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8話 2番街の彼女

 騒動が終わると、2番街仕事斡旋所は一時閉鎖となった。


 倒れた男2人は、スライプにより道端に投げ飛ばされ放置された。運良く優しい人が通りかかれば助けてくれるかもしれない。

 大体はトラブルに巻き込まれるのを恐れ、誰も近寄ろうとしないのだが……。


 現れた少女は、シャロラインを奥の部屋へ招き入れた。室内は応接室のようになっていて、長めのテーブルとそれを挟むように対面になっている長椅子が部屋の中心にあった。


「ささ、適当に座ってください。今お茶の用意をしてきますから!」


 シャロラインに座るよう勧めたあと、自分は更に奥の部屋へ引っ込んでいった。

 言われるがまま、大人しく長椅子に腰かけるとスライプの声が遠くから聞こえていた。


「シャロ~。どこ~。掃除もう少しで終わるよ~」

「うるさい! さっさと終わらせてこい! カウンターの奥の部屋にいるから」


 シャロラインが応接室にいる一方、スライプは床に広がった血を拭き取る掃除をしていた。少女から水入りバケツと雑巾を借り、ごしごしと血を(ぬぐ)っているのだ。

 量が多く、バケツの水があっという間に赤く染まっていくので、数度変えながら作業を進めていた。


 しばらくすると、少女がトレーに湯飲みを3つ乗せ運んできた。


「お待たせしました。遠慮なく飲んでください。……と……えっと……」


 もくもくと湯気をあげるお茶をテーブルに置きながら、少女は何やらそわそわし始めた。


「ああ、あいつの事なら気にしないで。もう少しで終わるって言ってたし」


 少女はスライプがまだ来ない事を気にして出すか出さないか悩んでいたらしい、ホッとしながらシャロラインの隣にもう1つ湯飲みを置いた。


 そして━━━━


「終わったよ。多少の血痕は残ってるかもしれないけど、きれいになったはず……」


 バケツを手に持った、掃除を終えたスライプも合流し、3人はようやく落ち着いて顔を合わせることが出来た。


「改めて、ありがとうございました。大したお礼は出来ませんが、ほんとにありがとうございました」


 椅子に座り早々、少女は頭を下げ再び感謝を述べた。


「いや、ただ頭にきただけだし……。むしろ店内を汚してしまって申し訳ない……」


 スライプも素直に謝った。そして、まだ名前を名乗っていない事に気付く。


「ああ、せっかくお茶も貰ったことだし自己紹介しないとね。僕はスライプ。それと、妻のシャロラインだ」


 シャロラインはよろしくな、と続けるように言った。

 すると、少女は微笑みながら大きく頷いた。


「はい、スライプさんの事は知っていました。噂というか……3番街の所長さんから色々聞かされてましたから」


 3番街の所長━━━━レイの事である。


「ありゃ、そうなんだ。レイ変な事言ってなかった?」


「特に言ってなかったと思いますが、そのおかげでこの界隈で結構な有名人ですよスライプさん」


「いや、確実に変な事言ってるなあいつ」


 笑いながら、お茶を啜りながら会話をしていく。所長レイという共通の話題があるせいか気詰まりすることなく話し続けた。


「あ! 私がまだでした! 私はエルジーナ・スルトといいます。一応、2番街仕事斡旋所の所長……になっています」


 所長という言葉に反応したスライプが、口付けていた湯飲みを離しテーブルに置いた。


「それについて気になってたんだけど、君みたいな若い女の子が所長なんて珍しいな」


 斡旋所長は血の気が多い請負人達を相手しなければならないので多少だが危険が伴う仕事である。よって所長になる者のほとんどは仕事請負人を引退した者か武芸に長ける男性が就くものなのだが━━━━


「はい……ほんとは私のお婆ちゃんが所長だったんですけど、腰を悪くしてしまって、仕方なく私が代理で所長の仕事をしてるんです……。事務作業は好きですし、それなりに楽しくやってたんですけど、喧嘩とか暴力とか苦手で……。あの乱暴な人達が苦手で来るといつも奥に逃げてしまうんです……。それをお婆ちゃんに相談するといつも怒られるし……お婆ちゃんは国軍の教官らしくて、変なところで厳しくなるんです」


「お婆さんが? それはそれで凄いな……」


 シャロラインが感心しているなか、スライプは考え事をしていた。


『スルト……スルト……。居たっけ? 僕が入る前に引退したのかな……だとしても名前には残っているハズなのにな……』


 数年前の記憶を思い出そうとするが、全く出てこない……。


『ま、いっか』


 やがて諦めたのか、スライプは湯飲みを持ちお茶を一口含んだ。


「ところでスライプさん達は、どうして2番街に? 活動場所を変えたのですか?」


 

「えっとね、僕らは依頼を受けてきたんだ。ジューク・シーリンクって奴がいなくなってね、その捜索依頼。それで2番街の電子研究工房にいるかもって情報があって、そこに行く最中だったんだ。……エルジーナは電子研究工房の場合、知ってるかい?」


 ここでも容赦なく仕事内容を話してしまうスライプだが、彼女は仕事斡旋所の所長……しかも電子研究工房のある2番街の所長だ。そのくらいの依頼内容は知っているかもしれない。


「え…………」


 そう一言、エルジーナは湯飲みをテーブルから持ち上げようとしている状態で固まっていた。


「電子研究工房って……電子研究工房ですよね? 何でそんな事聞くんですか、まさか行く気なんですか?」


 声を震わせながら、静かにエルジーナは問う。鮮やかな青い目を細め、スライプを見据えている。


 ふいに変わった空気に、スライプは眉をひそめた。

 水が徐々に凍りついていくように、じわじわと緊迫していく。


「……そう言ったはずだよ。僕たちはそこに行く途中だと」


 エルジーナが発するただならぬ空気を感じながら、スライプは口を開いた。

 優しい微笑みは消え失せ、険しい顔つきになっている。


 その様子をシャロラインはハラハラしながら見守り、エルジーナは負けじと瞳を見つめ返した。そして、ふるふると首を横に振った。


「……ダメ。……ダメです。行くことは認められません。あそこは危険です。たとえスライプさんでも……」


 何故か頑なに場所を話そうとしないエルジーナに対し、スライプはへぇ、と頬杖をついた。


「さっき、お前は認められない(・・・・・・)と言ったな。……まるでお前の許可が無いと行けないという口ぶりだが」


 どうだ? と両眼を細め笑う。まるで嘲笑っているかのような微笑みである。

 スライプはうつむき黙ったままのエルジーナを更に問い詰めた。


「君は、あの工房の何を知っている……?」


 スライプの鋭い視線に射ぬかれ、エルジーナは蛇に睨まれた蛙のように固まっていた。

 その様子をしばらく見ていたスライプだが、やがて諦めたのかふぅ、と息を吐くと、椅子から立ち上がった。


「ま、いいか。……もういいよ、無理に話さなくても。君が止めても僕達は行くからね。」


 そう言うと、槍を片手に応接室を出て行き斡旋所のドアに手をかけた。


「おい! スライプ! ……とごめんな。またゆっくり話ししような。またな」


 シャロラインは慌ててスライプを追いかけた。ドアを開け外に出ると、入り口の横のところで1枚の紙を眺めているスライプが立っていた。


「……スライプ、いいのか? 場所聞かなくて」


 元々電子研究工房の場所を聞くために立ち寄ったのに、何も聞かずに出てきては意味がない。


「ん? 大丈夫。さっき壁に何枚か残ってたこの辺の詳しい地図取ってきたから、これで確認しながら行こう」


 どうやらスライプは出ていく直前に地図を発見し一部頂戴してきたらしい。

 よく見ると2番街全域が詳細に書かれているものであり、これなら探している電子研究工房も見つかりそうである。


「お前いつの間に……。……それに、あの子を放っておいていいのか」


「いいよ。あの子の事情を考えても僕達が進めない。それにもう1つ……」


 エルジーナと話している最中、思い出していた事が1つあった。


『そうか……。あいつが、お前の孫かよ。サラスティバル……』


 その名を持つ老婆と近々会えそうな予感を抱えながら、斡旋所から取ってきた地図を眺めた。

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