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9話 潜入 1

「工房、工房、工房………………。と、あった。ここだね」


 小さな字で書かれている「第2番街電子研究工房」という文字を見つけ、ペンでマルを書き印をつける。

 そして現在位置の仕事斡旋所からそこまでの距離を何となく測った。


「大体だけど歩いて30分ってとこだね」


 スライプはざっくり結論を出す。

 電子研究工房は少し森の中に入ったところにあるらしく、途中山登りになりそうな経路であった。


「よし、ゴールが見えてきたな。ここから先は食料が手に入りにくくなるだろうから、先に少し腹ごしらえをするか?」


 空腹への対処はシャロラインには不必要だが、スライプには重要である。空腹による集中力の低下が、死に直結する場合もあるのだ。一応携帯食料も忍ばせてはいるが、可能な限り簡易食品ではない(おいしい)ものを食べておきたい。


「ん、そうだね。お昼も近いし。でも食堂とかじゃなくて歩きながら食えるのにしよう」


 これ以上の時間の消費は、スライプ達が目標とする日帰り帰宅が出来なくなる可能性が出てくる。

 なので、出来るだけロスを減らそうと移動しながらの昼食を提案した。


「む、私としては休憩がてらゆっくり食事を勧めたいが……。まぁしょうがない。疲れるのも、飯食うのもお前だけだしな」


 アンドロイドは疲労することがなく、休む事なく行動する事が出来る。しかし、あまりに過度な運動をすると関節に限界が訪れるので、長時間行動は程々にしなければならない。


 シャロラインは戦闘アンドロイドということもあり、関節部位は他の機体より頑丈に造られているのだ。


「よし、決まりだね。僕は適当に買ってくるから、シャロは戻ってくるまで休憩ね」


 そういうと、露店で出ている店舗をいくつか回り、目ぼしいものを買って帰って来た。

 下げているビニール袋の中には肉の串焼きや芋を甘辛く煮たもの等々、どれも串に刺さっていて片手で食べられるものであった。


「うわ、何か見たことあるものばっかだな。たまには違う種類のも食べろよ」


 ここにくる道中にも、同じような種類・食料を食べているので、シャロラインは正直見飽きていた。


「しょうがないでしょ。串に刺さってるタイプなんて限られてるんだから必然的に似たようなものになるんだよ」


 スライプも少し飽きがきているが、今後のために食べなければならない。袋からパックを取り出すと、肉串を1本持ち上げた。


「シャロも食べる?」

「んじゃ1個だけ……」

「じゃはい、あーん……」

「…………自分で食うわ」


 食べさせようとシャロラインの口元へ肉串を近付けるも、気恥ずかしいのかシャロラインは肉串をスライプから奪い取る。

 肉塊1つ咥え串から外すと、咀嚼しながらスライプに返した。スライプは若干不服そうである。


「うーん、何となく味があるのは分かるが……よく分からん」


 今頃シャロラインの口の中では肉汁が溢れだし旨味が広がっているはずなのだが、シャロラインにはその旨味がよく感じらず、ただ噛みながら肉汁を飲み込むだけになっている。


「だよねぇ……」


 スライプも肉塊に噛みつきながら、2人は地図を見ながら歩き始めた。


 しばらく道なりに歩き、途中訪れる分岐点では位置を見失わないように注意しながら工房のある方角に向かい進み続けた。


 それを幾度も繰り返しながら歩いていくと、いつの間にか栄えていた町は遠くに消え、道路は舗装されていないじゃり道に変わり、周囲は木々が多く自生している自然域に入っていた。


「ずいぶん遠くへ来たね。ペースは順調だよ、後は山登りするだけだ」


 スライプが槍を地面に突き刺し、今まで自分が歩いてきた道を振り返ると、シャロラインもそれに習い振り返った。

 前を見ていたときは気にしていなかったが、後ろを振り返ってみると距離は短いが家を出てからの旅路は長いものだと実感した。


「うん。スライプ、少し休憩するか?」

「いや大丈夫。このまま進もう」


 槍を地面から引き抜くと、再び歩き始めた。

 少しくらい足を休めても、と思ったがスライプに疲労の色は見えず足取りもしっかりしているので、それ以上は言わなかった。


 ここから更に足場が悪くなる。転ばないように途中手を取りながら森の中を進んでいくと━━━━


「あ、あれっぽいな。電子研究工房」


 木々に囲まれた奥地で、建物を発見した。


 研究施設にしてはやや規模が小さめの建物で、おそらく白く美しかったであろう壁面は雨風で茶色く汚れあちこちひび割れ、おまけに蔦が絡み付いている……。


 いかにも「廃墟!」という感じの外見であった。


「うわーさすが廃墟。汚ぇな」


 言い淀みのない率直な感想を言いながら、元電子研究工房を見上げた。

 

「よし、入る前に一応再確認するよ。今回はジューク・シーリンクの捜索。…………及び魔薬や【廃人計画】の情報を掴む事。見つけたらとりあえず確保。……これがその顔だな」


 帯に挟んでいた依頼書を取り出し、顔写真を見せる。

 黒髪で目元のクマがよく目立ち、皺も多い。29歳にしてはやたら老け込んでいる人相である。


「へぇ……、分かった。それじゃ早速仕事開始だ」


 シャロラインは意気揚々に錆び付いたドアノブに手をかけた。

 回そうとした瞬間━━━━


 違和感がシャロラインを襲った。


「あ……あれ…………?」


 シャロラインはドアノブではなく(くう)を握っていた。確かに彼女はドアノブを掴み回そうとした。しかし、気が付くと手はドアノブを捕らえておらず…………まるで掴んだ瞬間手がワープしたようにすり抜けるのだ。


 ドアノブ自体は本物であり、位置がズレている訳でもない。バチッと弾かれている訳でもない。

 掴んだという確信はあるのに、何故かまばたきをするわずかな間で手からドアノブが離れているのだ。


「えええー! 何でだぁー!?」


 何度も何度も繰り返すも、回し開ける事が出来ない。

 シャロラインが不可思議な現象に戸惑っていると、スライプはなるほど、と合点が言ったように呟いた。


「エルジーナが言っていたのはこれの事だったのか。シャロ、これは結界だ。しかもわりと強めの。……つまりこの結界はエルジーナが張ったって事か」


 行くことは認められないといった少女の、結界を張るほど隠したい、もしくは守りたい何か……。


 事情があるのかもしれないが、彼女の都合を考えている暇はない。こっちにだって失踪者に捨てられたアンドロイドがいるのだ。首根っこ捕まえてあの子供アンドロイドの前に引きずり出さなければならない。


 そのためには、この結界を攻略しなければならないのである。


「…………シャロ、ちょっと下がってて」


 ドアノブと格闘していたシャロラインを下がらせると、槍柄を短く持ち切っ先をドアノブへ向けた。


 そして━━━━


「結界は、壊すモノ」


 そう呟いた瞬間、槍の先端に光が集まっていく。

 初めは無色だったが、光が大きくなっていくにつれ緋色に染まる。


 その光球が拳大(こぶしだい)の大きさになると、錆び付いたドアノブに向けて突き立てた。


「ふんっ!」


 ガツンッ! 切っ先とドアノブが衝突する。


 すると衝突音とは別の、ガラスが割れるような音が響き渡った。

 しゃらしゃらと、細かいガラス片が地面に飛び散るような音━━━━実際はガラス片などなく、涼やかな音を立てているだけである。


 結界という、見えないコーティングが剥がれたのだ。

 その証拠に、再びドアノブを握っても不可思議な現象は起きず回す事が出来た。


「ほら、開いたよ。中に入ってみよう」


 ギィ……と錆び付いている扉を開けながら後ろを振り返ると、一連の出来事を見ていたシャロラインが口をあんぐり開けていた。


「スライプ……、魔法、使えたのか?」


 今の今までスライプが魔法を使えることを知らなかった彼女。夫が初めて自分に披露する魔法に心底驚いているのか、シャロラインが目を大きく見開きスライプを見た。


「ちょっとだけな。……軍人時代にサラスティバルから嫌々習っといて正解だった。まさかここで生きるとは」


 遠い昔を思い出しているのか、苦笑いを浮かべるスライプ。

 その様子を見たシャロラインは、スライプの口から出てきた人物の名前を疑問に思った。


「誰なんだ? そのサラスティバルって」

「僕が昔お世話になった人。生きてればいつかシャロも会えるかもね」


 あえてどちらが生きていれば(・・・・・・・・・・)、かは明言せずにっこり微笑みながら、続けて補足するように口を開いた。


「使えるといっても、結界破りくらいしか出来ないぞ。治療回復なんてまるでダメだったからサラスティバルに『お前は無傷で帰ってくるかそのまま死んでこい』って言われてたし。いや戦争に行くんだから無傷は無理でしょ。かといって死ぬ気は全く無いし。……第一、僕には武器があるし魔法なんて必要無いんだ。それなのにあのクソババァは━━━━」


「あーはいはい。開いたならさっさと探しに行くぞ」


 急にスライプの愚痴が始まり、長くなりそうだったので遮り強制終了させると、スライプの背中を押し工房内部へ乗り込んだ。

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