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とつぜん、勇者がやってきてツボやタルをこわし出ていった  作者: おいしいカレー屋さん
お金クエスト
13/47

モヒカン

勝った。

 あっさりと。

 後頭部を殴打しただけで。誰がやったとも知られずに。


 これが戦いなんだ。

 生きるか死ぬかの瀬戸際で、流れ着いたのは勝利の二文字。


 目的を終えればこんな所にいる必要は無い、さっさと立ち去らねば。こんなところ目撃されれば完全に犯罪現場だ。


「さぁ、直ぐに逃げるぞ。見つかってしまったら、これから臭い飯を食っていく事になるからな」


「……そうね、そうしたいわね」


「ララン? 聞いているのか? ここにいたら……」

 

 何故か動かない。

 今すぐに立ち去らなければいけないと言うのに。


「早く行くぞ!」

 

 ラランの華奢な腕を持ち、引っ張った。 

 しかし、すぐに異変に気付いた。ラランが何故この場を離れようとしないのか。何故逃げれないのか。


 それを見て頭に思い浮かんだ文字。

 失敗。


 この作戦は失敗したのだと。

 俺は腕を掴んで引っ張った。ただそれは、反対側でも同じ事が起きていたから動けなっただけなのだ。


「……てめえら、ただじゃ済まさねえぞ……」


 モヒカン男がラランの腕をがっちり掴んでいた。当然、こんな状況で逃げれる訳が無い。

 一発目は後頭部に完璧に入った後に、二発目まで決めたんだ。それで動けるなんて、普通思わないだろう。


「この手を離しなさい」


「あぁ? いきなり殴りつけといて、どの立場から物を言ってんだぁ……?」


「離して、と言ったのよ!」


 言い終わると同時に魔法を、火をモヒカン男の顔に浴びせた。

 その火は、回りに誰か見ているかもしれないと言う事を一切考慮していない、迷いの無い魔法だった。


「ああ゛っ!?」


 顔に火を浴びたれば、人はこんな感じの悲鳴を出すのだと知った。

 モヒカン男が火を消す為ラランの腕から手を離し、火に風を与えないようにして揉み消していく。


 そこまで苦戦する事もなく少しずつ火は弱まっていき、間も無く消化された。

 火を浴びせたと言っても即席で作っただけに、威力は低かったようだ。ほとんどダメージを受けている様子は見受けられなかった。


「小ざかしい事をするな女ぁ……。 俺に不手際を働かせる奴はどういう最後を辿るか……、教えてやるぞ、糞共がぁ!!」


「ララン! 逃げるぞ! プランB! チャーリーへ後退!」


 二人で即座に撤退。勝てないのだから撤退。

 逃げれると確信しての撤退。


 この作戦を立てるのに二時間はかかったと言った、ただ待ち伏せして殴りつけるだけの作戦なら時間は五分で十分だろう、残りの時間で準備を整える方が得策だ。だというのに、なのに時間がかかったのは何故か。


 それは例え、作戦が失敗しても安全に逃げる事に重点を置いたからだ。

 この作戦の真骨頂は失端した時の逃走にある。経路を三パターン考えたから時間がかかったのだ。無駄な闘争をしない為の逃走。


 それのプランB。目標地点までの後退。


「ほら、駄目じゃないのこの作戦。安易過ぎるのよ」


「失敗した事を今嘆いても仕様が無いだろ!」


「嘆きではなく責めているのよ。作戦の設立者にね」


「えぇい、御託はいいんだよ! とにかく走れ!」


 作戦を言い出したのは俺だけど、それに乗ったのはラランだろうに。

 ほとんど考えもせずに、ニスと会話しているだけで作戦内容はほとんど俺に押し付けやがって、それで失敗したのなら責める権利は無い。むしろ俺が責めれるまである。


 素直に最初から二人で考えてれば、こんなガバガバな内容にはならなかったのに。

 何だよ、後ろから角材で殴るって。馬鹿じゃねえの。


 いや、まぁそれはいいよ。

 一人一打て何だよ。


 二人で何回も殴れば起き上がる事も無かったんじゃないのか。二人で考えたらこんな事にならなったのに、ラランが考えもしないから。

 失敗の責任は二対八くらいで、俺は悪くない。


「逃げてんじゃねえぞぉお!!」


 逃げる俺達の後を追う形で、鬼の形相で奇抜な髪型のおっさんが親の仇の如く追いかけてくる。


 人間の二足を巧みに使い本気で走ってくるその巨体から、何かが投げられた様に見えた。

 暗くて良く見えないが、何か円形の形に見えた。


「何だあれ。 ……あぁ!?」



 その何かは大分早い速度で俺の横を掠め、そのまま減速も無く飛んで行き目の前の石階段を粉々に破壊した。

 「階段だった」その石の塊に刺さっているのは、鉄製の大柄な刃物。所謂トマホークであり斧だった。


 石で出来た階段を破壊する程の威力を持った投擲物なんかが、そんなのが人体に当たれば入院は確実コースで、悪くて三途の川だ。

 これは、本気で逃げないとかなり不味いかもしれない……。


「ぷ、プランC! 二手に分かれブラボーに後退!」


「どこよブラボーって」


「教会だよ! 何を聞いていたんだ! アルファは町の入り口! ブラボーは教会! チャーリーは酒場! 話して決めただろ!」


 作戦をスムーズに伝えるための暗号記号。

 間違い無く素早く伝える伝達法なのに、理解していなければ何の意味も成さない。ちゃんと納得と理解をして行動に移さなければ、待つのは死だいうのに些か意識が低すぎやしないかいラランさん。


「うおらぁあああ!!」


「ちゃんと話を聞いてないと意味が無いだる゛っ……!?」


 今は仲良く会話なんかしている場合では無いのだと、痛感した。

 モヒカン男に飛び蹴りを食らわされた。


 屈強な男が全体重乗せて飛んできたら、それはもう恐ろしい痛さだ。多分アバラが二、三本持ってかれた。そう思わせる痛さが体のそこ等辺から感じる。


 そのままゴミの様に飛んで行き、ゴミの様に壁にぶつかり、ゴミと変わらない姿で地面に転がるゴミ同様の男は、一体誰なのか俺は知らない。


「おぉい女ぁ! さっきはよくもやってくれたなぁ!」


「……先に手を出したのはそっちでしょう」


「先はお前らなんだよ……、糞ボケがぁ……!!」


 怒りを隠しきれず、血管が無数に浮き出ている変な頭の男。

 本当に先に手を出したのはあっちなのだから、最早言いがかりに近い。


「いきなり人の頭を殴るのは、お前らどういう事か理解してんのかぁ? 頭は割れ、骨は砕け、欠片が脳に刺さり回復するのが不可能な重症を伴う。それをお前らは何もしていない無抵抗な一般人に振っ掛けたんだぜ? 事の重大さ理解して行動しろよゴミアホ共」


「殴られても無傷の男がよく言うわね」


「……お前らは、本当に殺されないとわからないらしいなぁ……」


「会話にならないわ、まるで鳥頭ね」


「っ……! 死ねよや!! 糞ガキがぁ!!」


 堪忍袋の尾を二重に締めた聖人君子だろうと怒る様な発言に反応し、怒りを抑えきれず男が殴りかかった。


 その巨大さから拳も大きく、女性の顔程度なら覆ってしまうその大きさは、まるで鈍器である。


 それに対しラランは逃げることもせず、氷魔法の氷結晶を生成。それを手に持ち応戦した。


「あぁ!? また魔法かぁ!?」


 人の拳と、科学の魔法とが交差する。

 殴られれば壊れ、壊れれば次の氷を出しての不毛な攻防を繰り広げて数十秒。


 力では圧倒的に劣るのだから、その分魔法で補助するしか無い。そのおかげであの巨体との体格差を埋める事が出来ている。


「おいおいおい、何だそれはぁ!! 高度な事をしている癖して脆いじゃねえか!!」


「力しか取り得の無い男には、さぞかし高度に見えるでしょうね」


「言っている意味が理解出来ていない様だな女ぁ! 数式なんぞ……足し算で十分なんだよぉ!!」


「くっ……!」


 ただしそれは、防御しているだけであって押されているのはすぐにわかった。

 魔法が間に合っていない。殴るほうが随分と早く、徐々に徐々にタイミングがずれて来ている。


「あ? お前、よく見たら酒場で口出ししてきた奴じゃねえかぁ? ……って事は、さっき蹴り飛ばした奴は酒場で俺に歯向かって来た奴か? はっ、二人して馬鹿かよ! みすみす犯罪者に成り下がりやがって何がしたんだぁ!!」


「……あなた、前に大人の男の人を重症に負わせた覚えは無い?」


「あぁ? ……さあな、心当たりがあり過ぎてわかんねえや。今さっき蹴り飛ばした男はグロッキーになってるけどな! ははははは!」


「……クズね」


「……誰がクズだとぉおああ!? てめえいい加減にしろよボケがぁああああ!!!」


 スピードを増していく拳に、魔法が追い付いていない。

 単純な腕力で負けるラランがこれ以上続ければ、確実に押し通される。そうなれば俺一人となり、勝つのが不可能になってくる。


 だから大切な戦力である、リーダーのこの俺が、ここで倒れている訳にはいかないんだ。


 くそう……いったいなぁ………。


 でも、立てる。

 なんとか行ける。


 まずは、ここを後にして他に人を呼ぶんだ。数で勝ることが出来れば、いかに強者だろうと引いていく。


 問題はその間にラランが耐えれるかどうかだが、きっと大丈夫。根拠は無いがラランなら何とかしてくれると信じている。何ならそのまま倒してくれても全然構わない。


 よし……ん?


 …………おいおい、嘘だろ……? こんな土壇場でこんな事って起きるか?


 完全に神に見放された。


 もう終わりだ。


 靴が、靴が破けている。


 長年履き続け、壊れても壊れても修復を繰り返し、騙しながらに使ってきた大切な俺の靴が、それが壊れていたのだ。


 直るだろうか。直そうにもこの町の最後の靴屋この前潰れてしまった。時代は残酷なもので、雑貨屋やショップ集合体の建物なんか出来てしまって靴の専門店なんかあっという間にお払い箱。売れていない訳ではないのだけれどどうしても人は便利な多種集合売店に行ってしまう、いきつけの店が無くなるのは実に哀しい。


 そうだ、感傷に浸っている場合じゃない、人呼んで来ないと。


「よぉ、待たせたなぁ……」


「え?」


「次はお前の番だ、奥歯の準備をしとけよアホンダラがぁ……」


 気付くと、目の前には男の影が広がっていた。

 その影は、とても大きく、とても暗い影だった。

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