75話 オレンジの片割れ 2
長いけど分割なんてしませんよ
一気に見せたいからね!
カルスが犠牲となり、シャロラインが復活を果たした大修理から一夜が明けた。
時刻は午前10時過ぎ。
掃除洗濯を終え、手が空いたシャロラインはテラバス宅の庭でシュッ、シュッ、と軽快にシャドーボクシングをしていた。
「お、調子はよさそうだな」
その背中へ、朝食を食べ終えたテラバスが声をかける。
右目に包帯が巻かれているせいで、平衡感覚がおかしくなり少しふらふらしているが、シャロラインの助けもあり日常生活は普通に送れていた。
「ああ、前と変わらない。変わらないんだが……」
戦闘姿勢が解かれ、言葉がゆっくり止まる。そして、シャロラインはテラバスをジトっと睨みながら、胸当ての上から両胸を支えるように持ち上げた。
「お前……少し胸のサイズ変えたか?」
シャロラインからの指摘に、テラバスはぎくりと肩を震わせた。
ご明察。実は、少しサイズアップさせていた。と言っても、戦闘の邪魔にならない程度に大きくしただけである。
厳しい目つきから逃れるように、テラバスは視線を彷徨わせ、頭を掻きながら紡ぐ言葉を考える。
「それは、ほら……サービスだ」
せっかく最新型の、人工脂肪がついた柔肌になったというのに、前と同じサイズにしてはもったいない……。
そのくらいの変化なら、スライプも受け入れてくれるだろうと思い、良心で少々サイズ変更させてもらったのだ。
最初は臀部と太腿も視野に入れていたのだが、それはさすがにあからさますぎかと思い、実行するのは止めていた。
苦笑いをして誤魔化そうとするテラバスに、シャロラインは何に対するサービスだ……と肩を落とす。
このまま放置すれば、しょうもない変態だと彼女の中で定着されかねないので、テラバスは空気を変えるため咳払いをした。
「調子がいいのなら、さっそくスライプのところへ行きたいんだけど」
「? そんなに急がずとも……。テラバスだってまだ十分に休めていないだろう?」
「いや……出来るだけ急ぎたい。正直、あいつが今どんな状況なのかが分からないんだ。レイも顔を見ていないと言っていたから、引きこもっているのは確実だと思うけど……」
シャロライン復活を無事に乗り越え、2つ目の問題に直面する。
その問題とは、スライプが今どんな生活をしているのかが分からない事……ちゃんとご飯を食べているならいいが、水すら口にしていないのなら問題である。
妻を生き返らせても、肝心な夫が瀕死では意味が無いのだ。
「お前が“死”に、オレ達がここに戻ってきてから、もう5、6日ほどたっている。そろそろ見ておかないとまずい」
「……分かった。行こう」
シャロラインの力強い返答をもらい、テラバスはふらつく体を支えてもらいながら、スライプの家へ向かった。
◇◇◇
歩いて15分。シャロラインにとっては久方ぶりの帰宅となった。
対するテラバスは、何も変わらない幼馴染の家のはずなのに、妙な緊張感を覚えていた。
5年前は喪失の妄想から閉じこもっていたのだが、今回は少し事情が違う。本当に誰かを喪い、塞ぎこんでいるのだ。
無用心にも、鍵はかかっていない……そのまま静かに、ゆっくり入っていく。リビングにスライプの姿は無かった。
「多分、自分の部屋だろう」
シャロラインに促され、足早にスライプの自室へ向かう。
いきなりシャロラインに会わせる訳にはいかないので、まずはテラバスが先に入り様子を見る事に。
「スライプー。オレだ、入るぞ?」
返事は無いが、中へ入る。
カーテンも窓も閉めきっていて、日中だというのに薄暗い。そしてベッドの上に、薄い毛布にくるまった塊が1つあった。言わずもがな、スライプである。
テラバスは、そういや昔もこんな感じだったなぁと思いながら近づき、カーテンを開け放った。
「……ほら、いつまでも引きこもってないで。外に出ろ」
日差しが室内に入り、一気に明るくなる。
そして、毛布から覗くスライプの顔を見た。
顔色は悪く頬は痩け、目の下に隈が鎮座し、瞳は虚ろ……。まるで死相だった。
瞬間、テラバスは顔を歪め歯軋りをした。
悲しくなった。
今のスライプは、自分が最も嫌う、生きていく意思を棄てた「生を投げ出したヒトの姿」であったから。
思わず、ベッドに押し倒し胸ぐら掴んで、いい加減にしろと怒鳴り散らしたくなるほど、情けない姿だった。
悲しむだけならまだいい。しかし、後を追うような衰弱に身を任せているようなら許さない。
テラバスは、スライプの体から無理矢理毛布を引き剥がした。
「お前が……っ、お前がそんなんでどうするんだ! ちゃんとっ、元気な姿で……会ってくれないと困るんだよ……!」
すべては、シャロラインの想いとスライプの生存のため。だからこそ、自分の犠牲は厭わなかった。
すると、テラバスの叫びを聞いたスライプの瞳に、少し光が戻った。
「……テラバス……? その目は……?」
スライプはテラバスを見上げながら、ぱちぱちとまばたきを繰り返した。
視線が、右目の包帯に向けられているのを感じながらも、それを無視する。
「……言っておくが、返品交換は受け付けないからな。……おい、もう入っていいぞ」
テラバスが入り口に向かって叫ぶ。
呼ばれたシャロラインは、唇を引き結んだ凛々しい表情で、スライプの部屋へ入る。
その姿を見たスライプは瞠目した。
「シャロ……?」
“死”んだはずの妻が目の前にいる……。
スライプは思わず立ち上がり、信じられない思いで呟いた。
「スライプ……」
内心、シャロラインも驚いていた。久々に見た夫は、とても弱った姿で……。
そうだ、私だ……と泣き笑いのような表情で、1歩ずつ近づいていき、手を伸ばしていく。
ゆっくりゆっくり……徐々に近づいていく彼と彼女の距離。
スライプは愛しさと懐かしさをたたえた視線を、一気に警戒へと変えた。
ふいに眼光が鋭くなる。
手と手が触れ合えるような距離にまでなった時、スライプはシャロラインの手を打ち払うと、唇を戦慄かせた。
「シャロの……っ、シャロのふりしたって無駄だ! 帰れ!」
弱って死にそうでも、声を荒らげる元気はあるらしい。テラバスはそのガッツと生命力に感心するも、今はそんな強情さは求めていない。
欲しいのは、現状を受け入れる理解力と素直さである。
猜疑心が勝ってしまったのは、「シャロラインは“死”んだ」とちゃんと理解しているからだろう。
それはいいことなのだが、今回それは誤りである。
何故なら、アンドロイドの“死”の定義は肉体や魂の喪失ではなく、記憶の有無。
何らかの形で記憶が残っていれば、それは生きていると同義……つまり、厳密にいうと今回、シャロラインは“死”んでいないのである。
今の精神状態のスライプに説明するのは骨が折れるのではしょるが、とにかく、このシャロラインは間違いなくシャロラインだというのを納得してもらわなければならない。
「スライプ。シャロラインはな、名前の意味の通りに生きたいと言ったんだ」
自分と共に行く伴侶であり、「道標」となるように……。
シャロラインが大事にしていた、名の意味である。
「その意味に応えたいというシャロラインの気持ちを……お前だけは否定しないでくれ」
例え機体が変わっても、例え移植された記憶でも、共に生きたいのはシャロラインも一緒なのだという事を、知って欲しかった。
テラバスの穏やかな説得に動かされたのか、スライプは再びシャロラインへ向き直る。
「ほんとに、シャロ……?」
「そうだ、お前の妻だ」
「だって……。シャロは目の前で……」
「そうらしいな。テラバスから何となく聞いている。私にその実感は無いけどな」
「それじゃ、体は違うんだね?」
「残念ながらな。でも、テラバスが元の体と同じサイズで造ってくれた。姿形、服装だって、全く一緒だぞ?」
スライプは懸命に、何度も頷く。
彼女の言う通り、顔、髪、体……何もかもが最愛の妻そのものである。
双眸からは涙がとめどなく流れた。およそ成人男性がしないような幼気な泣き顔は相変わらずで、シャロラインは頬を伝う涙を手で拭っていた。
それから何も言わず、ずっと鼻水をすすっているスライプへ。
「せっかく帰ってきたのに、言ってくれないのか?」
わざと、残念そうな口調をし催促した。
しばらく間があいて、涙は収まったが涙声はそのままで……。
「おかえりなさい……シャロ」
「うん。ただいま」
シャロラインはよしよしと、スライプの頭を撫でた。
ゆっくり……氷が溶けていくように、ゆっくりスライプの警戒心が解かされ、いつもの仲のよい夫婦の姿に戻っていく。
その始終を見届け、テラバスは安堵で息を吐いた。
この夫婦は、1つ大きな事を乗り越えた。今後、何があっても大丈夫だろう。
スライプはシャロラインを受け入れ、シャロラインはもう立派な「道標」だ。
━━思い残す事は、何もない。
そろそろ、自分のために、動き出さなければ。
「もう、オレがいなくても大丈夫だな」
安心したような、肩の荷が下りたようなテラバスの言葉が、スライプ達にふりかかる。
「それは……どういう意味?」
眉間に皺を寄せるスライプに、テラバスは揚々と答えた。
「オレ、この国出ていくんだ」
◇
「出るって……? 出るって何だよ! ちゃんと理由を言え!」
この事には、スライプだけでなくシャロラインも驚いていた。
責め立てる幼馴染に、テラバスは腕組みをする。
「マルナトに魔眼の事を話したら、隣国の魔道具を修理する職人に話をつけてくれてな、この目を直してくれるらしい。その代わりに、オレの魔眼を貸して欲しいそうだ」
以前、サラスティバルの魔法でひび割れは直したが、元々寿命が近い眼球、いつまた壊れるか分からない。
そこで、隣国の医療系魔法使いが、魔道具として直す代わりに、探知と確答の能力を国の発展のために使って欲しい……という交渉をしてきたのだ。
今回の目的はアンドロイドの性能向上や、医療の技術向上を目指すもので、国王からは、戦争の火種にならなければ……と、条件付きで行く事の許可がおりたのだ。
「どのくらい、向こうにいるんだ?」
「さあ……3ヶ月かもしれないし、1年かもしれないし、2年かもしれない」
「その国は、安全なのか?」
「マイルナも留学経験があるところらしいし、一応王国とは友好国みたいだぞ」
「言葉とか分かるのか?」
「それについては自信無いけど、まぁ何とかなるだろ」
珍しく楽観的なテラバスに、スライプは何故か焦っている様子を見せている。
テラバスは彼の焦りの理由を、何となく分かっていた。
幼少期から近い場所に住み、共に従軍を決め同時に退役し、同じ地方に住み始めてからも腐れ縁は続いた。
十何年もほぼ一緒にいた幼馴染が、今さら離れていくのだ。ましてや、今の不安定な精神状態のなか告げられたのだから、少しの不安や焦りは出てくるだろう。
急に黙ってしまったスライプに、テラバスはつい噴き出してしまう。
「なに、ちょっと行ってくるだけだ。心配すんなって。それに……シャロラインが“死”んだ時より、希望があるだろ」
“死”んだ人を想って泣くより、生きている人の帰りを待つ方が信じられるだろ……と、テラバスは笑った。
テラバスの励ましに、スライプは目を擦りながら、そうだな、と呟いた。
「出発日、決まったら言えよ」
「ああ。オレが行っている間、エリア達の様子見も頼む。……それと、シャロラインを壊さない事!」
最後は、念押しするように少し強めに言った。
「機体自体は新しいから他の修理場でも直せるだろうが、ヘンな不具合なら、下手にイジられるより放っておいてもらった方が楽だ。まぁメンテ程度ならいいけれども、最近の奴らは料金を安く抑えるために大した強度のない部品を勧めてくるから、戦闘アンドロイドとして続けたいのならある程度知識をつけてからじゃないと騙され━━━━」
「分かった……分かったから~!」
そんなこんなで、テラバスはスライプとシャロラインを無事に引き合わせ、国を出る事を伝え終える。
━━それから。
数日かけ溜まっていた自分の仕事を終え。
あちこちショートして動かなくなったカルスに、戻ってきたら必ず直す事を約束しながら埃よけをかぶせ。
スライプには、シャロラインを壊すなと口がすっぱくなるほど伝え。
エリアにも、しばらくの別れを告げた。
必要な事はすべてやりきってから━━━━
旅立ちに相応しい陽気に見送られ、テラバスは蔡の王国から旅立っていった。
◇◇◇
━━━━1年後……。
朝、シャロラインはいつものようにポストの中を確認する。
空の日が多いのだが、この日は1通だけ手紙が入っていた。
「……っと、テラバスからだ」
送り主は現在外国滞在中のテラバスで、宛名にはスライプとシャロラインの名が書かれていた。
今まで手紙は何度か来ていたが、どれもスライプ宛てだったので勝手に開封することはしなかった。
しかし、今回はシャロラインの名も併記されている。ならば自分にも開ける権利はあるだろうと、勢いよく手紙の封をきった。
中には1枚の紙、目を通した1秒後……。
シャロラインは思わず手紙を握り潰し、慌てた様子でスライプのところへ駆けていった。
布団を剥ぎ、夢の中にいるスライプを叩き起こすと、ぐしゃぐしゃにしてしまった手紙の文面を見せる。
そこには、端正な字体で「もうすぐ帰る」という、何ともそっけない一言が添えられていた。
次回……最終話を迎えます。
そのあとに番外編と後日談を載せますので、設定は完結にしませんが、本編はちゃんと終わります。
欲を言えば、もっと彼らの「戦闘本能」や「生存本能」を描きたかったのですが、私の技術不足でした……。
もう2度とこんな長編書きたくないですね。
機会があったら次はもっと短いのを……。




