美人局
「アスミ」
改めて自己を紹介。
「アスミさん、ですね」
「さんはいいよ、呼び捨てで」
「まだそこまで仲は良くなってませんので、さん付けで呼びますね」
「まぁそれは好きにしていいけどさ。あのぉ……これ、回復してくれない?」
経緯はどうあれ殴られた。さっきはあんなに腹を割って笑っていたのに、事と次第ではいきなり真顔になり暴力を振るう野蛮な女だと言う事がわかった。
この一件は心とスカートを捲れたいい教訓となった。
凄く顔が痛いんだ。
「昨日でなんとなくはアスミさんの動きを確認出来ましたので、今日は洞窟に行きたいと思います」
回復の要求は当然の如く無視。
モンスター倒した時に回復アイテムドロップしたから別にいいもん、悔しくなんて無いもん、ばーかばーかあほー。
「何故洞窟? 別にここらへんで問題無いだろ」
「あの勇者に挑むのですから、すぐに力を付けなければ。心の油断は一転して、死へと変わります」
勇者の動きは確かに見えなかった、勝てる様にするにはスパルタでも何でもして力を付けるのは納得は行く。けれどそれにしても、この戦力で洞窟に行くのはさすがに心配である。今俺には武器が無いし、ラランには信用が無い。起きたらいきなり話しかけてきた女だ、美人局で後から金をふんだくられる可能性だってある。
用心だけは十二分にしておこう。
「ならさ、洞窟行く前にクエスト確認して行こうぜ。良いのがあるならついでにこなしてからの方が効率良いだろ」
「それはいいアイデアですね、見直しました」
この程度で見直されてしまう程にはガックリと下まで評価が下がっていた事を知る。ただスカートの中身を確認したかっただけなのに、蔑まれるのは納得いかない。
「よーし、酒場に行くぞー」
「勇者についての情報も集めましょう」
城下町の酒場。
町中の困った人が集まり依頼を募集したり、暇な大人たちが綺麗な店員にセクハラしたり、酔っ払いのゴロツキが暇つぶしでゴロゴロしたりしている大衆の集会所。
セクハラが行き過ぎて犯罪になりそうな事があったせいで、警備が厳しくなったとか。けれども尻を撫でるくらいなら今だに横行している、少し危ない場所。
警備が厳しくなったとは言え、警備の人やる気無いんだものなぁ。ゴロツキと一緒に酒飲んで騒いで寝てるし、どうしようもない。
町の少し外れた所にあるせいで、中々の濃い空間になっている。
男ばかりでむさ苦しく息が詰まりそうになる。
「ここはやっぱり空気が悪いですね」
「いつもこんな感じだからいつも通りとも言える」
「まるでよく来ている様な言い振りですね」
「そ、そんな訳無いだろう、俺みたいな高貴な存在が。そんな訳ないでしょうが」
「まぁ、どっちでもいいですけど」
素っ気無い素振りを見せているが何を考えているかわかった物じゃない、今だっていつ襲われるか。
そうだ、まだ肝心な事をまだ聞いていなかった。
「怖い人が出てくるのはいつだ」
「は? 一体何を言っているんです?」
「もういいだろ、はっきりさせようぜ。お前が何なのか、今、ここで」
「……人間、余りある恐怖というのは覚えの無い記憶で上書きしようとします。勇者にどんな事をされたんです?」
「とぼけるな。身寄りの無くなった哀しい男に対して異性と言う癒しを与え、十分に癒し信頼を得た後に多額の請求をする計画なのは知っている」
「はぁ? ……これは相当ね」
美人局で近づいてきたと言う事では無いと言う事を説明され、自分に言い聞かせるのに一時間。
裏無しに、本当に勇者を殺す気である事の説明を聞くのに一時間。
全ての説明の最中、ずっと雨に濡れた服のような目をしていた。
この時のラランの呆れ切った顔は、多分一生忘れない。