勇者達
この国には魔王討伐制度と言うものがあり、百年に一度魔王を討伐しに行く者を決める行事が行われる。
そこで選ばれた者は、金銀財宝と名誉と栄光を手に、魔王を討伐しに行く制度がある。
選ばれたこの人間は勇者となり、まっすぐと魔王討伐の冒険へと出たはずなのだ。
それなのに、それなのに何故、勇者は今俺の家を漁っているんだ?
剣を向けられ、脅されて大人しく待っていること数分。一通り盗み終わったらしい。
家の中は滅茶苦茶で物が散乱していて、前の姿が想像できないほどに愉快なお家となった。強盗の方がまだマシな盗み方をするだろう、強盗より強盗らしい勇者様です。
もう家の中は盗む程の無いゴミしか残っていない。
タンスの中の貯金も、樽の中に入れていたアイテムも、かけてあった思い出の品も、全部消えているか見るも無残な気の毒な姿となっていた。
ただ平穏に、静かに、何もせずに過ごしていただけなのに、いきなり来て盗んで壊して好き放題。
何なんだこいつらは。
俺に恨みでもあるのか。
ふざけている。
そうだ、ふざけているのだ、こいつらは。
人の怒る事をして好き放題暴れ回って、挙句に脅迫。許される訳が無い。
…………よし。幸いこれは見つかっていない様だ、これさえあれば俺にも出来る。
同じ屈辱を、ただ見ることしか出来なかったこの屈辱を、勇者本人にも味あわせることが出来る。
勇者だろうと知るものか、何が魔王を倒しに行く存在だ。
俺が今ここでやるんだ。
俺が今ここで殺るんだ。
「……ちょっと待てよ、勇者……」
床下に置いてあった胴の剣は盗まれてはいなかった。
多分これが家に残された最後の武器、これが盗られなかったのは正に強運。
「人の家で好き放題していって、このまま外に出す訳無いだろ……?」
こいつらはまだ英雄になる前の存在だ。このまま英雄になってしまう前に、ここで消えてもらおう。
魔王なんか勝手に暴れておけば良いんだ、どうせ誰かがどうにかしてくれる。
こんなのが勇者でであるものか。
俺が小さい頃に読んだ本の勇者はもっと格好良かった、悪を罰し世界を救うヒーローだった。
こんな他人の家を巣食う子悪党ではない。
別にヒーローになりたい訳じゃないけど、自分に害を為す者は許せない。
「何黙ってるんだ、何とか言えよ勇者」
「…………」
勇者は喋らず、顔も変えず、ただこっちを見るだけで何もしない。
その姿は不気味で少し気圧される。
「だんまりかよ……、……だとしても!」
続く言葉は、斬る。
一直線、迷無の踏み込み縦一文字斬り。
容赦する必要の無い真っ直ぐな殺意を向いた一振りの剣が、一人の人間に襲い掛かかった。
そのまま振りかぶった腕を振り下ろす、こうする事で剣は物を斬る事が出来る。
物を斬るのに感触は付き物で、動物を捌いた時のあのヌメっとした感触を思い出す。
人も動物、あの感覚がするんだろうと思っていた。しかしその生き物を斬った時の感触が無い。
完全に裂いたはず、勇者の真ん中からズバっといってガッとなって血がドバっとなるはずなのに。
なのに無い。斬った感触が合切無い。 まるで斬っていない様な。
俺は今何を斬った? 物に触れれば少なからず衝撃があったり、何かを斬れば何かが付着する。
そう思い、剣を視認した。
「……ふっ」
思わず鼻で笑ってしまった。
見て納得。知って納得。これじゃあ斬る感覚が無いのも頷ける。当たり前。
刀身が無い。
斬れる部分が無い。
最初から無かった訳ではない、正しくは折られていた。
勇者は剣を避ける事もせず、守る事もせず、代わりに剣をへし折ってそもそもを絶ったのだ。
勇者の手には刀身が握られている、素手で折ったらしい。
さすが勇者、もう魔王を倒せるんじゃないかと言うほどの出鱈目具合。なんだこいつ。
何なんだこいつ。
くそ、目が眩んできた。
…………いや、違うな。これ、眠気だ……。
なんだよこれ、視界がぼやける……。
くそ、何でいきなり眠気なんか……。
……おい、何見てるんだよ勇者。見世物じゃないぞ、こっちを見るな。
あ、そうか。この眠気、こいつらの魔法か……。