争った痕跡
声が聞こえる。何かを呼ぶ声。
え? 宿泊費?
「ねえ、ねえってば」
一泊1600G? 高すぎるだろ! もう少しまけろよ!
「生きてるかしら? 起きなさい」
じゃあ100Gおまけって、それでも高い! あのさ、こんなとこに人来る? 折角泊まってやろうってのにその言い草は無いんじゃない? 別に俺はここ泊まらなくたっていいんだよ? ん?
「さすが勇者の仲間だけあるわ、強力な魔法ね」
おまえじゃ話にならん! 店主を出せ! お客様がお呼びだぞ!
「解眠薬なんかないし、どうしようかしらね」
え、あ、あなたが店主さん……? あ、え、えっと……あ! ぼ、暴力は良くない!
「仕様が無い、こうするしか無いわね。少し荒々しいけど……、んっ!」
「んっ!?」
ごめんなさい! 2000Gで勘弁してください! もう来ないですからこれ以上殴らないで!
「舐めた口利いてすみません!」
「うわ、何!?」
誠心誠意謝るとゴリゴリのガテン系店主が女になった、意味がわからないけど目の前で起きたのだから間違いは無い。と思う。
「……店主は?」
「店主? あの道具屋とかにいると思うけど」
「いや、さっきの筋骨隆々な人は……」
「さっきから私しかいなかったわよ」
「あぁ、そうなんだ……」
俺を殴り倒したさっきの店主はどこいった。なんだよ今から本気で反撃してやろうと思ってたのに。全く逃げたんなら仕様が無い、今回は許してやるか。
俺が本気を出せばどんな奴も許しを請うて来るものだ。その昔はご勘弁のアスちゃんと呼ばれたものよ。
いや誰だこいつ。
「あの、誰? 何これ頭痛い」
「申し送れました。私は」
あ、思い出した。勇者に好き放題やられて眠らされたんだった。
って事はこいつはその仲間か?
「勇者の仲間か……?」
「思い出しましたか」
「よく堂々と俺の前に顔を出せたなぁ、なんて事してくれやがったんだよ。俺の家の物を返せ!」
「は? いえ違います、あなたを眠らしたのが勇者の仲間と言う事です。で、あの……その家なんですが……」
「許さないぞお前ら、神の誓いもここで切れると思え。覚悟し……あれ、剣どこ行った?」
「よくわかりませんけどまず落ち着いてください、それに最初から剣なんて持っていなかったじゃないですか」
「いやちゃんと持ってたんだよ、嘘じゃないって」
「寝言の内容と現実が混ざっていませんか?」
俺が嘘付いたみたいな状況になってしまった、ちゃんとあったもん! ほんとだもん!
ん? 座ってる場所から違和感が……。
確認すると剣の取っ手が出てきた。
「ほらあるじゃねえか! これが証拠だ!」
「それを剣と言えるのなら、まぁそうですね」
「手入れしてなかったからちょっと錆び付いてるかもしれないがこれでも立派な……柄だけ!?」
持っていたのはなけなしの有り金をはたいて買った家宝の剣、それの柄部分だけで刀身は無い。
なんでこんな事になってるんだ、まさか枕代わりにしてへし折れた訳じゃ無いだろうな。
そうだ、勇者に返り討ちにされて折られたんだった
「俺の最後の武器が……」
「あなたはさっきから騒がしいですね」
「くっ……、大体ここどこだよ」
起きたら知らない場所で寝ていた。
この程度の認識しか無い人間に次から次へと情報の押し売りをされて混乱している。
平原の様な林の様なよくわからない所にある川の隣にいる。
「ここはあなたの良く知る場所ですよ、ほらあれとか見覚えないですか?」
「ん?」
女が指差した方向を追って確認してみる。
紅葉の樹が二本。
あれは見覚えがある、確か家の横に無造作に生え散らかしていた奴だ。
二本とも変な曲がり方をしていて枝という枝が絡み合っている奇妙な木だから見間違うはずも無い。
いや……これは……見間違いであって欲しい……。
間違い無いと断言しといてなんだけど、的中していない事を祈るばかり。
何も正解が正しいだけじゃない、不正解が正しい事だってあるんだ。今回のこれは後者であって欲しいと言う願いであり願望。
家の横に樹があったという事は樹の横には家があると言う事。
なのにそれが、見当たらない。
代わりにそこにあるのは木材の燃えカスと煙が立ち上がるのみ。
おかしいなぁ。
「そこに樹の燃えカスが束になってない?」
「ありますね」
「あぁ、やっぱあるんだ。見間違いかと思った」
見間違ってはいなかった。
木材で出来た家が燃えカスへと変貌していたら、何がどうあったかなんて聞かなくてもわかる。
燃えたんだ。
「私が非力なばっかりに止める事は出来ませんでした、すみません」
「これ、誰がやったんだ」
「勇者です」
「そうなんだ」
そうなんだ、としか言えなかった。
もう燃えてしまった物を戻せと言っても戻る訳でも無い、消えた物がが帰ってくる訳が無い。
あいつらか……そうか……。
あいつらね……。
うん……
「…………」
「あの……?」
「ぐっ…………」
「大丈夫ですか? ん……? 泣いてるんですか?」
「泣いていない」
「悔しかったですか?」
「悔しくない」
「そうですか」
「…………う、うわああああああああ!!!!! ふざけろよぉおおおおおおお!!! あの野郎ぉおおおおお!!!! あぁ悔しいよ! 悔しいさ! 悔しいだろ! すき放題されて! 見てるだけで! 何も出来ず! 二対一だぞ!? 卑怯だろ! 武士道にのっとって戦えよ! 戦ってすらないよ! 眠らされたよ! 今の今まで! 暢気にだぞ! 挙句家まで燃やされて! 泣くだろ普通! 泣くだろ!? なぁ!」
「勇者と戦ったんですか? うわ、鼻水が」
「戦おうとしたんだよ! そしたらあしらわれ! 俺の最後の貯金だってあったんだ! 本当に困った時用に! 汗水垂らして! 危険なクエストだった! 死に掛けた! その金をだ!」
「悔しいのはわかりました、十分に。 じゃあ行きましょう」
「どこにだよ! 天国にか!? どうしようもないもんな! どう生活していけばいい!? どうやって生きてけばいい!?」
「旅に出るんです」
「だからどこにだよ!? 何しに!? てめぇ……おちょくってる様なら……っ!」
「勇者を殺す旅です」
問答の末、聞き逃してしまいそうなほど軽やかに出た答え。
勇者を殺す旅。
何それ、面白そう。