特注品
「二度と俺の前に現れるなよ、雑魚が」
人の体がぽいと投げられ、ゴミ置き場に捨てられる。
雨がしたきり降り注ぐ昼下がりの午後、体に雨を受けながらひとつだけ、思う事がある。
雨はとても冷たい。
ボロ雑巾のような今の俺にはこのゴミ置き場とあいまって、相当お似合いのインテリアとなっているだろう。
ゴミ袋が積みあがったその上に、大の字で乗っかっている男なんてそうそう見れない貴重な光景。
一分そこそこの時間ゆったりと雨の味を感じていたブランド品に、ぱしゃぱしゃと音を立てながら近づいて来る足音が聞こえた。
その足音は近くで止まると、雨の音に混じりそのせいで雑音の様に聞こえた。
「あなた、とても弱いのね」
顔を上げると、傘を持った一人の女性がいつもと変わらぬ顔で話しかけている。傘を俺の方に向けることは一切無い、優しくないやり方で。
第一声が心配ではなく貶す様な言い方はあんまりだ。
今はゴミらしくなるのに忙しいんだからあまり関わらないで欲しい。
「俺が本気出したらこんなもんだよ」
「勝てない相手に挑むのは頭の悪い人のやる事だわ」
「……そうだよ、既に答えが出てるじゃねえか」
勝てそうにない相手を俺に押し付けてきたアホは、とても頭が良く答えが的確で困る。
勝てないのだから何とか逃れようと弁解していたのに、相手が許してくれないんだから立ち向かうしかないだろ。
周りで見たいた奴らは助けようとせずただ傍観するばかりで、思いやりが無い連中だった。
困っている人がいるのだから、手を差し伸べてくれても良いじゃないかと思う。
何故モヒカンに勝てなかったのか。
ここで開始。アスミさんの、ステータス開示のコーナー。
こんな感じのステータスだよ。
名前:アスミ
力:普通。
才能:特に無し。
装備:二年前に購入した上下一式。防御力皆無。
職歴:必要最低限。
こんなの。
これが立ち向かった所で、荒くれ者に勝てる理由が無かった。
剣の一つでもあれば結果は変わっていたかも知れないが、腕っ節の無い男が筋骨隆々の男と喧嘩すればそれはもう負けますよ。
武器が無いなら魔法を使えば良かった?
町の中では法で守られ、人に魔法を使うのは禁じられている。回りに人が大勢いる中で使えば、例え完封勝ちでも通報されればこっちが追われる身。
それに俺の魔法は、出が遅すぎて使い物にならないからだ。
つまり使えない。
勇者達は平気で魔法を俺に使ってきたけど、誰も見ていなければそんなものだ。
バレなければ犯罪ではない、と言う暴論の元での行動。
紆余曲折を得て、結果モヒカンとの争いは見事にボッコボコにやられた。一応精一杯頑張ったけれど7対2くらいの割合で負けた。
残りの1は俺に賭けてた奴が負けた事に逆上して皿投げられた分。
「いつまでそんなとこにいるつもり?」
「傷ついた心に労いの言葉でも欲しい所だよ」
「臭うわよ」
「……そうだな」
寝転んでいる場所はベッドになっているとは言え、所詮はゴミの山。割かし酷い臭いが漂っている。
臭いと言われ、自ら哀れだと思う。体に臭いが付く前に起き上がろう。
「よいしょ……。いってーいってー滅茶苦茶いってー」
ゴミを撒き散らしながら起き上がる。
骨は折れてはいないが、打撲箇所が何箇所がありとてもイタイイタイ。今一番イタイのは心だけど。
服も埃やらよくわからない汁やらで汚れていたので、はたきながら起き上がった。
「くさ……。……あんなのに勝てないようじゃ勇者なんて夢ね、勇者達はあんなのとは別次元の強さなのよ?」
「そんな事知ってる、自覚もしてる。だから負けてやったんだよ」
「だからの意味がちょっとわからないわね」
「本気を出す程の相手じゃ無かったって事だ」
「あの程度に本気を出さないと勝てないのなら、勇者は無理ね」
「……。……それよりその娘は誰? お前の子? この短時間で生んだの?」
「そんな訳無いでしょう燃やすわよ」
横には小さな女の子がラランの足にピタリと引っ付いていた。
最初からいるのは気付いてはいたが、触れるのも面倒くさいし無視を決め込んでいた。けれどララン側も何の説明もして来ないものだから気になって仕様が無い。
聞くタイミングを逃していたのを今やっと触れた。
「あ、あの……さっきのおとこのひと……」
年端も行かない女の子が口を開いた。
「え!? なんだって!?」
「ひっ!?」
声が小さいのと雨の音で全然聞こえないし、聞き返したら怖がられるし。
子供は苦手だ、何を考えているのかわからない。ラランも何を考えているのかわからない。つまり逆説的にラランは子供。少し胸の発達した笑顔の少ない子供であると言える。
「ちょっと止めなさいよ、女の子に声を上げるなんて」
「聞き返しただけだろ。もう一回頼む」
「あ、あの……、その……」
……子供は少しの行動をしただけでここまで対応が変わるから嫌なんだ。
「さっきのはほら、聞こえなかったから。じゃじゃーん、ほーら優しいお兄ちゃんだよー」
「い、いや……!」
差し伸ばした手をはたく様にして払い除けられた。小さい子に拒絶されるのは心にクレーターが出来るほどのショックがある事を初めて知った。
さっきの怖がられたダメージが周回軌道を回って帰ってきた。
「何で!?」
「あなた顔が怖いのよ」
「怖い? こんな優しそうなお兄さんを捕まえて何を言う」
「血だらけでボロボロの男が話しかけてきたら怖いでしょう」
「血って……」
顔を触ってみると手の平にべったりと赤い体液が付着した。結構な血が出ている様に思う、相当の力を加えないとここまでの血は出ない。
……多分、皿の破片で切ったか。
それはそれとして、血が噴出しているのに気付かなかった俺もどうかしているが、最初に教えてくれないラランもどうかしていると思う。普通血が出てたら教えるだろ。経緯を聞くだろ。
「ら、ララン……後は頼んだ……」
意識した途端に意識が意識を失いかけるのを意識した。
「早く止血しないと出血多量で死ぬわよ。 ごめんね、お待たせ」
手当てという言葉が辞書に載っていないかのように一言言い捨て、また女の子に話しかけた。
「えっとね……あのね……」
ラランとの会話となると普通になる少女に若干、本当に少しだけ、青い気持ちになった。
二人は会話しているからどうしようかと迷う。一緒になって話を聞ければ良いのだけれど、今の俺はそれが出来ないからただの用無しの置物だ。二、三歩離れたところで話しが終わるまで突っ立っているだけのお洒落なインテリアだ。
うっかり置物になりすぎて人間である事を忘れてしまいそうになる。
そうだ、軽い運動にゴミでも漁るか。
何か使えるものがあればサルベージして再利用しよう。
それより先に、雨を防ぐ何かしらを調達しなければ。
おっと、まず止血をしないとな。
これは忙しくなるぞ。