まぼろしつうろ
モミモミ取引は無事何事も無く済んだので、交換条件の情報である話を聞く事に。
まず聞いたのは勇者について。
あの奇行は俺達だけで無く複数件やっていたそうだで、何故俺達が狙われたかは特に理由がある訳でも無かったので、単純に運が悪かったんだろうと言う話になった。
それで許される行為では無いから、こうして勇者達を追っている訳で。
次に百年に一回復活する魔王、それに合わせて誕生する勇者。
それの四回に一回くらいのペースでゴミ勇者が誕生するらしいと言う事。
千二百年前の勇者なんかもうどっちがモンスターかわからないほどの悪で、世界に蔓延る悪行という悪行を知らしめてわたったらしい。
さすがに何とかせねばと立った国と国王、勇者が魔王を殺した後に潔く英雄となった勇者を英雄のままでして置く為に、なんとかして毒殺したそうだ。
魔王より手を焼いた勇者が現れたせいで、勇者制度自体を廃止にするかどうかの言い争い。挙句行き過ぎて戦争が起き掛けたと聞いた。
前の悪勇者が出てきたのは四百年前。そして今回はその四回に一回のハズレ年であるゴミ勇者の年。勇者があの悪行を遂行したのも納得いった。
後は洞窟に勇者達が向かったと言う情報とドラゴンの倒し方を教えてもらった。
ドラゴンの倒し方以外ほとんどいらない情報だった事を抜けば、良い取引だった。まるで詐欺のようだ。
……なんであの爺さんは、俺達が勇者を追ってるのを知っているんだ?
「それは知っておるからじゃよ」
あ、そうなんだ。
爺さんとの話も終わり、早速洞窟に行くべく町を出た。
「じゃあ準備もしたし、勇者の話も一つ二つ手に入れた手に入れた。万端の状態である今、洞窟に入ろうぜ! 胸揉まれたくらいで気にすんな!」
「……ドラゴンは人も主食に加えるらしいわよ」
ラランはこちらを一切見ずに、誰に言うでもない言葉を投げた。
「爺さんなんか食べても美味しく無いだろ」
「若者の肉なら引き締まってて美味しいでしょうね」
「筋肉が付いて無いから不味いだろうな」
「それは肉に筋が無いという事? おいしそうね」
「……そのギャグはCランクだな」
とても硬く、食べれそうに無いギャグを聞き流しながら洞窟へと足を踏み入れる。洞窟の中は割かし整備されていて、明かりも十分に付いていた。
町から近場の洞窟なだけあって、腕試しがてらの冒険者が良く訪れる、その事もあり人通りも多いので恐怖の帰らずの洞窟感はあまり無い。
逆を言えば、人が帰ってこない理由が分からない程の快適さがある。
「もうここからは、洞窟の外には帰れないわね」
「とは言っても既に生還者がいるからなぁ……」
「ほとんど成り行きで入ってみたは良いけど、これからどうするつもり?」
「どうするって、一本道なんだから進むしかないんだろ?」
洞窟に入ってからは、ずっと一本道。曲がる事を知らない素直な道だった。
「考えてもみなさい、一本道なのに誰も帰ってこないということは、この先で死体になっている可能性が高いのよ」
そうか、帰ってこないのなら死体になっている事も有り得るのか……、てっきり皆で迷子になってるんだろうと思ってた。
死体は怖いなぁ……、もう帰ろうかなぁ……、良く考えたら、自分達が洞窟に入らなくても勇者達が出てきた所を殴ればいいだけだしな……。
「一旦帰ろうぜ、このまま勇者に挑んでも返り討ちにされるだけだ。勢いで向かっていっても無駄なんだから」
「だから、私達はドラゴンを仲間にするのよ」
唐突に言い出した訳のわからない言葉に、思わず「はぁ!?」と言ってしまった。
仲間にすると言ったのだろうか。架空の、この世に存在しないトカゲを。
「今の私達では勇者に勝てない、けれど伝説の龍が味方ならば話は別よ」
「居るわけないだろドラゴンなんて! 宝を他の奴に取られたくない輩が嘘っぱちこいてるだけだ!」
「でも何かしらはいる」
事実を突きつけ返答に困っている俺に対し、ラランは続けて言う。「誰も帰ってこないのは普通に不自然だもの」。
それは俺も思っていた。だから帰ろうかなと思案し、そのままを提示した。
その何かしらが殺人鬼だったらどうする? その何かしらが魔王だったらどうする? こっちがやられる事を頭に置いてないのかこいつは。
そうだ、何故自分でわかっておきながら洞窟に入ったんだ俺は。もっと冷静になれよ。
「元より入る意味が無いんだから、出てからそこで待ってても問題ないんじゃないか?」
「ここがどこだか忘れたの?」
「帰らずの洞窟だろ? ただの一本道で帰れないとか片腹痛い。とりあえず一回戻ろうぜ」
……あれ? 来た道こんなのだったっけ?
後ろを振り向くと見覚えの無い通路、それと階段を下ってもいないのに上へと上がる階段があった。
「あれぇ……、何この階段店……、さっきまであったかなぁ……?」
「現在洞窟がおかしいと言っていたわ、多分これがその理由ね」
「嘘だろ? ……いや階段上がれば出口なんだよ! きっと!」
そう信じラランと共に駆け上がる。
はぁはぁと息を切らしながら震える鼓動を押さえ、上って、上って、二十メートルは上に上がった。
二十メートルは建物にして言えば五、六階の高さに値する。けれど階段の先を見てもまだ階段、ずうっと階段。終わる事のない壇状通路。
「くそ……何だよこれ……どこまで行っても階段じゃねえか……」
「ねぇ、気付いてる?」
「何が……?」
「後ろ」
「後ろ……?」
言われたとおり後ろを振り向くと、階段の終わりが見えた。それは紛れもない終わりの場所だった。
混乱しそうになるが、これは階段の終わりではなく始まり、俺達が上り始めた所がすぐ近くにあった。二十メートルは上ったと思っていたのに実際上がったのはたかだが二、三メートル。
言い表しようの無い疲労感と若干の恐怖が襲った。
「どうなってんだよ……」
「ループしてるわね、これは多分幻術とかそういった類の、いわゆる魔法ね」
「……魔法とか、呪いに詳しいんだな……?」
「専門だもの」
そうかよ。としか言えなかった。
そんなに魔法に自信があるのなら逃げずに戦えよ。そうすればあのモヒカンだって簡単に倒せてた、俺が怪我する事も無かった。
……疲労のせいで考え方が偏ってるな、一旦落ち着こう。
「……じゃあ術で戻れなくなってて、進むしか無いって事か?」
「そのつもりで来たんでしょう?」
「……そうだよ。帰る気なんてさらさらこれっぽっちも思って無かったよ。やらなければいけない事があるからな」
俺は勇者を殺す、こんな所で引いているようでは殺されるのは逆で、こっち側。待ち伏せなんて甘い考えで向かっても、初めて対峙した時の屈辱が同じく繰り返されるだけだ。
勇者が入って行ったというのなら、それを追いかけるのが殺す側の原則。追って、追って、その時が来るのをじっと待つ。
獲物を待つサソリの様に、静かに息を殺して機会を伺う。
もう、行くしか無いんだ。
諦めて行くしか無いんだ。
こうなってしまった以上、多分普通の生活には戻れないんだろうな。