶対止めてもらいたい、俺の格が下がる。
神様仏様、どうかこの窮地を救ってください。私に救いの手を差し伸べてください、お願いします何でもしますから、何でもはしませんけどお願いします。
私は神に祈る事を忘れた事はありません、この前だって教会に行って食事を恵んでくださるようにお願いしたじゃないですか。
結局あの願いは聞いてくださらなかったですね、ですので今回はお願いします。
「ララン、依頼ってあっちの受付だったよな?」
「……まぁ、そうね。この方は何?」
どうせ今回も神は聞いてくれないのはわかってる、いままでだって神に頼んだ事は何事も叶えてはくれなかった。
だから、この窮地で出すは自らが持つ最も最善の手。
秘儀。「見えなかった事とする」。
こうする事でどんな逆境も跳ね返せることが出来るのだ。家に取り立てに来た借金すらも逃れられる最高の策である。
たとえ0が何個あろうがこの秘儀を使うことにより、全てをまっさらに出来る最終奥義。
代償に二ヶ月無賃で働かされた事を見なければ穴の無い完璧な技。
正に独壇場。
「おい! 無視するなよぉ!?」
止めろ話しかけるんじゃない、肩を触るなんじゃない。
俺とお前は無関係で初対面、俺とこいつは無関係で初対面、俺はこいつと無関係初対面、そうだ俺とこいつは無関係なんだ、そうですよね神様、ね?
「あなたのお友達?」
もう神には何も頼まない。
ちょっと見捨て過ぎ。
「いや、知らない人」
「お、なんだこの可愛いねえちゃん!? ねえちゃんも一緒に飲もうぜ!」
「あらナンパ? いい度胸ね」
「こんな綺麗なおねえさんに悪い度胸で声なんか掛けれませんって! ははは!」
女性に目ざとく、とりあえずで声を掛けるその姿勢は見習いたいものである。さすがはならず者。
ならず者ってナンパ者って意味だっけ?
違うか。
違うな。
「この女性への話は俺を通して貰おうか」
とりあえずこいつを遠ざけねば俺の未来は暗い。
「何だよお前! 俺はナンパで忙しいんだ、野郎は引っ込んでろ!」
「俺目当てで話しかけて来たんだろ!?」
「人ってのは常日頃から意見を変えて生きているんだよ! 自分を曲げて! 信念を切って! 捨てて! そうやってここまで来た!」
「プライドを捨てる事にプライド持ってんじゃねえ!」
「違うわ! プライドを持たないというプライドだ!」
「プライドを捨ててまで来たのがこのナンパか」
「それもまたプライドであると知れ!」
くそ、頭が痛くなってきた。何だこいつ。生きていた人生で一体何を学んできた。
「いいわ、私も飲むわよ」
「何!? ラランさん!?」
「やったぜ! さぁさぁこちらに!」
まさか承諾するとは思いもしなかった。鶴の一声ならぬ雀の千声、余計な事を言いやがった。
無視という最善の手が通じなかった驚きと言うものは測るところを知らず、果てしなく大きい物だった。その大きすぎるショックのあまり、新たに二番目の手を思い付いてしまった事が終わりの始まり。
今思えばここで警備でも呼んで退場させれば良かったんだ。これを出した事で、断る言い訳が出来なくなる。
思い付いた二番目の手。
理論武装。
「待てララン、飲むのは良いが……。俺達は持って無いんだ」
この理論は物理にも通じる最善ならぬ良善の手。これを言えば何事もまかり通らなくなる魔法の一手。
「無いんだ、金が」
勝った。
完全な理論。完璧な理論。金が無いのに飲食しようだなんて事がまかり通れば世界の商売と言う商売がひっくり返る事となるだろう。
勝利を確信した瞬間だった。
ここまで頭が回る俺に自ら脱帽する。頭だけに。
「あら、奢ってくれるんじゃないの? このオーク似の人が」
「ええ奢りますとも! さぁ行きましょう! あちらへどうぞ!」
な、なん……だと……?
またも驚きすぎてあまりの高低差から高山病になる所だった。
おかげで運さえも、神が見放したのだと自覚した。
そういえば昨日、綺麗な石を拾った。
けれど今日、家と一緒に燃えた。
こんな貴重な体験をした俺は、やはり運が良いと言える。