ララン
「再び、申し遅れました。私はアランラン=ラーと申します」
さっきから普通に会話していたけど、この女性が誰なのかすら知らなかった。起きたら目の前にいた、ただそれだけの人。
やっと自己紹介をしようと言う事になり、女性が名を名乗る。
その名をアランラン=ラーと言った。
「あらん……え、何?」
複雑な名前。長くは無いのだが一回では耳に入った後するっと直ぐに出て行く様なよくわからない名前だった。
楽しそうな名前だったのはわかった。
「アランランでも、ラーでも、どう呼んでくれても構いません」
「ややこしい名前だな。、じゃあラー……、アラン……、いや……、ララン」
ラーは何かと呼び辛いので勝手にラランと呼ぶことにした。だって神の名ですし、最後伸びるし。
女性の名を名乗る機会の少ないチキンな俺には少々難易度が高かった気もする。
「……まぁ何でもいいですが、初対面であだ名ですか」
「言いやすい言い方にしただけだ。 俺はアスミね、よろしく」
「はぁ、アスミさんですね、わかりました」
ため息なのかためで言ったのか良くわからなかった「はぁ」に疑問を持ちはしたが、そこはなぁなぁと流す事にした。あんまり長く喋っていても進まないから。
ラランの見た目は結構な女性らしい姿形をしていて、髪は長く身長はそこそこ、横に広くも無く縦に長くも無いバランスの良いシルエットに加え胸や尻と言ったセクシャルな部分がセクシーに突出している様に見える。
服装はロングでもショートでも無いこれまたそこそこの長さのスカートらしき何かを履き、上はシャツを進化させたようなシンプルでかつ動きやすそうな衣類を身に纏っている。
武器は持っていない様に見えるから冒険者とかでは無いのか。
そして何が目的でここにいるのか。何故俺と喋るのか、謎であるが話を進める事とした。
まずは他に疑問に思った事を聞いてみる。
「勇者って皆あんな感じの奴らなのか? 犯罪者顔負けの堂々とした立ち振る舞いだったぞ」
「本に書いてあった通りでしたら善人ばかりですが、どうですかね、長く生きていないのでわかりません。本でも見返してください」
「本て”栄光”の事だろ? 一巻しか読んでないからそれ以上の事は存じ上げないな」
全部呼んでいそうな言い方だったので嫌味たらしく言ってやった。
勇者の歴史が記された栄光と言う本、子供から大人まで読む人の絶えない伝記。
小さい頃に一巻だけ読みつくしたけど先に出ている物は読んだ事が無い。
「教養が無いですね」
「あんなの全巻読んでるほうが少数だろ」
既刊37巻、読む気も失せる。一つが結構大きいから全部読むのに時間がいくら必要かわかった物じゃない。
「それで、なんで勇者に相手にすらされなかった俺に話しかけてきたんだ? 何も出来なかったのを哀れに思っての善意か?」
「ただあなたと同じだっただけですよ、私も家の物を掻っ攫われたんです。さすがに家は無事でしたが。そこまで卑屈に考える必要な無いでしょう」
「私もって……、俺だけを狙ってやった訳じゃ無いのか」
考えてみれば俺の所だけを狙う理由が無かった。誰かの上に立っている訳でも無ければ、誰かの下に付いている訳でもなく、恨みとは無縁の自然豊かな生活を送っている人間なのだから俺を狙った理由がわからない。
「なんであなたの家だけ燃やされたんでしょうね」
「知らないよ」
知らないとは言ってみたものの、思い当たる理由が一つだけ頭に浮かんでいた。
ラランとは違う点、俺だけ家を燃やされた理由としては結構な説得力のある理由。
「もしかして、歯向かったからか?」
「やり返したんですか?」
「見ているだけって訳にもいか無いだろ」
「だとしたらかも知れませんね。やり返された事に驚いて燃やした、とかですかね」
とばっちりじゃねえか。
勇者からしてみれば、魔王討伐を押し付けられて鬱憤が溜まり、八つ当たりをしたみたいな感覚なのだろうか。そんなご都合理論で家が消されてしまっては怒るのは至極当然。至極真っ当と思う。
あいつ勇者の名を名乗った別の何かじゃないのか。
「わざわざ挑んで行くなんて命知らずですね」
「お前は……ラランは見ているだけで何もしなかったのかよ」
「それはそうですよ、どうしようも無いってわかってましたからね。ただの一人の女性が二人掛かりで来られたら何をしようと無駄です。まして勇者になんて」
「何だ、勇者に立ち向かった俺が馬鹿と言いたいのか。ただ見ているだけの方が賢かったと?」
「そうです」
顔色一つ変えず、頑張った人間を真っ向から否定してくるのは心に来る物がある。自分だってわかっていた分尚更だ。
最大の誤算は勇者が桁違いの強さだった事、それは知っていれば俺だって……。
「と言いたいのですがあれは仕様がありません、何したって不正解ですし正解です。どう出ればどう出てくるかわからないのですから、最早自然災害の一種ですね。百年に一度の大災害」
挙句出た結論がそれか。
つまり運が悪かったですね、そう言いたいのだ。
勇者も悪行、魔王も悪行、飽くの蔓延る嫌な時代に生まれてしまった。
「ここで話していても家が戻るわけでも勇者が死ぬわけでもありません、とりあえずここを発ちましょう」
「実家を失った傷心の男に、癒える時間すら与えないのか。元気一杯だな」
「嫌味で他人を傷付ける元気があるのなら問題ないです。ではまず装備を整えましょう、何をするにしても必要な物です。今の所持品を教えて下さい」
懐を確認して何があるかのチェック、なんてしなくても何があるのかすぐにわかる。管理が行き届いている証拠だ。
「武器も、アイテムも、金も、家も、全て無い」
素早い現状報告に思わず自惚れてしまう程に完璧な把握能力。
何一つ持ち合わせていない。
住まいまで奪っていく事ないでしょう。
「そうですか、では洞窟でアイテムを集めましょう」
「装備が無くてここら辺ですら危ないのに、洞窟だぁあ!?」
「そうです、急がないといけません」
「洞窟に行くって言ったって準備を怠ればやられるのはこっちだぞ、変に急ぐと負けるだけだ」
「いえ、急がないといけません。私はお金が欲しいのです」
「諦めてくれ、今は行く気力が無い」
「それは駄目です、日が暮れる前に早く行きましょう」
人が無理だ無理だと言う中でゴリゴリに押してくるその姿勢、嫌いではないけれど時と場合を考えて切り替えなければ、ただ人の怒りを煽るだけになるのだと知った方が良い。
「今すぐ金が欲しいなら身に着けてる下着でも売れよ!」
「出来ません」
「ええい! 出来ないだの駄目だだの! わがままばっかり言ってるんじゃねえよ!」
「持っていたら……売っています」
持っていたら。
少しだけ恥ずかしそうに言ったその言葉を、危うく聞き逃すところだった。
言い方はどうかと思うけどそれはつまり、持っていないと捉えることが出来る言い方。
真相を確かめずにはいられない。勇者達がどこまで悪党なのか、本当に下着すらも盗んでいく連中なのか、新たに浮かび上がった一つの謎を解明しない事には、この迸った気持ちは治まらない。
「下着、持ってないの……?」
「……盗られたんです、勇者達に……着てる下着まで……」
「あ、そうなんだ……」
「見境無しで、極悪非道の連中です。私は許す事しない」
か弱い女性の下着まで盗っていくあいつらを、紳士の俺は簡便ならないと思った。
微塵だけ、本当に微塵だけ。心の中で勇者を褒めた自分を恥ずべきか。
否。
答えは否である。
偶然この場に遭遇した自分の運を褒めるべきなのだ。
……てことは今下着は身に着けていないと言う事ですよね?
「これからの事ですが私は魔法を使えます、これとあなたの剣技でどうにか凌ぎましょう」
魔法……、魔法か……。俺も昔覚えた下位魔法が何個かあったな。全然使ってなかったから覚えてない、確かあの中に風の魔法があったはずなんだけど思い出せない……。
あれさえあれば、自然に布を浮かすくらいの事は造作無いわ。
「始めにモンスター倒しに行きましょう、あなたの動きを見てからでないと連携も何もありません」
「そうだな、そうしよう」
思い出せない。思い出せない。思い出せない!
魔法なんて特別して難しい物でも無い筈なのに、忘れる程でも無い筈なのに、生きる事に必死で料理のレシピしか思い出せない。
早く思い出さないと手遅れになる、事は一刻を争うのだ、モタモタしていれば一生の後悔が俺を襲うだろう。
チャンスを掬い取れない人間に成功は無い。
そして恐れていたその後悔は、すぐに自らを襲った。