モヒカン、二つ目
迂闊だった。
モヒカンが近づいて来るのもそうだけれど、何より直ぐに行動しなかった事。
失態。
でも靴が壊れれば誰だってショックは受けるし動揺もする。
だからこれは、仕様が無い事なんだ。
こいつがここにいると言う事は、ラランはどうした?
回りを見渡すと、一人の女性が地面に寝転がって寝ているのを発見した。
言うまでも無く、ラランだった。
「ははっ……」
失態のあまり笑うしかなく、ニヤついて言おうとした言葉も喉に詰まる。
これは、もう駄目かもしれない。
「何、鼻で笑ってくれてんだぁ! この犯罪者がぁあああ!!」
尻餅をついていた俺に容赦無く拳と言う名の杵を振り下ろしてくる。
これで勝てなくなったけれど、避けずに殴られる訳にもいかない。痛いのは嫌なのだ。
間一髪で横に転がり込んで避けた。代わりに壁さんが犠牲となった。
ボロボロと崩れる壁がその威力を物語っているが、最早それどころじゃあ無い。反撃する武器も無しでどうしろと言うのだ。
「……こ、ここまでの暴力を行使する奴は、犯罪者じゃないのかよ……。モヒカン野郎」
「そもそも先に殴ってきたのはお前らでこれは暴力じゃねぇ、正当防衛と言うんだよ無力カスが」
「そもそもの話をするなら、お前が俺に暴力を振るってきたからこんな事になったんだろうがダサ頭」
「随分強気な事だなぁ……、お前、状況わかってんのか?」
わかっている。非常に危険で、非常に不味いのは自らよくわかっている。
武器として持ってきた角材は逃げる際に捨てて来てしまったし、それに魔法もろくに使えない。
こんな状況をまずいと思えないほど、俺は強くない。
つまり。
詰んだ。
終わりだ。
俺一人での勝ち筋なんか、彼方地平線の方まで遠いんだ。
「……なんでそんなに荒ぶっているんだ……? 疲れるだけだろ」
「知りたいか? お前らに頭を殴られたからだ」
「驚愕の事実だな」
「あぁ!? ……お前らは、おちょくる事にだけは長けていると褒めてやろう」
「止めてくれ、お前に褒めらると情けなくなる。…………ぐ……っ!」
またこいつは、暴力を振るってくる。
顔に一発。
腹に一発。
また顔に一発。
少し馬鹿にしただけでここまでの暴力を撒いてくるだなんて、全く人としての程度が知れる。
無抵抗の相手に殴る蹴るを繰り返して楽しいのかね。
この時間をもっと有意義に使って、勉強でもした方がいいと思うぞ。
ヘアスタイルのな。
しかしまいったな。
痛い。
すっごい痛い。
どうしよう、我慢出来ない程に痛い。
腕とか脚とか体とか、もうそこかしこに痛い。
どうしようどうしよう。
大声出せば誰か来るかな。
真夜中で寝てるし来る訳ねえかぁ。その前に声もろくにでねえや。
万策尽きた。
ここで終わりかな。
いやぁ、全然目的達成出来てねえよ。
まさかあれから、勇者にすら会えないとは思わなかったなぁ。
すら、と言っても有名人だから会えなくても仕様が無いか。
痛い。
痛い。
痛い。
うわ冷た。
何これ、氷?
あぁ、ラランの魔法の奴か。何だよ驚かすなよ。
しかしやけに尖ってる氷で、珍しい形だなぁ
凄い尖ってるし危ないなこれ、刺さったりでもしたら凄い危ない。
こんな所に転がしとくなよ、誰か怪我したらどうするんだ。
「あ……? てめぇ……、何やってんだ……?」
気が付いたら、モヒカン男の脚に氷が突き刺さっていた。
「あれ……? あ、ごめん……」
「……おいおいおい、殺すぞ……?」
へへ……やってやったぜ……、これがイタチの最後っ屁って奴だ……。
体もガッタガタで、もうハナクソほじる力も残ってねえや…………。
……いや、ある。
まだあるぞ、ハナクソ。
さっき拾ったじゃねえか。
「食らえぇ!」
「あ!? うっ……!? な、これはっ……!?」
俺は、懐にあった忘れられし兵器を投じた。
投げつけたのは、一つの生物。
せいぶつ、ではなく、なまもの。
ゴミ捨て場で拾ったくさったにく。もとい、腐った肉を、パンチの効いた顔面に投げつけてやったのだ。
「ぐお……、くっそがぁ……」
悪臭。悪感触。虫沸。これらの情報を集めた肉が飛んでくれば、出てくる言葉は不快の二文字。
下手すれば病気になってしまう程の生ゴミを浴びせられては、怯むのは必然で当然。
この土壇場で良くやったと自分に対して感謝状を送りたい気持ちがふつふつと湧き上がる。しかしこれで終わりではない、金一封も頂いていく勢いで向かう。
怯ませる事が出来ればこっちのものだ。
俺は魔法を使うのに結構な時間がかかる、だからその時間を稼ぎたかった。
隙を作る暇が無かったから早々に諦めたが、思い出して助かった。
使うは斬りつけ巻き上げる、精霊が人に残した魔法の一つ。
四大精霊の風の魔法。
「あいつを切り裂けぇえええ!」
放たれた一裂きの風はうろたえているモヒカン目掛けて、真っ直ぐ飛んでいく。
真っ直ぐ、モヒカンを目掛けて。
「え? あ……、うわぁ……」
モヒカン目掛けて飛んでいった魔法は、綺麗にモヒカンだけを裂いからてどこか飛んで行った。
モヒカンの土台の男には、一切の傷を与えず。
この体の痛みと疲労から、狙い通りに飛んで行く訳無かった。そんなの知らんて。
「あぶねえなぁおい……マジであぶねぇ……、やはりモヒカン神は俺を見放してはいなかった……、モヒカン神は俺のモヒカンの愛を感じてくれていた……あぁ……」
「本当ついてねぇねぁ……」
「お前にわかるか、モヒカンに捧げて来た人生が。俺がモヒカンと共に生きてきた、この忠誠心が。モヒカンじゃ無い男は! 人に在らずと知れ!!」
「ちょべりぐ……ララン……」
「モヒカンの仇はぁ! 命で支払えぇえ!!! モヒっ……!?」
モヒカン男が、短い悲鳴と共に前に倒れこんだ。
「……これがニスちゃんの想いであり、重い一撃よ」
後ろから釘の打ち込んだ角材、名を棍棒で、男の頭を殴りきったらしい。
何度も何度も頭にダメージを貰えば、いずれ脳震盪を起こす。それが起きるかどうかは確立との勝負だったが、こうして成功したのだ、結果良し。
「し、死ぬかと思ったぁ……」
「私がいなければ完全に負けてたわね。感謝しなさい」
「よくすぐに意識戻したよな、あんな体格差じゃただじゃすまないだろ」
「ただじゃ済まなかったわね、見なさい、顔を擦ったわ」
顔の一部から血が少し滲んでいた。
大男に殴られたと言うのに、骨折でもなく、青タンを作るでもなく、擦り傷って何だよ。
「そうかよ……」
「私は気絶した振りしてただけだもの。それにしてもいい案山子だったわよ」
「それはありがとう。もう少し遅ければ本当の案山子になるところだったよ」
「それは残念ね」
「残念て……。……さてと」
ぐったりと倒れこんで、何も発さない男に近づいた。
心臓を確認すると、まだ生きている様で安心した。簡単に死んでもらっては味気無いからな。
この男には散々やられた、故に正義の味方が成敗するといたそう。
もうこんな事が出来ない様に、これからの人生一生恥を掻いて生きるのだ。
この男に刺さったままだった氷を引き抜き、地面に落とす。
氷は割れて、様々な形が飛び散る。その中から良い感じの氷を見つけてのでこれに決めた。
これならば、ナイフの代わりになりそうだ。
――数分後。
「ふぅ、よし」
「…………しょうも無い事考えるわね」
「これでこいつは何も出来ないだろう」
モヒカンを切り裂いて丸坊主にしてやった。
モヒカンを愛と語って、モヒカンが全ての男がモヒカンを失えば、そのショックから外に歩く事すらなくなるだろう。
中と外からの復讐。
これが許さないリストに刻まれた男の末路だ。悔いて恥じろ。
「ララン」
「何?」
深呼吸。
肺に痛みが走るのも構わず息を吸う。
それから。
「俺は勝ったぞぉおおおおお!!!!!」
空が白んできた明け方の夜。
喜声が町を響き渡った。